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2.王都

「ひぁあああ」


 広がる大自然の景色はとても壮大で、綺麗だった。開放感あふれる光景を目にして漏れる声は、感嘆の部類ではなくただの悲鳴。うん、悲鳴ですね。


「何情けない声出してんだい! ただ飛んでるだけだろ!」


「そ、そ、そんなこと、いっても! まず飛ぶのが初めてなのに!」


 そう、私は今、空を飛んでいる。

 自分のことでいっぱいいっぱいであったから気付くのが遅れたけど、改めて考えてみれば違和感残る世界だったのはわかる。

 山奥にいたとはいえ、人工的な物がほとんどない自然の中。その中でようやく出会えた人間、フィーネさんの家は造りこそ丁寧で綺麗な気がしたけど、どこか山小屋的な簡易な雰囲気を隠せていなかった。

 自分の容姿含めて、日本人とは思えない顔立ちをした彼女とは日本語で会話ができるのに、リビングに置かれていた本は見たこともない文字で書かれていたし、どこにもガスや電気を使っている様子がなかった。

 どこか現実味のない世界。そんな印象を常に感じていて、違和感を拭わせない。はっきりとは気づいていなかったけど、無意識に感じ取っていたそれにトドメを刺したのはこの〝魔法〟だった。


 何でも、この世界の人間は基本的に魔力を持っていて、規定量ある人は魔法が使えるようだ。自然を司る精霊を魔力を用いて使役し、現象を起こす。それが魔法の原理らしい。

 魔法は火、水、風、土、木の属性にわかれていて、人に寄って適性が異なるらしい。私みたいな子供はまだ魔力が安定して上手く扱えなくて、無理に使おうとすると暴走したり、体に負担がかかったり、逆に魔力がほとんどないのに魔法を使うことで体に障害を残してしまうことがあるそうだ。過去にそんな事例が相次いだこともあり、今では生まれて一年以内に十歳の誕生日までは使えないよう特殊な方法で魔力自体を封印されるらしい。なので、私は使ってみたくても使えないんだって。残念。


 フィーネさんが使える魔法は風と土。今使っているのは風で、私とフィーネさんの体を護るように風を纏わせた上で、そのまま空を浮かべているらしい。そうしないと気圧や風圧で体が木っ端みじん……いや、考えるのはやめておこう。

 そうして魔法で空を飛んで数十分。木々が広がる山の景色は既に抜けて、眼前には円形に広がる街がようやく見えてきた。


「大きい! というか、城!」


「そりゃああるよ。ここはこの国、セントラケルディナ国の首都だよ。王族がいるのは当たり前だし、王宮がなければ困るだろうよ」


「セントラケ……ラケ?」


「ラケルディナ! まあ、名前なんてどうてもいい。あんたが本当に迷子で、あの付近から歩いてきたって言うならたとえ山向こうの街でも捜索届はここにも届くはずだ。けれど、あんまり期待はしない方がいいかもね。普通に考えて目を離した隙にあんな場所まで迷い込むはずがないんだよ。だから、あんたはもしかしたら……」


 ふぅむ。確かに、あんな山のど真ん中まで子供の力で行くのは難しそう。昨日一日歩いて行けたのも大人の意識があったから我慢できたことで、今日改めて見たら足がボロボロだったし痛かった。フィーネさんが風魔法で治療してくれたから痛みはもうないけど。(ただ、風魔法の治癒はそれほど強力なわけでもなく、痛みを無くすくらいはできても、怪我を完全に治癒するには時間をかけないと無理らしい)

 でも、人攫いの線も薄い。その場合、どうしてあんな場所で放置したかわからないし、逃げてきたにしてもやっぱり変だ。だってほとんど汚れていなかった。抵抗もしていないのに、逃げるって矛盾してると思う。

 残す線は捨てられた、なんだけど。多分フィーネさんが言いたいのはこれだね。だから一応言葉を濁してくれてるんだろう。


「もし、そうであっても、真実はわからないので。その時考えます」


 実際、本当に捨てられたんだとしても、それこそ捜索届は出ていないし、自分達のことがわかる土地で捨てるなんて迂闊なことはしないだろう。それなら、ここは私のことを知る人がいない場所だと考えた方がいい。誰彼構わず私を知っていますか? なんて聞きまわるのは現実的じゃないし、そこまで必死に親を探したいほど私はこの体のことを知らない。

 でも、そうなると問題がどうやって生きていくか、だ。幸い、以前の記憶が残っているからちょっとした仕事は難なくこなせるかもだけど、この体だしなー。


「あんた、本当に肝据わってるね。感心するよ」


「ありがとうございます?」


「何で疑問形なんだい」


 首を傾げる私にフィーネさんは思わず笑っていた。表情は硬くて妙に豪快な性格な人だなって思ったけど、ただ単に人付き合いが好きじゃないだけなのかも。そういう人って特に子供相手には苦手意識強いから尚の事私のこと面倒だって思ってたかもなあ。

 だから、私の素を知ったらそのままでいいって言ってくれたのかな?


 魔法を使って王都に入ることはできないらしく、あまり目立たない場所で地面に降り立つ。普通だったら馬車で一日以上はかかる道のりをたった一時間で着いちゃうとか。馬車って時速何キロなんだろ? 魔法で飛んでるのと新幹線どっちが早いのかな?

 なんて、そんなことを考えてしまうけど、時速計はないのでその思考をすぐ放る。フィーネさんに促されて王都の入り口に向かえば入国手続きを求められる。もちろん私自身の手形なんてない。大丈夫なのかと内心焦りながらフィーネさんを見ていたけど、彼女だけの手形でスルーされてしまった。

 手形を作る年齢があったりするのかな?


 フィーネさんの家一軒あっただけの山奥から一変、今度はレンガや石づくりの家が建ち並ぶ街に景色が変わる。たった一時間とちょっとの移動をしただけで世界の色合いが全然違う。

 緑や茶色ばかりの景色はあまりにも味気なくて、少し心細さもあったけれど、人や家で埋め尽くされる景色はまさに圧巻といえるだろうか。ただ、山は山で、自然に囲まれてて目に優しかったな、とも思う。昼間というのもあるけど、あまりにもキラキラしてて眩しい。思わず目を細めたまま棒立ちしていれば、上からフィーネさんの声が聞こえた。


「何してるんだい。まずは馬車に乗るよ」


「馬車? もう街に入ったのに?」


「馬鹿だね。ここから中央区にある屯所まで行くんだよ。徒歩で行ってたら日が暮れるよ」


 言われてさっき上から見た景色を思い浮かべる。

 王都は中央に城を配置し、その周辺をぐるりと円を描くように壁が巡らされ、更にその周辺に四つの区画で分けられているように見えた。中央の区画には大きな建物が点在していたから、おそらく役所とかそういう大事な公共機関を多く配置しているのだろう。城に近いし、他は貴族達のお屋敷が並んでいたのかも。そういう気を遣うタイプの建物を中心にまとめて中央区と呼んでいるのだろう。

 周囲の区画もそれなりに大きかったから、確かにのんびり歩いて向かうのは無謀かもしれない。

 フィーネさんの後について大きな馬車に乗り込んで中央区を目指す。バスと同じような役割をしているみたいで、停車場所が決まっていて、席が空いている分だけ乗れる形式みたいだ。少し遠回りをしながらも次第に大きな建物に近づいているのが見える。もちろん、一番大きいのは城だ。王都に入る前から確認できていたんだから相当大きいと思う。その城から少し外れた場所に二番目に大きい建物が見えた。一見するとそれも城のように思う。造りがすごく似ていた。

 他の家は茶色の混じった暗めの壁をしているけど、城やその建物は白い。ここまで綺麗な白を出すのは難しいんじゃないんだろうか。


「フィーネさん、あの建物は何?」


「ん? ああ、あれは魔法学校だよ。十五になった子供で一定以上の魔力を持つ子供は基本的にあそこで勉強を教わるんだ。貴族も平民も関係なくね。覚えておきな」


「え、私も行くの?」


「測定してみないと確実とは言えないけどね。今あんたの魔力は封印されているわけだし。でも、多分……あんたは強い魔力を持っている気がするんだよねえ。王都に住んでいない子供でも魔力さえあれば通うことになる。だから、あんなにでかいわけさ」


 この国がどれくらいの大きさなのかわからないけど、魔力がある子だけとはいえ、王都外の子供も通うなんて相当な数だろう。スケールが大きすぎて頭が追い付かない。けど、文明的な物が遅れているように思えるこの世界で、身分関係なく学校に通えるというのは、それだけですごいことなんじゃないか? 同時に、魔力がない子はどこで勉学を学ぶのかは疑問だけど。

 そもそもこの学校に通うのにお金はどのくらい必要なんだろう。フィーネさんは簡単に言うけど、このまま私の両親が見つかんなかったら魔力の有無関係なく通えないよね。

 身分関係ないって言ってたから、一応現実的な金額で通えるようにはしてくれてるんだろうけど、無料なはずはないだろうし……なかなか難しい問題だなあ。


 まだ年端もいかない年齢だろう体でそんなことを考えている間に、フィーネさんの言う屯所に着いたらしい。遠慮なく扉を開いて中に入ったフィーネさんは、受付みたいなところまで向かう。


「捜索願いが出てる女の子の情報はないかい?」


「女の子ぉ? もしかして、その嬢ちゃんかい?」


「ああ、そうだよ」


 そこに立っていた男は胡乱気な視線を私に向けた。上から下まで値踏みするかのようなねちっこい視線に胸がざわざわと騒いだ。気持ち悪い。そういう届を扱う場所なら、ここは役所とか交番とかそういう場所なんだろう。それなのに、そこに働く人がこんな目で人を見るなんて、いい気分ではない。


「珍しいな。白銀の髪に空色の瞳じゃないか。そんな目立つ容姿の届がきてるなら覚えているはずなんだが……」


 気持ち悪い視線を投げながらも一応確認はしてくれるみたいだ。バサバサと連なっている紙を捲っている。しばらくして溜め息一つ零してまたこちらを見た。


「ここ一か月分の届を確認したが、そんな特徴の子供の捜索は出されていないな」


「そうかい。この子実は昨日から迷子なんだよ」


「……なら、今日の分がまだかもしれない。夕刻もう一度来な。もし来てないようならその後の子供の対処はあんたが持ちな」


 さらりと冷えた言葉を投げてその男はもう興味がないとばかりに視線を外した。そしてその場の話は終わり。つまり、届を確認するだけがこの場所の仕事ということか。いや、捜索願いのみ扱っているなんて思ってないけど。

 というか、孤児院とかそういう場所と連携とかしていないんだろうか? なんて要領の悪い。


「気を悪くしたかい?」


「え?」


 屯所から出てしばらくしてからフィーネさんは少し強い力で頭を撫でてきた。反射で顔を上げようとしたけど、その手の力が強くて上げられない。どんな顔をしているのかわからないけど、かけられた声は少し低くて沈んでいるように思えた。


「無理もないね。届が無かったら私の意志であんたを売れって言ってたようなもんだからね」


「……売る」


 そういう、意味だったんだ。

 考えてもいなかった言葉に頭が真っ白になった。私は精々、自分で孤児院とか児童相談所みたいな場所に掛け合えと言われているんだと思っていた。

 もしかして、ここにはそういう施設がないのかな。だから面倒ごとを屯所では持たなくて、縁のない子供を育てるような裕福で酔狂な人間はそういないから、結果売るしか選択肢がないのかもしれない。財布拾えば一割もらえるって言うしね。子供拾ったらその一割は売り金だってこと? いやいや、最悪過ぎる。


「そう落ち込むんじゃないよ。お腹空いただろう? どうせ夕方にもう一度来ないといけないんだ。腹ごしらえでもしようじゃないか。取って置きの店があるんだよ」


 落ち込んでいるというか衝撃の方が強かったのだが、何も言わない私をそう判断したらしいフィーネさんは優しくそのまま頭を撫でた。本当に、どうして山奥なんかに一人で住んでいるのか不思議なくらい優しい人だ。この世界の生活の仕組みを理解しているわけじゃないから迂闊なことを口にできないけれど、人と関わるのを嫌っているようには思えなかった。

 中央区から離れて南区へと移動する。私達が入って来た入口とは正反対の方だ。王都の外周をぐるっと囲んでいる壁に近い、本当に外れにある店に連れてこられた。中心から離れている場所に建っているそこは、小さな食事処のようだった。隣には同じくらい小さな建物が並んでいて、そこにはベッドのマークの看板が下がっていたから宿屋なのかもしれない。RPGとかでよく見る奴だと思ってつい見つめてしまった。


「どうせ今日帰るのは億劫だからね、今日はこの宿で一晩泊まるよ」


「え! い、いいんですか?」


「今更遠慮してんじゃないよ。王都に来るのも久しぶりなんだ。折角来たなら私だってハメくらい外すさ」


 存外に自分が泊まりたいから私も付き合うことになる。だから気にするなと言われていて、その気遣いに笑みを漏らした。

 以前の世界で言うなら個人営業している定食屋さんと同じくらいの小さなお店にフィーネさんは入っていった。お昼を過ぎて結構経った時間だからか、お客さんは一組くらいしかいなかった。それでも場所と大きさの割には人気のあるお店のようで、目に入ったキッチンのシンクにはこんもりと食器が溜まっていた。きっとこれから慌てて洗うのだろう。


「いらっしゃい! って、フィーネさんじゃないか! あらやだ、久しぶりねえ!」


「あんたも相変わらず元気そうで何よりだよ、ロッテ」


 テーブルの上を拭いていたここの主人らしき女性が振り返った瞬間、フィーネさんに満面の笑みを浮かべて抱き着いてきた。あまりにもフレンドリーな対応につい驚いて目を丸めてしまう。フィーネさんとはきっと長年の付き合いなのだろう。彼女もまた、慣れたように抱き留めて目を細めて笑っていた。

 ロッテと呼ばれた彼女は、ススキ色の髪と黄緑色の瞳をしていて、パッと見は三十歳前後ほどの朗らかな感じの女性だった。長い髪は団子にされて高い位置にまとめられている。そこには上品な白い花のバレッタが飾られていて、彼女にとてもよく似合っていた。


「あら、珍しい。フィーネさんがここに人を連れて来るなんて」


「ああ、この子ね、山で迷子になってたんだよ。だから捜索届が来てないかと思ってね。しかも、その時のショックからか、記憶までなくてねえ。名前もわかってないんだよ」


 フィーネさんの説明にロッテさんは僅かに眉間に皺を寄せて痛ましい表情を見せた。私の境遇を想像して、きっと憐れんでくれているのだろう。想像してもきっとわからない寂しさと不安というものがあるが、実際のところ以前の記憶が戻ってきたお蔭できっと彼女が想像するよりもあんまり辛いという感情はない。

 だけど、そんなこと説明できるはずもないから、そんな風に同情してくれることが純粋に嬉しかった。


「それじゃあ今日は貴方に美味しいっていう思い出を残せるように頑張ってご飯作ってあげる!」


「本当? ありがとう!」


 咄嗟にフィーネさんの時のように敬語が出そうになってどうにか堪える。パッと顔を明るくしてお礼を述べれば、ロッテさんはつられたように笑ってくれた。

メニューを見せてもらったけど全然読めないので何があるのかだけ聞く。聞いても結局のところ何だかよくわかんなかった。首を傾げてしまう私に、一つ一つ説明しようとしたロッテさんだけど、フィーネさんがきっとそんなことしてもわからないだろうと口を挟んだ。


「困ったわねえ。そうだ、テオが好きな物を作ってあげる」


「テオ?」


「私の息子よ。多分貴方よりちょっとだけ年上かしら。何なら後で会ってあげてくれる? 女の子の友達少ないからきっと喜ぶわ」


「テオねえ。ヤンチャに育ってんだろう? この子みたいな子と仲良くできるのかね?」


「大丈夫よ! 女の子の友達が少ないだけで、男の子の友達はいっぱいいるのよあの子」


 それはもしやガキ大将的な存在じゃないのか? いや、そうじゃないことを祈ろう。元々男女で仲良くできるどうかは、環境とかの問題だし。この辺りに同い年くらいの女の子がいないとか、女の子に対しては照れ屋で話せなくなるタイプなのかもだし! 決めつけてしまうのはよくないよね、うんうん。

 変な先入観を持たないように気を付けて、その後二人の何気ない会話を聞きながらご飯を待つ。しばらくして出されたご飯は、大きな肉の塊に同じ茶色のソースがかかったハンバーグみたいなものだった。庶民には肉の塊は高級品ではあるのだが、こうしたメンチ肉はまだ手に入りやすいらしく、それに他の物を混ぜ込んだメニューくらいならこういう場所でも出るらしい。けれども、子供に与えるとなるとやはり値段が高くなる方だろう。だからこそ、テオと呼ばれたその子もこれが一番好きなメニューだとロッテさんは出しながら教えてくれた。

 遠慮なくお肉を頬張っれば、肉汁とソースがじゅわりと口の中に広がってとっても美味しかった。



 

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