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◆9

「付き合ってほしいの。」

「は?なにに?」

「行きたいカフェがあるんだけど、カップル限定らしくて。私の旦那こういうの興味ないから。」

「やだよ、なんで俺が妹とカップルごっこしなきゃいけないんだよ。しんにでも頼めよ。」

「しんちゃんは旦那から見たら他人だから、浮気に見えてしまうかもしれないでしょう?」


 そんな事俺が知ったこっちゃない。ていうかそんな用件ならラインで良かったじゃねえか。なんでわざわざ呼び出したんだよ。


「なんか彼女出来て幸せって聞いたから顔見たかったのもあるのよ。」


 心を読まれた。うるさい。れいはいつもこんな感じだった。賢くて、淡々としている。自分の妹でなければ、全く話すことのなさそうなタイプ。趣味はカフェ巡りらしくて、1人で色々なカフェを巡っている。カフェで1人で本を読むのが好きらしい。


「それで、カフェ付き合ってくれるの?」

「やだよ、俺だって彼女に見られたら浮気だと思われるじゃん。」

「妹なんだから予め言っておけばいいじゃない。」


 断ろうと思ったその瞬間、目の前が真っ白になって、世界が消えた。




 目を覚ますと、知らない天井があった。俺が起きたことに気づいたしんの声が聞こえた。


「れいちゃん、ゆう目覚ましたよ。お医者さん呼んでこれる?」


 俺はどうやら倒れたらしい。何となく頭はすっきりしていた。まもなくして医者が来て言った。


「大事な話をしたいのですが。」


 れいとしんに聞かれることを医者は気にしたのだろうか。まあ何を言われたとしてもこの2人にはどうせ伝えるだろう。何を言われるのか想像もつかなかったけど、俺は言った。


「この2人は居てもらっても大丈夫です。お願いします。」


 医者は少し間をおいて、口を開けた。


「余命半年です。」


 時が止まった。理解するのに数十秒かかった。理解が追いついていない俺と、驚いて泣き始めているれい、下を向いて唇を噛み締めているしんの前で、医者は淡々と説明を続けた。癌が全身に転移してしまっていること。脳にも腫瘍が転移していること。手術で脳の腫瘍を取り除いて苦痛を下げる事も出来るが、余命は変わらないということ。その手術にもリスクを伴うこと。説明を終えた医者は言った。


「聞きたいこと、相談があれば何でも言ってください。可能な限り答えます。今は一度、失礼します。」


 なんで今なんだ。そう思った。ゆいと出会う前であれば、別に良かった。ゆいと出会って。今までの人生で一番幸せになれた今に。なんで。他のことは考えられなかった。


「悪い、れい、しん、今日は帰ってくれ。言うべき人には俺から言うから、内緒にしてて。」


 れいとしんは、返事だけして帰ってくれた。




 1人になって、しばらくぼーっとして、少しずつ思考できるようになってきた。一番の課題はゆいにどう伝えるかだ。伝え方をどうしようが、俺が死ぬことは変わらないんだろう。家族には感謝を伝えて、それでいい。問題はゆいだ。このまま俺が死んだらゆいはそれを引きずるのではないか。自分が死ぬことを飲み込んで、俺は不思議と落ち着いて客観視することが出来ていた。ゆいには次の人と恋をして、幸せになって欲しい。俺のことなんか引きずらないでほしい。強がりかもしれないけど、そう思えた。


『今週末会いたいな』


 夜になると、ゆいからラインが来た。そこでやっと、涙が溢れてきた。死を宣告されてからここまで実感がなかったのか、客観視を出来ている気になっていたのか、あまり悲しいとか思わずに今後どうするかだけ考えることが出来ていたけど、ゆいからのラインで感情が爆発した。死にたくない。ゆいとずっと一緒にいたい。ゆいを悲しませたくない。死にたくない。なんで俺なんだ。決壊したダムのように、涙と感情が溢れて止まらない。ただ、ゆいに会いたかった。どう伝えたらいいのか、どうするのが正解なのか、そんなことはわからないけど、ゆいとは会いたかった。涙を流し続けながら、ゆいとの幸せなこの2ヶ月の記憶を思い出しながら夜を超えた。明日医者に家に帰れるのかを聞いて、できるならゆいと会おう。



 気づいたら寝付けていたようで、昼前に目が覚めた。スマホを見ると、しんから『仕事終わったら行く』とだけラインが来ていた。ゆいにどう伝えたらいいかしんに相談しようと思った。昨日の夜はひどく泣いたが、今は落ち着いていた。やっぱりすでに俺の中で優先度が一番高いのはゆいで、どうしたらゆいを傷つけずにすむのか、どうしたらゆいに幸せになってもらえるか。そんな事ばかり考えていたが、答えは出ないまま夕方になった。


 仕事を終えたしんが病室に入ってきておどけて言った。


「ランチ1人だと何食べたらいいか分かんねえよ」


 そこかよ。他に色々俺がいなくて困ることあんだろ。


「どう?元気?」

「死ぬこと以外は元気だね」


 しんは笑った。しんのことだから、俺が昨夜泣いていたことには気づいた上で、気づいていないふりをしてくれているんだろう。俺にだって、しんが気づいていないふりをしてくれていることに気づくこともある。でもその親切には甘えることにした。


「ゆいになんて言えばいいかわからなくてさあ。今週末会おうと思うんだけど」

「ここで会うの?」

「いや、お医者さんに聞いたら別に数日帰るのはいいらしいから、帰って普通に家で会おうと思う。」

「なるほどね、とりあえず帰れるのは良かった。お酒はいいの?」

「しらね、聞いてない。まあどうせ死ぬんだし何してもいいでしょ」


 しんは一瞬心配そうな顔をしたが、特に何も突っ込まずに笑った。


「ゆいちゃんとあって普通通りではいられないでしょ。その場の流れで話すことになりそう。」

「そうかなあ、とりあえず今回会うときは言わないつもりだけど。」

「家族にはもう話したの?」

「いやまだ。まあ家族には普通に報告すればいいかなって思ってる。ゆいのほうが心配。」


 しんが泣きそうになってる。珍しい。でもなんで今? 泣かないように堪えてるから、触れないでおいてあげるか。


「ゆいにライン返して、週末会ってくるわ。しんも今日はもう帰れよ。また仕事終わりとか、ちょくちょく寄って欲しい。俺寂しいと癌より先に寂しさで死にそう。」

「分かった、また来るわ」


 泣きそうなしんは涙をこらえながら、短く返事して病室を出ていった。おそらく今泣いているんだろう。



『いいよ、なにしたい?』


 いつもに比べて遅くなっちゃったけど、まあ何もなくてもたまにはこういうこともあるだろうと思って、ゆいにラインを普通に返した。割とすぐに既読がついて、ゆいから返事が来た。週末うちに来てピザを頼むことになった。色々と悩んでいたけど、いざ会うことが決まると、それが楽しみで仕方なくなった。早く会いたい。そう思うと同時に、あと半年もしたら俺は死んで会えなくなることを実感した。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

基本的には毎日連載していく予定です。

感想など頂けますと嬉しいです。

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