8.魔法属性
私がこの世界に転生して早くも一年と半年が過ぎた。未だに一か月ごとの王都訪問は継続していて、望みはほとんどないけれど捜索届の有無の確認も欠かしていない。既に屯所の人達とは顔見知りになってしまい、フィーネさんの顔を見るなりにないと言われてしまうようになった。
けれども、一年前から私は屯所の方に顔を出さなくなった。何故なら……。
「最近ようやくお前のその髪見て普通になってきた」
「えー、やっと? この髪にしてから何回会ってると思うの?」
自分で言うのもなんだけど、白銀で綺麗な髪をしていた私の頭は、今は全く違う色になっている。フィーネさんと同じ亜麻色の髪だ。これが、屯所に顔を出さなくなった理由。
一年前、この王都で巻き込まれてしまった人攫い事件の時に、私の髪の色は隠ぺいすべきだと、フィーネさんとロッテさんが話し合った結果出た。この世界では金や銀と言った色素の薄い髪色は希少価値が高く、ほとんどが貴族の出身なんだそうだ。もちろん、平民にいないこともない。だけど、割合的には格段に減るみたいで、知識が偏ってる人たちは、色が薄い髪イコール貴族で成り立っていることもあるそうだ。希少価値が高くなれば、リスクも高まる。人攫いが見目のいい平民に目を付けるのは当然のことで、被害に遭ったあの女の子は更に孤児だった。きちんとした保護者がいない子供を攫うのは更に容易だ。その道のプロともなれば、親がいる子供であっても簡単に攫ってみせるだろう。
特に王都には様々な思惑を持つ人間が集まる。いつまでも無防備でいられるわけではない。少しでもリスクを減らすためにということで、水属性の魔道具である髪変色ポーションを飲んで髪色を変えているのだ。
「そんなに変かな? 私は、フィーネさんと同じ髪で気に入ってるんだけど」
むしろ、以前の記憶のせいで白銀よりも落ち着いてしまう。自分の髪が色薄いってすんごい違和感あるんだよね。鏡見ても未だに別人に思っちゃうし。いきなり美人になって生まれ変わっても、この顔でいることに慣れない。
「べつに、変じゃねーけど。でも、オレにとってはティナはやっぱり銀色だからさ! いっつもキラキラして綺麗なんだよ、あの色! だから、なんか、調子狂うっていうか」
「そっか。ありがとう。じゃあ、今度はテオが遊びにくれば? 山の中ならそのままあの髪の色だもん」
用事があるから毎回私が王都に遊びに来ているけど、たまにはテオと山の中で存分に走り回ってみたいとは思っていた。でも、私もテオもまだまだ子供。テオを山に連れて行くということは、テオの送り迎いをフィーネさんに頼むということで、今までなかなか言い出せなかった。
「いいなそれ! 前に一回頼んだことあったけど、断られたからなー」
「そうなんだ? でも、もう何年も前でしょ? 今なら聞いてくれるかも!」
「そうだな、ティナも毎月来てるしな! でも、その時は一緒にフィーネばあちゃんに頼んでくれよな!」
もちろん、と笑って頷く。今でもテオは子供だけど、でも今後はフィーネさんの了承も得られるんじゃないかって思う。だって、明日はテオにとって特別な日なんだから!
日の出と共に目を覚ました。白み始めた空を見て清々しさに笑みを深める。ずっとこの日を楽しみにしていたのだ。いつものように隣の庭を見てみるけど、流石にこの時間からテオはいないみたいだ。でもきっと三十分もしないうちに出て来るに違いない。ならば今のうちに私も準備をしようと顔を洗って着替えた。もう毎度のことなので寝ているフィーネさんに伝言はせずに宿から飛び出し、ロッテさんの家の庭に入り込む。すると、まるでタイミングを見計らったようにテオが出て来た。
「おはよ! テオ」
「うわ! お前今日は妙に張り切ってんな。いつも思うけど、オレの特訓なんて見て何が楽しんだよ」
「もう日課なの! ここに来たらテオの頑張ってる姿見ないとね! それに、今日は特別な日だもん! ずーっと楽しみにしてたんだから!」
「何でお前が楽しみにしてんだよ」
呆れを含んだ視線を向けられるけれど、私は気にせずに胸を張った。
そう、今日は特別だ。私にとって、というよりも、テオにとってというのが正しい。
今日はテオの誕生日。彼は今日で十歳を迎える。つまり、魔法解禁日になる!
「テオは楽しみじゃないの?」
「そりゃあ、魔力があるかどうかとか、ちょっとは気になるけどさ、でもオレが目指すのは勇者だ」
「あれ、でも歴代勇者ってみんな魔法使ってるんじゃないっけ?」
「……つ、使えない勇者がいたっていいじゃんかよ」
聖女を唯一護れる騎士――――勇者。
どういう基準で決められるのか、それとも聖女のように啓示でもあり選ばれるのかはわからないが、勇者は剣の腕はもちろん、魔法の力も強い。
ある者は剣を突き立てた地面を裂き。
ある者は炎の竜巻を起こし。
ある者は風の刃で敵を一掃した。
その魔力量は聖女に匹敵すると言われるほどの使い手だったと、多くの聖書に残されている。フィーネさんの家にある簡易版の歴史書の内容しか私は知らないけど、記録にある中では勇者が魔法を使えなかったという記述はない。
テオもそのことはとっくに知っているようで、バツの悪い顔をして視線を逸らす。にしても何でこんなに反応イマイチなんだろう。男の子で、しかも勇者を目指すなら魔法にだって憧れててもおかしくないのに。
「なんでそんなにノリ悪いの?」
「べ、別に。魔法が嫌だってわけじゃないって。オレだって使えればいいって思ってる! でも、オレは平民だ。貴族だけが魔法を使えるわけじゃないのは知ってるけど、貴族でも魔法が使えない人はいっぱいいるんだ。それなのに、オレが使える可能性って低いだろ? 勇者目指してるのに、これで魔法が使えないってなると絶望的だ。それなら、最初からあんまり期待しない方がいいじゃん」
なるほど。最初から魔法も剣も使える勇者を目指してしまうと、魔法が使えないって知ったら落胆が大きくて勇者の夢まで諦めてしまうかもしれないから、最初から魔法の期待値は最小限にしているってことかな? 剣は努力でどうにかなるかもしれないけど、確かに魔法は魔力が無ければ使えない。今日の測定で全てが決まってしまうようなものだ。子供ながらに逃げどころをきちんと知っているんだな。それはつまり、それだけテオにとって勇者が特別ってことだ。
(どうして、そこまで勇者にこだわるんだろう)
子供時代に誰だって憧れる存在はある。以前だったらアイドルとか警察官とかそういうかっこいい職業だ。誰だって一回は憧れるもの。それがこの世界では聖女と勇者なのは私も理解できる。でも、テオはきっと私と出会う何年も前からそれに憧れていて、その為に毎朝木剣を振るってる。それほど努力していて、そしてこれほど勇者について理解しているってことはわかっているはずだ。
勇者が……聖女が存在するということは、魔王も存在してしまうことに。
それを望むような子ではないはず。それでも、その事実を忘れても、勇者を目指したいほどテオには魅力的な存在なんだろうか。私には、そんなキラキラした時代、もう遠い昔のことで思い出せない。
「ま、でも、今日で全部はっきりするから、後は結果見て考えよ!」
「……まあ、その通りなんだけど」
「ね、ね、いつやるの? 早く結果知りたいなー!」
「朝ごはん食べてからだろ! だからオレはまず日課をこなすんだよ!」
そう言ってテオは無駄話をやめて、木剣をいつものように振り始めた。
考えてみれば、私もこのファンタジーな世界で生きるには、魔法以外の戦う術を身に付けるべきなんだろうか。王都で暮らしているならまだしも、フィーネさんと二人で山暮らしだ。魔物に襲われる可能性は他の人よりも高いのではないか?
いつものように飽きずにテオの剣裁きを見学しながら、私は今後問題に上がりそうなことを考えるのだった。
そうして、いつものように四人で朝食を食べたその後、待ちに待ったその瞬間がやってきた。
「フィーネさん、お借りしてもいいですか?」
ロッテさんに聞かれてフィーネさんはこの日のために持ってきたんだと言って懐から私の拳くらいの水晶玉を取り出した。魔法については何度もフィーネさんから話を聞いているからそれが何なのかは私はもう知っている。
魔法属性を教えてくれる魔道具だ。使える属性を色で教えてくれる。火なら赤、水なら青、土なら黄色と、属性ごとの色に光り、その光の強さで適性力も測れる優れもの! 使い方は超簡単。ただ触れればいいだけ。だから、私は朝起きたら意味もなくその水晶玉にいつも触れていたりする。もちろん何も光らないけど。
ちなみに、フィーネさんが触ると黄緑と黄色にちゃんと光っていた。フィーネさんは風属性が強く、その次に土属性らしく、光の強さも水晶玉全体が黄緑に光った後に、一段階眩さが落ち着いた色味の黄色に光る。
さて、テオはどんな風に光るんだろう。ドキドキしながらその様子をじっと見守る。
「そんなに緊張したって結果は変わらないよ」
「わ、わかってるよ!」
テオはやっぱり自分に期待しているんだ。期待したいんだけど、期待通りじゃなかったら怖いと思っている。だから、結果を知りたくても知りたくない。そんな葛藤に緊張してしまっているんだろう。不安はわかる。私だって自分に魔法が使えるかどうかわからないから、同じように思うことはある。なんだけど、どうしてかテオは大丈夫だと思ってるんだよね。根拠もないのに。
てか、まだ水晶持ってないし。ちょっと遅くない? じっと水晶玉を見つめるだけで触れようとしないテオにイライラし始めて、私は強硬手段に出る。
「てい!」
「うわ!」
水晶玉の手前で手をかざした状態で止まっていたテオの背中を、押した。もちろん、そのまま触ることになるわけで。
「何すん――!」
そして、もちろん文句を言いますよね。でも、その前にテオが触れた水晶玉が光った。フィーネさんと同じくらい強く、同じ色の黄緑と、その後少しだけ淡く赤に。
水晶玉の光はとても綺麗だ。同じ色に光るとわかっていても何度も見てしまいたくなるくらい。黄緑と赤っていうことは、風と火だ。組み合わせ的に攻撃特化なイメージだな。
「うそ、あった」
「水晶はつかないだろ」
「でも、だって、しかもこんな強い光! じゃあ、オレ、魔法使えるんだ!」
あれだけ不安そうにしていた顔が一変してすっごい笑顔でフィーネさんに詰め寄るテオに、私までほっこりしてしまう。よかったぁ。もしこれで反応が無かったら、かなーり気まずいことになったよね? そうならなくて、ほんとぉーによかった! テオの背中押すまでテオに魔力がないなんて一切思ってなかったからしちゃったけど、自分でも理解してない根拠で軽率すぎる行動をしてしまった。ちょっと反省。
とにかく、テオの心に傷が残る事態にならなくてよかった。
「まあ、使えるだろうけど、あんた……魔法の勉強してたのかい?」
「うっ、それ、は」
「魔法の本なんてねだられたことないから買ったことないしね。それに、私は魔法使えないのよ、フィーネさん。習う人がいないわ」
「そうだったね。確かに」
そっか、私はフィーネさんからいろんな話を聞けたし、フィーネさんの家にある本はいろんな本があって、その中に戦術や魔法についての本もそれなりにあった。だから魔法が使えなくても知恵を得ることは容易だったけど、テオはそういう環境にないんだ。ロッテさんは魔力ないし、本だって普通はそんなに買わないものらしい。紙が高いから。
「いいじゃん! どうせみんな魔法が使えるってわかってから勉強するんだし! オレも、今日から剣に加えて魔法の練習する!」
「そうそう! というわけで、テオ! はい、これ!」
何はともあれ、私が用意したものが無駄にならなくてよかった、とばかりに隠し持っていた物をテオに渡す。綺麗にラッピングされた長方形のそれにテオは首を傾げた。一見すると箱詰めされたお菓子かもと思うかもしれないが、この世界にそんな綺麗なお菓子は貴族くらいしか買わないので有り得ない。なので、テオは全く見当がつかないという顔で私を見た。
「何だよこれ」
「誕生日おめでとう! 私からのプレゼント!」
「え! は? マジで?」
「マジマジ」
ちゃんと自分で稼いだお金で買ったものだと胸を張って主張すれば、テオは驚いたように中身を取り出す。そこから出てきたのは箱ではなく、本。絵本とは比べ物にならないくらい分厚い本だ。
「魔法の入門書だから、わかりやすいし、きっと入りやすいと思う! いっぱい勉強してね!」
「お、おう。ありがとな。よっし、すぐに覚えて使えるようになってやる!」
「その意気その意気! 頑張れテオ!」
ということで早速庭に移動だ! もちろん、私はフィーネさんを連れて行く。使える人が近くにいるんだから先生をお願いするのは当たり前だろう。
買った本は十歳で魔法が使えるようになった子供のための入門書。単純な言葉で、わかりやすく書かれている。
魔法は精霊との契約だ。自分の中にある魔力を対価にして起こす奇跡。そのため、まずは確実に精霊にその対価が渡るようにする必要がある。
「つまり? 今日中に魔法使うのは難しいってことか?」
「それは人に寄るよ。魔力操作が苦手な人もいれば、得意な人もいるからね。感覚を掴むのが早ければ、今日中に小さな魔法を使うくらいはできなくはないさ」
「よぉし! じゃあ頑張る!」
無邪気に笑ってまずは慣れない本を広げて頭に入れる。その後、理解できないという場所をフィーネさんがかみ砕いてテオに教える。そして、実践として自分の中にある魔力の流れを感じる訓練に入った。私はずっとその姿を見守るだけ。
そんな私にテオもフィーネさんも呆れた顔を向けた。
「お前、本当いつもよくあきねーな。今日なんてただ話してるだけじゃねーか」
「本当にねえ。一緒にやるならまだしも」
「そうかな? テオが頑張ってるところ見ると私も元気になるよ? それに、テオが初めて魔法使う場面、私も見たいもん!」
「そ、そうか? そ、それなら今日中にできるように、頑張んねーとな!」
顔を真っ赤にして突然やる気を倍増させるテオにフィーネさんは苦笑を浮かべて私の隣にやってくる。テオはさっき教えてもらった体内にある魔力を感じることに必死だ。その感覚を掴めない限り次のステップには踏めないのでしばらく様子を見ることしかできない。
「あんた、テオのことよくわかってるねえ。よくもまあ、あんなにピンポイントでツボをつけるよ」
「んー、テオってさ、友達いっぱいいるし、いつも中心になって遊んでいるでしょ? 人に頼りにされるのが性格的に好きなんだよ。期待されたらその分期待に応えたいって思うタイプ。しかも、その気持ちがプラス方向に転がるから、素直に応援しとくのが一番なの! 勇者は天職だと思うくらいテオにぴったりだよね」
魔王は出てきて欲しくないけど、テオが夢を叶える瞬間は見てみたい。できるなら、勇者になって戦うそのときも、傍にいられればいいんだけど。
「あんたは、テオの……テオだけの聖女がでてきたら、どうする気だい?」
少しだけ真剣な、けれども口調は軽く問われた内容は、考えたこともなかったことだ。確かに、魔王の前に聖女が現れるから、結果勇者がいる。となれば、テオが勇者になるには、誰かがテオの聖女にならないといけない。今のところ私以上に仲がいい女性はいないらしいけど、このままテオは魔法学校に入ることになるし、そこで私以上に仲のいい人ができるかもしれない。そしたら、こんな風に過ごす日はこなくなるのかな? 過ごせても、テオのすぐ隣は別の人のものになる?
考えていくととても寂しい気持ちになる。私は、この世界でテオ以外の友達がいない。他に作りたいと思っていないのもあるし、テオと一緒にいられれば満足だからというのもある。でも、そういう未来を想定して、今から少しずつ離れる覚悟をした方がいいのかもしれない。そんな心が寒くなる思考に飲まれていれば、隣にいたフィーネさんがそっと頭を撫でてきた。
「悪かったよ、そんな風に追いつめるつもりじゃなかったんだけどね」
「いえ、そこまでまだ考えてなかったから。今はまだ……このままがいいなあ」
テオが私を受け入れてくれて、私がテオの傍にいるのを許してくれる。それだけでいい。今はそれだけを考えられればいい。
真っ暗で何も見えない。誰もいない。何も聞こえない。自分だけしかいない世界。そんな場所で何で私は生きているんだろう。
わからない、わからない、わからない。
わからないから、怖い。ぞわりと悪寒が背中を走る。得体の知れない恐怖は、〝以前〟何度も味わった。ここに生まれ変わってからはそんな感覚ないと思っていたのに。
だって、失うモノなんて何もないから。
でも、できてしまった。大切な存在が。かけがえのない家族が。そんなもの、一生できないと思っていたのに。
(失いたくないな……)
離れたくない。ずっとずっと、一緒にいたい。そう思えば思うほど、いつか離れなければならなくなった時、私はどうすればいいんだろうか……。
「ティナ!」
上ずるようにはしゃいだ声が耳に届いた。途端、微睡んでいた意識が一気に覚醒して、パチリと目を開ける。ふわりと頬を撫でたのは風だ。同時に夕焼けに染まる草花が浮き上がり、まるで祝福するかのように宙を舞う。強すぎる赤で色はわからないけれど、それでもその光景は美しくて目を奪われた。
「……きれい」
「オレの最初の魔法だ! 一番最初にお前に見せようと思ってたんだ! すげーだろ!」
草花にまみれながら笑うテオの顔はとても純粋で、可愛くて、綺麗だった。
ずっと、こうして私に笑いかけてほしい。ずっと、私を信用していてほしい。ずっと、友達でいられたら……テオの特別でいられたら、いい。
綺麗な景色に馴染むテオが、まるで天使みたいだな、なんて馬鹿なことを考えながら私は立ち上がる。はしゃぐテオと同じように、私も笑って飛びつけば、その勢いに耐え切れず二人一緒に転がった。
「すごいね、テオ! 本当にすごい!」
「見てろよ、ティナ! オレぜってー勇者になってお前のこと守ってやるからな!」
そこは聖女じゃないのかな? そう思いながらも、私のために勇者になると思うような発言に嬉しくなった。
だから、素直に頷く。夢を叶えるためにも、テオが生き延びるためにも、もっともっと強くなってと、胸が痛くなるほどの願いを込めて、テオならできるよと背中を押した。