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短編大作選

偏見マイディクショナリー

 空が青い。《青い》とは、空の色や海の色であり、気分が沈んでいるときや、穏やかなときに合う色で、顔が青ざめているや、マリッジブルーなど、あまりいいイメージのときには、使わない色である。[引用:偏見マイディクショナリー]


 約束の時間になったけど、まだ来ない。友達がやっと来た。《友達》とは、お一人様を誰かに見られるのが嫌なとき、二人だから寂しくないぞ、と主張したいときに、一番支障なく付き合ってもらえる、まあまあの関係の人達。または、いつも近くにいる、血の繋がらない人のことである。[引用:偏見マイディクショナリー]


 5分遅れだけど、前よりは10分も早い。


「ごめんごめん。この前、遅刻したとき、絶対に次は遅れないって行ったのに、遅れちゃった」


 偏った意味を書き込み、自分でまとめた辞書を取り出し、ページを探す。


「《絶対》とは、死んでもいい。死ぬまではいかないが、瀕死状態になっても仕方ない。そのぐらいの覚悟のときに使う言葉で。100パーセントの自信。または、90パーセント台の自信があるときに使う言葉で。次に外れることがあったら、何かしらの罰が下るであろう言葉である。[引用:偏見マイディクショナリー]」


「そうだね。急がないと売り切れちゃうから、早く行こう。全力疾走するよ」


 偏った意味を書き込み、自分でまとめた辞書を取り出し、ページを探す。


「《全力疾走》とは、10数秒走った後に、地面に倒れ込むくらいの、全ての力を一瞬で使い果たす、この世で一番ツラいダッシュのことで、人混みや障害物がある場所では、十分にできない、様々な条件が揃わないとできない、究極の走りのことである。[引用:偏見マイディクショナリー]」


「細かいことはいいよ。いつも、大勢が並んでいるから、買えなくなっちゃうかもしれないよ。走ろう」


 人混みを避けて、道をどんどん、スイスイと進んでゆく。偏った意味を書き込み、自分でまとめた辞書を進みながら取り出し、ページを探す。


「《大勢》とは、まわりを取り囲まれたときに、圧迫を感じて、息が少し苦しくなるくらいの人数のことで、一桁人数でも大勢だと思う人もいるが、だいたいが、二桁人数の人がいる状況のことをいう。[引用:偏見マイディクショナリー]」


「見えてきたよ。あっ、あまりいない。オジサンが3人いるだけだから、すぐ買えそうだね」


 また、自分オリジナルの辞書を取り出し、パラパラと捲る。


「《オジサン》とは、近くに人の耳があるのに、そのそばで、平気で100パーセントのくしゃみをしたり、手を暖めるために、カサカサの両手を擦り合わせたり、第一音から最大音量を出すなど、音の加減が分からない人がたまにいるが、ときに癒してくれる存在のことである。[引用:偏見マイディクショナリー]」


「じゃあ、違うね。あの人は、おにいさんだ。おにいさんが、無数に買わなければいいけど」


「《無数》とは、パッと見たときに、数える気が失せるくらい、同じものが溢れている様子で、次々と数を追加していく様子も表す。[引用:偏見マイディクショナリー]」


「良かった。みんな5個以下しか頼まなくて。ここのたい焼きは、普通のシンプルなものじゃないからね」


 素早くカバンを探り、ノールックで辞書を出した。


「《たい焼き》とは、しっぽから食べるか、頭から食べるか、背中から食べるか、お腹から食べるか、お腹の部分をタテに割って、あんこが溢れた部分から食べるか、昔から世間で、不毛な議論が繰り広げられている、甘い食べ物である。[引用:偏見マイディクショナリー]」


「これは、干し芋とか、焼き芋とかが入っていて、あんこにも生地にも、さつま芋が入っている、おいもたい焼きなんだよ。珍しいでしょ?」


 辞書を開いて、また読み上げた。


「《珍しい》とは、この世界を生きているなかで、一年間、たった一度しか起きないくらいの出現確率の低いもので、いいものであれば拳を天に上げて、悪いものであれば視線を地面に下げる、という行動をしてしまうものである。[引用:偏見マイディクショナリー]」


「おいもたい焼きを、ふたつください。」


 店員さんから、一つずつ白い紙に包まれた、たい焼きを受け取った。


「たぶん、美味しいよね。美味しくないなんてないよ」


 たい焼きを、紙ごと口にくわえて、辞書を開き、右手に再び戻すと、喋り始めた。


「《たぶん》とは、心配性の口癖としては一般的な言葉で、80パーセント以上の自信はあるものの、間違っていたら恥をかく、間違ったまま伝わってしまって、取り返しのつかないことになったら、こっちまで駄目になってしまう、そんな事態を防ぐためにかける、保険みたいな言葉のことである。[引用:偏見マイディクショナリー]」


「美味しいよ。すごく美味しいよ。深い甘さがあるね。たい焼きのなかで、一番好きかも」


 残っていた、たい焼きのしっぽを口に押し込んで、辞書を取り出す。


「口のなかのものが、無くなってから喋ってね」


 口の中のものを飲み込んで、喋り始めた。


「《深い》とは、海でいうと、胸あたりまで水があることを言い、落とし穴でいうと、自力で出られないくらいのものをいい、緑色でいうと、黄緑と絶対に呼ばないな、と思うくらい濃い緑のことをいい、味でいうと、複雑さがあるもののことを言う。[引用:偏見マイディクショナリー]」


「おいしかった?」


「珍しく美味しくて、深いなと感じたかな。オジサンとか、おにいさんが、大勢並ぶのも分かるね。たぶん、無数に食べられるよ。絶対に、また来ると思う」


「辞書で調べたやつ、いっぱい使ってきたね」

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