桃の花~私はあなたの虜(お局様)~
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桃の花の花言葉~『私はあなたの虜』『気立ての良さ』『天下無敵』~
俺は水樹をターゲットにして何をするのか考える。
水樹よりも上の立ち場になればいいんだ。
俺が昇進するのが一番、手っ取り早いが俺にそんな素質はない。
俺はずっと平社員だ。
いつかはもっと上の立ち場になりたいとは思っているがそれを許さないやつが水樹なのだ。
水樹は俺に負けないように俺が契約を一つ取るとあいつも取るのだ。
だから俺とあいつの営業成績はほぼ同じだ。
あいつのせいで俺の努力は消されていく。
俺の上司は飛び抜けてできている一人だけを褒めるから俺は褒められない。
だからやる気も出ない。
「光太くん。今日もお疲れ様」
そう言って俺にコーヒーを持って来てくれた人はこの会社のお局様でもある桃さん。
桃さんは四十代だと思う。
結婚はしていないみたいだ。
美人なのにお局様だから誰も桃さんには手は出せないし、何も言えない。
しかしそんな桃さんのお気に入りが俺なんだ。
「桃さん。いつもありがとうございます」
「いいのよ。光太くんの為なら何杯でも作るよ」
「桃さんの仕事の邪魔になりますので自分で作りますよ」
「いいの。私の仕事はお茶汲みでもあるのよ」
お局様という人は面倒だ。
お局様に嫌われると会社にはいられない。
だから俺は桃さんのしたいようにさせている。
何で俺なんだよ。
水樹を気に入ってくれないかな?
そうか。
お局様のお気に入りを水樹にすればいいんだ。
そうすればあいつは俺に桃さんの扱い方を聞いてくるかもしれない。
そして教える代わりに謝ってもらおうじゃないか。
よし。
水樹から謝ってもらう作戦開始だ。
俺はまず、桃さんの目を水樹に向ける為に桃さんの前で水樹を褒めた。
「水樹は俺と同じ数の契約を取ってくるからすごいんです。あんなに頑張っているのは同期の俺でも尊敬です」
「水樹くんってそんな子なの?」
「あいつって案外イケメンですよね?」
「そう? 今度、話してみようかしら」
それから桃さんは水樹の近くから離れないようになった。
桃さんは、水樹しか見ていないようだ。
水樹が困った顔をしている。
今度こそ、俺の勝ちだな。
そう思っていた時、水樹の元へ菊が来た。
菊は水樹を励ましているように見える。
俺はそんな二人を見ていると昔の事を思い出した。
◇
あれは俺が仕事関係で悩んでいたときの話だ。
「どうしたの?」
「菊に話しても菊には分からないよ」
「どうして決めつけるの?」
「えっ」
「あなたは一人で解決できないから今、悩んでいるんでしょう? それなら私に話してくれてもいいじゃない」
「君には迷惑をかけたくないんだよ」
「私は迷惑なんて思わないよ。あなたの力になりたいの」
俺は仕事の話をした。
彼女には理解できないことは沢山あったと思うがずっと頷いて聞いてくれた。
「聞いてくれてありがとう」
「私で役に立ったかな? やっぱり私には難しい話だったから、アドバイスなんてできないし」
「それでも聞いてもらっただけでも心は軽くなったよ」
「そう言ってくれて嬉しいよ」
「俺、上司に言ってみるよ」
「うん。解決するといいわね。そういえば、この花に気付いてくれた?」
「あれ? いつの間に? 気付かなかった」
俺は会社の事で頭がいっぱいでテーブルにある花瓶に入ったピンクの花に気付く訳がない。
「これは桃の花よ。今日は雛祭りだから知り合いがくれたの」
「そっか」
俺は彼女の話をなんとなく聞いていた。
やっぱり会社の事が頭から離れないからだ。
そんな俺を見て彼女は俺に笑いかけていた。
そんな菊に気付いて俺も笑いかけていた。
◇◇
あの時みたいに菊は俺にじゃなくて水樹に笑いかけている。
水樹も菊に笑いかけていた。
そんな二人を見ていたのは俺だけじゃなかった。
桃さんも見ていた。
桃さんは給湯室へと入っていった。
俺は桃さんの様子が気になり追いかけた。
「桃さん?」
「あっ、光太くん。どうしたの?」
「桃さんって誰かの前で泣いたりできますか?」
「えっ」
「水樹達を見て泣きたいんじゃないんですか?」
「そんなことは……」
「いいですよ。俺の前で泣いても」
「そんなことできないよ。こんな歳になって男の子の前で泣くなんて」
「俺は見てませんから。どうぞ気が済むまで泣いて下さい」
「どうしてそんなに優しいのよ」
桃さんはそう言って泣き出した。
お局様も泣く時があるのだ。
お局様は自分が弱いからそれを知られないように強く見せるのだ。
そんな桃さんの弱い所を俺は見てしまった。
桃さんの涙は俺の気持ちを変えた。
なんでこんな綺麗な涙を流す桃さんを利用したのだろう。
もう、桃さんを利用してはダメだ。
◇◇◇
その日の夜、菊から電話があった。
「もしもし」
「私、菊だけど」
「うん」
「お局様の目を彼に向けたのはあなたでしょう?」
「何で?」
「だってお局様はあなたを気に入っていたのにいきなり彼に変わったもの」
「証拠はないだろう?」
「そうね。でも、一つだけ教えておくね」
「何?」
「お局様が言ってたの。やっぱり光太くんが一番、優しいわって」
「えっ」
「また明日からあなたのお世話をするみたいよ」
「嘘だろう?」
「私はあなたに言ったわよね?」
「何を?」
「あなたは優し過ぎるって。あなたは少し、優しさを抑えた方がいいわよ」
菊はそう言って電話を切った。
俺が悪いのか?
優しい人が好きっていう女性は沢山いるはずだ。
優し過ぎはダメって意味が分からない。
俺のどこが優し過ぎだっていうんだよ。
菊、その理由まで教えて電話を切れよな。
◇◇◇◇
俺は次の日、桃さんのお気に入りに戻っていた。
しかし桃さんはもう、お局様ではなくなっていた。
しっかり自分の仕事をして、周りの女性社員の困っていることを自分の経験を生かして助けていた。
桃さんは誰からも頼られる先輩になっていた。
そして俺にいつものように桃さんはコーヒーを淹れてくれる。
「光太くん。今日のコーヒーには愛情たっぷりよ」
「えっ」
俺は口をつけようとしたコーヒーカップの持つ手が止まる。
「冗談よ。でもいつかはあなたに愛情を沢山、注ぎたいわ」
桃さんは俺の耳元で俺にしか聞こえない声で言った。
俺は苦笑いしかできなかった。
俺の水樹への作戦は失敗に終わった。
まだ諦めないぞ。
俺の二人への作戦は続く……。
読んで頂きありがとうございます。
楽しんで読んで頂ければ幸いです。