記憶喪失を拾う
とある暗がりの中を、松明を持った二人の男女が歩いていた。
その暗がりは、壁面をコンクリートで固められ、周りには割れたモニターや、本棚、テーブル、その他実験機材が散乱している。
それだけなら、ただの事故現場で片付くだろうが、その暗がりは、横幅は六m程だが、縦には先が見えない。
さながら人造の洞窟といった感じだ。
女が男に自身の松明を預け、本棚の戸を開いた。
「ダメね、中身は空っぽ。
やっぱりこの辺はもう探索済みみたい」
念のため、本棚を倒し裏に何も無いかも見てみたが、割れたガラス以外何も見当たらなかった。
「やっぱりか、今更この辺の調査だなんて、ババアは何を考えているのかね」
ここは何百年も昔、魔法と化学を融合させ、不可能とされていたあらゆる奇跡の実現を目指した研究施設の一角だ。
研究施設は、時間の経過と共に、地下へと施設を拡大させ膨大な広さを持つ。
ある日起こった[争突]と呼ばれる戦争を機に施設は閉鎖。
実験で得られたとされる技術の多くは喪失した。
さらに機密漏洩を嫌った当時の人々が罠や隠し扉、幾多の魔物を放った為、調査は難航しており、今ではある種のダンジョンとなっていた。
彼らはこの施設の調査を請け負ったウケビトである。
ウケビトとは、ギルドから斡旋された仕事を受け、報酬を受け取るある種の便利屋である。
「さっさと引き返そうぜ、ロジーナには何も無かったって報告しよう」
松明を少女、コトミに返しながらショウタは言った。
ショウタは中肉中背の男だ。
自分で適当に切った為不揃いなダークブラウンの髪だが、それなりに整った顔立ちのおかげで初対面の相手にまぁまぁカッコいいかな?くらいの印象を持たれる男だった。
ショウタの連れの女、コトミはショウタの頭ひとつ分背が低い。
背中まで届くナチュラルな黒髪をポニーテールにし、凛とした雰囲気を纏っている。
スタイルはスレンダーで、ほっそりした腰のラインは見事である。
あまり自分の見てくれに興味は無いと化粧っ気もないが、むしろそれが彼女のナチュラルな美しさをアピールする。
「一応、もう少し奥まで行ってみよう。
これを見て」
コトミは受け取った松明で、本棚のあった場所の奥を照らした。
よく見ると、そこから先に足跡が続いていた。
「賊か?」
「分からない、けど、多分一人か二人。
侵入者が居たから、調査の依頼を出したんじゃないかな?」
「まわりくどい事を」
ショウタはそう愚痴を零し、首から下げたペンダントトップに手を当てた。
コトミも松明を持つ左手に右手を添えた。
それぞれ二人の警戒の体制だ。
お互いに視線を交わしてから奥へと歩き出した。
荒れた研究施設の廊下を進み、途中、閉ざされた扉を見つけては部屋を調べ、人の痕跡を探り、ついに人を見つけた。
見た感じ若い男、いくつかあった部屋の一つでうつ伏せに倒れている。
ショウタがペンダントトップを首から外し、I字型の石に魔力を込めた。
ペンダントトップが魔力に反応して百五十cm程の棒になった。
さながら如意棒である。もっとも、本人はこれを相棒と呼んでいる。
棒の先端で男を突いて見ると、微かな呻き声が聞こえた。
肩を掴み仰向けにして、顔近くに松明の火を当ててみた。
「起きないな、見た感じ手ぶらっぽいし、賊じゃなさそうか?」
「とにかく連れて帰りましょう」
「あぁ、ところで……」
「なに?」
ショウタはある事に気付いたが、言い淀んでいた。
近くに罠や、この男身元の手がかりでもあるのかと、コトミは周りを見回した。
「なんでこいつ、乳首無いんだ?」
コトミは無言でショウタの頭を叩いた。
実際無かったが……
ショウタが男を背負い、二人は来た道を引き返した。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
ショウタ達が探索していた研究施設は大きく分けて三つの区画に分けられている。
一つは、調査エリアと呼ばれているショウタ達が探索していた区画だ。
広大な面積を持ち、地下に拡張工事を繰り返した結果、全貌を知る人間は一人もいない。
本格的な調査隊を派遣した事もあるが、結果は芳しく無く、積極的に中に入る人間はいない。
二つ目は、俗に訓練棟と呼ばれるエリア。
研究施設の成果の一つが、訓練に有用であったため、その恩恵を受け他では出来ない特訓を行おうと、小は個人のウケビト、大は国の衛兵が利用している。
三つ目は、[転成堂]と呼ばれるギルド。
せっかくウケビトが特訓に集まるならそのまま仕事を斡旋しようと、研究施設敷地内に新設された建物だ。
なお、訓練棟と、[転成堂]に関しては念入りに調査をした結果、少なくとも過去の研究者による罠等の危険はない事が確認されている。
その研究施設の調査エリアから出たショウタ達は、[転成堂]のマスターであり依頼主のロジーナに調査結果の報告をし、男の身柄を預けた。
正直男の詳細な情報を知りたかったが、目を覚ますまではどうしようも無い。
薬学と、簡単な医術を持つコトミが落ち着いてから再度診てみた所、身体の異常は無く、意識が無い理由がよく分からないそうだ。
最終的にロジーナが身柄を引き受けると言ったので、その通りにし、二人は自分達の住処でもある薬屋[キャラバン]へと帰った。
三階建てで、一階に売店と、薬の調合等の作業場。二、三階に住居スペースを持つ家だ。
因みにショウタは兎も角、コトミは薬屋としての仕事が本業だと思っている。
ウケビトは、収入が不安定な部分がある為、副業として、他の仕事をしている者は他にも一定数いる。
コトミは、戻ったばかりなのに店番を任せていたバイトに声を掛けて、販売の仕事を引き継いだ。
施設調査から一週間を過ぎた日、[転成堂]から二人に呼び出しがかかった。
あの男が目を覚ましたらしい。
予定していなかった呼び出しで、バイトも居なかったので、[キャラバン]に臨時休業の札を貼って、二人は[転成堂]へ向かった。
「来たぞ、ロジーナ」
ショウタが扉を開け、部屋の主人に横柄な挨拶をする。
ロジーナは、[転成堂]マスターだ。
妙齢の女で長身、出る所はしっかり出ていて、顔も良い。
ただし、物凄く口が悪く妙に人を見る目が鋭い。
「ノックくらいしな、全く教育のなってない姉弟だね!」
「前触れなく呼び出して結構なご挨拶だな!」
「そりゃ、あの小僧が前触れなく目を覚ましたからに決まってんだろ!」
入って早々、ロジーナとショウタが睨み合う。
二人は、幼少期の頃、ある事件をきっかけに天涯孤独の身となった。
その際に色々手を焼いてくれたのが、このロジーナなのだが、ショウタはどうにもこのロジーナを好きになれない。
「それで、あの人が目を覚ましたそうなんですけど?」
「ほれ、そこにいるじゃないか」
いがみ合うショウタの背中からコトミが聞き、ロジーナは傍の来客用の椅子を指差した。
そこには、あの男が座っていて、ロジーナとショウタを見比べていた。
正直、ショウタもコトミも全く気付いていなかった。
「そいつの名前はエルフ。
どうにも記憶喪失みたいでねぇ、一応日常生活に問題は無さそうだけど、出自からなにから思い出せないみたいなのさ」
ロジーナがそう紹介し、エルフは立ち上がって、ショウタ達の方へやって来た。
「この前は助けて頂きありがとうございます」
ペコリ、と擬音が付きそうなお辞儀をするエルフを二人は見た。
改めて見てみるエルフは、二十代に届くかどうかの青年だった。
身長が一七五cmあるショウタより少し低い程度で、黒髪の短髪。身体つきはしっかりしている。
「おう、助けたのは偶然だけどな。
俺はショウタ、よろしく」
「あたしは、コトミ。
ロジーナさん、彼はこれからどうするの?」
自己紹介もそこそこに、三人はこの中の最年長且つ、一番発言力の強い女へ視線を向けた。
「そうさね、小僧。
ひとまずウケビト登録をして来な。
簡単な身分証にもなるし、無職よりは具合が良いだろう」
ロジーナが人を呼び、エルフを登録カウンターへと案内させた。
室内がロジーナ、コトミ、ショウタの三人になる。
「さて、本題はここからさ。
あんたら、[キャラバン]にエルフを住ませてやってやってくれないか?
端的に言えば、小僧の面倒を見てやってくれないか?」
「断る」
「お断りします」
二人は即答した。
「理由を聞こうじゃないか?」
ロジーナは人の悪い笑みを浮かべた。
「ばあさん、俺達は知っての通り、借金まみれだ。
人一人養う余裕なんて無いぞ」
借金まみれの所でコトミの顔が一瞬曇ったが、言っている事は事実なので、口を挟まず、頷く事で同意見だと示した。
「誰がばあさんだ、クソガキが。
ちなみに、あの小僧を引き取ってくれるなら前金で取り敢えずこれくらいは用意してやろうと思ったんだがクソガキは断ると…そうかい、じゃあ仕方ないが小僧は私んとこで馬車馬のごとく働かせてやるか」
そう言って取り出した小切手をわざとらしくショウタ達の目に触れさせてから机の棚に片付けようとした。
その額は借金返済には到底届かないが、普通に働くだけではそう短期間で手に入らない額だった。
「ちょっ…」
「ちょっ…のあとはなんて言おうとしたんだい?」
いやらしい笑みを浮かべたロジーナが挑発的にショウタを見た。
「やっぱり、エルフは俺たちで引き取ってやんよ。
俺たちが第一発見者だし、なんか情が移っちまった」
そう言って小切手に手を伸ばした。
だが、あと少しで届くという所で、ロジーナが手を引き、その手は空を掴んだ。
「私としても、あんたらに引き取ってもらいたかったんだが、その欲に眩んだ目を見て気が変わったよ。
まるで、金の為に小僧を引き取るとでも言うような目じゃないかい」
「……ノックもせず部屋に入った事、ばあさん呼ばわりした事を謝ります。
エルフは、俺たちで引き受けます」
ショウタは一瞬より少し長い時間何もない空間を睨んだ後、背筋を伸ばし、頭を下げた。
脳天に突き刺さるロジーナの視線がかなりムカつく。
「じゃ、頼んだよ」
ショウタの態度に満足したロジーナは、小切手をコトミの方へ差し出した。
タイミングよくエルフが登録を済ませて来たので、金が絡まない範囲で事情を説明し、二人はエルフの日用品を揃えるため商業街へ向かった。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
エルフが[キャラバン]に住み始めて二週間が過ぎた。
「エルフさん、この箱向こうの棚に片付けて置いて」
「はい」
「エルフ、薬草のストックが不足している。俺はこれから卸屋に行ってくる。その間頼むぞ」
「おう」
エルフは[キャラバン]で馬車馬の様に働いていた。
この街は、ウケビトの出入りが多く、さらに[転成堂]と提携している為、客入りは非常に良い。
商業街の表通りから少し離れた所にあるこの店は、今日も大繁盛だ。
「すいません、[転成堂]からの遣いです。
エルフという方がここに居ると聞いて来たのですが……」
「俺?」
エルフには初対面の男だった。
ショウタとコトミはたまにギルドで顔を合わせる相手だったので、軽く挨拶を交わし、それぞれの仕事に戻った。
「ロジーナさんからの伝令です。
『コトミ、ショウタを連れて今すぐ来い、仕事だ』
との事です」
男は書面に目を落としたまま、言った。
「断る」
「お断りします」
二人は仕事の手を止めずに答えた。
「『理由を聞こうか』」
書面を読み上げるビル。
どうやら二人が断る事は想定済みらく、書面にはそれ前提で会話を成立させる内容が書かれているらしい。
「ビルさん、見ての通り今忙しいの。
この流れを掴めるか否かで、一週間のご飯が丸パン一つか、丸パンにハムを挟めるかどうかが掛かってるのよ」
実際そこまで極貧生活を送っている訳ではない。
実際、エルフと商業街に行ったときも、一文無しのエルフが遠慮して古着を買おうとしたのを阻止して、ショウタが質の良い服を選んでやっていた。
エルフ自身、二人に対し多少ケチなのを感じてはいたが、毎日の食事はお腹いっぱい食べている。
今現在、慣れない仕事に息も絶え絶えだが、働かざる者食うべからずと考えれば特に苦には思わなかった。
という訳で借金だらけだが、超極貧生活を送っている訳ではない。
それでも今日はバイトを入れていないので、三人が出かけたら店を閉める事になる。今の客入りの良さの中、いきなり休業の看板を吊す事により起きるだろう信用低下は無視できるものではない。
「『どうしてもというなら、今ここにいる伝令文を読むしか取り柄のないビルを店番に使ってもいいからさっさと来な』……なぜ俺が?」
「よし、そこまで言うなら頼んだぞビル。
今の時間から俺たちが戻るまでの売り上げの一割を給料として出す」
「善は急げね、仕事って何かしら」
今の客を逃す事なく、さらにウケビトとしての臨時収入を得る事ができると知るや、二人は手元の作業を切り上げて、出かける支度を始めた。
「ちょっとショウタ、一割は少なすぎるだろ、せめて三割だ」
ビルが抗議の声を上げるのを無視して、コトミはビルをレジに引っ張り込む。
「ねぇ、エルフさん。
彼らに言ってやってくれよ、こんな横暴はやめろって」
口では抵抗しつつ、目の前の客が出した商品の値札を読み取るビルを見てエルフは、
「すいません、家主達には逆らえません」
とだけ言って、店を出た。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
「だから入る時はノックしろと言ってるだろうが、クソガキが!」
から始まり、ショウタとロジーナが睨み合った後に、依頼書を渡された。
酒場に入り浸る賊を排除して欲しいとの事だ。
経営者が病で一週間ほど店を開けている間に不法占拠されたらしい。
依頼主はその店の経営者だ。
賊は一人当たり生け捕りで一万二千ゼル。
推定で二十人〜三十人程いるらしい。
仮に二十人でも二十四万の臨時収入だ。
場所は日帰りで行ける場所だったが、今日はもう夕暮れ時だったので今日を準備期間とし、明日依頼に向かう事にした。
読んでいただきありがとうございます。
まず簡単な世界観ですが、魔法と化学が争いつつも共存する世界で、国や街の発達具合は場所によってばらつきます。
主人公は暫定的にエルフとしてますけど、ショウタやコトミにも注目して読んでもらいたいです。