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4.ティーナ

※フィーネ視点

 もぐもぐと小さな口を懸命に動かしていた子供はその動きを次第に鈍らせ、やがて止めた。手に握っていた小さなフォークを皿に落として、薄青い宝石のような瞳を瞼の奥に隠してしまった。

 昨日は山を一日中歩き、今日は朝から街に出て興奮しっぱなしだった。疲れてしまっても仕方ない。すうすうと小さな寝息を立てる子供に苦笑を浮かべれば、洗い物を終わらせたロッテが傍に寄ってきた。


「あらあら、寝ちゃったわね」


「仕方ないね。きっとテオより小さい子供だから」


 小さな体と舌足らずな喋り方。まだ体が出来上がっていない子供なのだと一目でわかる。山で拾った時は、起きたらきっと大泣きして大変だろうと考えながらも放っておくこともできず家に連れてきたけれど、私の予想に反してこの子は真っ直ぐに視線を向けて自分のことをわかりやすく言葉にした。泣きもせず、怖がる様子も見せずに。本当は、不安で仕方ないだろうに。


 普通の子供ではない。話しをすればすぐにわかる。難しいことを口にしても、言葉を濁しても、この子はすぐに理解して自分の答えを口にした。テオより幼い、ましてや記憶喪失になったはずの子供が、だ。

 優秀を通り越して異質な存在のこの子を、どうにも放ってはおけなかった。


「にしても、どういう風の吹き回し? フィーネさんが育てるなんて」


「私が決めたことじゃないよ。この子が自分で選択したんだ。迷惑をかけるなら私がいいってね」


 愛想のない声で答えれば、ロッテは驚いたように目を丸めて眠っているティーナを見つめた。頭が重いのだろう。いつのまにかテーブルに伏して熟睡していた。無意識に自分の腕を枕にしているから、後から痺れていそうだ。


「本当に頭のいい子なのね。さっきも……」


「ああ。しかもこの容姿だ。下手に孤児院入れるよりかは確かに私のところが安全だろうね」


 濁しはしたけれど、この子はきっと両親に捨てられた可能性が一番高い。白銀なんて髪色、庶民にはそうそういない。質の良いワンピースを着ていたし、記憶がなくても染み付いている所作はとても子供とは思えなかった。それ自体は本人には自覚はなさそうだが。

 きっとこの子のことを知る人がいないこの地に適当な奴を雇って捨てさせたに違いない。

 それなら、捜索願いなんて届きはしないだろう。


 私一人だけなら山に引き篭もるだけだけれど、この子がいるなら話は別だ。

 捨てられた以外の可能性も捨てきれない以上、捜索届の有無確認や街の生活や世情をこの子に教えるためにも、定期的に王都には来ることになるだろう。それだけじゃない。成長過程にあるこの子の服も必要になるし、学校に通うことも含めて友達だって必要なはずだ。まあ、それについてはテオに任せればいいかもしれないけど。

 そんな面倒ごとは避けて通ってきた私だけど、流石に最近やることがなくて退屈で死にそうだったのも確かだ。ちょうどいい機会とも言える。


「母さーん、風呂出た!」


「はいよ! こっちきな!」


 適当に頭を拭いただけのテオが躊躇いなく店中に入る。自分以外の客もいるのに、こういうところは変わらない。慣れたように他の客も何も言わないのだから本当に楽なところだ。

 タオルで濡れた髪を拭いてやるロッテの目の前で大人しくしているテオは、ティーナが眠っているのをいいことに、まじまじと見つめていた。さっきは照れて目を合わせようともしなかったくせに。わかりやすい態度にロッテは意地悪く口端を吊り上げた。


「にしてもとってもいい名前つけたわねぇ、テオ。ティーナなんて」


「っ! い、いいだろ! べつに!」


「悪いなんて言ってないわよぉ! むしろよくそんな名前浮かんだわね、偉いって褒めてあげる」


 ニマニマと揶揄う台詞にテオは顔を林檎のように赤くして母親を睨みつけた。この反応はティーナという名前がどこから引用したのかロッテはわかっているのだろう。そして、テオもロッテが理解していることに気づいた。


「う、うるさい! 乾いたからもう行く!」


 まだ少し湿っている状態なのに逃げるようにして家の中に入っていったテオを視線で追いながら溜め息を溢す。テオがまだまだ可愛い子供だというのは認めるけれど、冷やかしで遊ぶのはよくないだろう。


「それで、どっからきた名前なんだい?」


「あら、フィーナさん知らないんですか? 勇者と聖女の絵本ですよ」


「ああ、あれかい。確か初代聖女様の名前を少し変えて名付けたって」


「そう! ティナ様の名前をティーナに変えて、その伝説を子供にわかりやすく伝えるための絵本です。テオ未だにその話が大好きでね、今でも勇者になるんだって聞かないのよ」


 そこまで聞いてようやくピンときた。

 聖女様の伝説は誰でも知ってるものだ。一番有名なのは初代だが、他の聖女様の話も縁ある地では事細かく語り継がれている。

 瘴気を発する魔物。それに触れれば皮膚は爛れ、毒を受け、肉は裂かれ食われると恐れられているその存在を、神聖な光属性魔法を唯一使える聖女様により浄化してもらい、世界が平和に導かれるというお話だ。

 光属性魔法を扱えるのは聖女だけ。しかし未だに聖女がどのようにして生まれるかは明らかになっていない。ただ、唯一言えるのは、聖女が生まれるとき、同時に〝魔王〟も生まれるということ。

 つまり、魔王現る時、聖女の浄化の力によって世界は清められる。


 聖女は魔王を倒すための存在ということ。


(運命というのは残酷だねぇ)


 誰よりも愛する相手を運命の相手と喩えることはあるが、聖女の運命の相手は紛れもなく魔王だと、私は思う。

 けれど、世間的に見ればそうではない。何故なら、聖女は魔王を浄化するために、自分を護ってくれる騎士を一人決めるらしい。どのようにしてかは知らないが、今まで現れた聖女には欠かさずその騎士、勇者と称される者が存在していた。

 勇者と聖女は二人で一対であり、支えであり、相棒である。その関係に憧れている子供は、男は勇者に、女は聖女になりたいと、目を輝かせながら語るのが恒例となっていた。

 その一人がまさにテオだ。


「ふふ、可愛らしい理由じゃないか」


「そうでしょう? 本当、可愛く育ったわ!」


「なれればいいねぇ、勇者に」


 なれたとしても、この子が聖女とは限らないし、その逆もそうだ。そんなことを思いながらティーナの頭を撫でてやる。熟睡してるのか起きる気配はなかった。


「そんなこと、思ってもないでしょう?」


 落ち着いた声音で問われて、そうだねと簡潔に首肯する。

聖女とか勇者とか。そんな特別な存在にならない方がいい。だけど、子供ならではの夢を否定するつもりもない。

 夢は未来に向けての気力の貯金だ。とことん憧れて目指せばいいと思う。その過程で得た経験は無駄にはならないのだから。


 自分では上がれない舞台への道を、ただ闇雲に走り続けることは誰もができるわけではない。走って走って、本当にゴールできるならそれでいいし、逆に疲れて走ることができなくなったなら、その舞台から、その道から外れたっていい。

 けれど、テオが目指す勇者に選ばれてしまえば、それは夢と違って簡単に舞台から降りるわけにはいかない。

 役職とは違う。勇者や聖女は使命だ。世界で一人しかいない。本当に替えの効かない存在。



それは、言うなれば生贄と同じだと、私は思う。



「だけど、この子たちなら、そんな風に思うこともなく、気負うこともなく、本当に世界を救ってくれるかもしれない。むしろ、そういう人間だからこそ、選ばれるのかもしれないしね」


「……そうですね」


「まあ、とにかく今は、子供らしさってのを教えてやらないとね。この子、賢い分妙に大人びてるんだよ。違う意味で心配だ」


「ふふ、それはフィーネさんの力量次第なのでは? 守ってあげてください」


「そうだね。明日はテオと遊ばせてみるかね?」


 聞いてみればロッテは無邪気な笑顔を浮かべて自由に使っちゃってと、軽く了承した。子供には子供なりに約束とかあるだろうに、何も聞かずに貸し出していいのか。なんて、そう思うものの、口に出さずにそうするよとだけ、答えておいた。



 

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