菊の花~黄色・敗れた恋(婚約者から元婚約者)~
黄色の菊の花の花言葉は『敗れた恋』
俺の名前は光太。
もうすぐ三十才だ。
そんな俺には恋人がいる。
いや、違う。
恋人ではなくて婚約者になる人がいる。
今から彼女に婚約指輪を渡すのだ。
だからもうすぐ彼女は婚約者になる。
その彼女の名前は菊だ。
「君に話があるんだ」
「何?」
「君と俺はもうすぐ三十才になるだろう? だからその前に俺の奥さんになってくれないかな?」
「えっ、私でいいの?」
「君がいいんだよ」
「喜んで」
彼女は嬉しそうに笑った。
彼女は誰に自慢しても羨ましいと言われるような美女だ。
俺なんかと付き合うなんて夢のようだった。
俺と彼女の出会いの話をしよう。
◇
彼女と出会ったのは大型連休、真っ只中の大忙しで仕事をしていた時だった。
俺はデスクワークをしていた。
そんな俺に受付嬢である彼女が声をかけてきた。
「あの、この部署に光太さんって方いらっしゃいますか?」
「あっ俺です」
「あの、受付でお預かりしたものがありまして」
「あっ本当ですか? すみません。わざわざありがとうございます」
「それが、これなんですが」
彼女は恥ずかしそうにポケットから出して俺に手渡してきた。
俺のパンツ?
俺の下着だ。
何で?
誰の仕業かはすぐに分かった。
毎日俺と会えないからと言われ、昨日別れた元彼女だ。
彼女の家に忘れた下着を会社に持ってくるなんてどんな嫌がらせだよ。
「お騒がせしました」
「あっいいえ。いろんなお預かり物はありますが下着は初めてです」
彼女は苦笑いをしている。
俺も一緒に苦笑いをしてしまった。
それから彼女を受付で見かけると話しかけるようになった。
彼女は笑顔が美しいそれはそれは綺麗な女性だった。
男性社員のほとんどが彼女を狙っていた。
しかしある日、受付で彼女の姿を見かけない日が続いた。
どうしたのだろう?
心配になった。
受付の他の女性社員に聞くと彼女は体調を崩し休んでいるそうだ。
彼女が心配だが連絡手段がない。
俺は彼女の休んでいる理由を教えてくれた女性社員に、俺の連絡先を書いたメモを渡し、心配しているからできれば連絡してほしいと伝えるように言った。
連絡先を教えた次の日の夕方頃、彼女から連絡がきた。
彼女の体調不良は色んなストレスからきており、彼女の心はボロボロだった。
俺は彼女を励ます為に毎日、連絡をした。
すると彼女は俺に言ったんだ。
「あなたのことが好きです」
「えっ、俺?」
「はい。ダメですか?」
「俺でいいの? 君にはもっといい人がいると思うけど」
「あなたがいいんです。優しくて紳士で格好よくて」
「俺も君が好きだよ」
それから俺達のお付き合いが始まった。
そして二年が経ち、俺は彼女にプロポーズをしたのだ。
しかし、それが俺のどん底への入り口だった。
◇◇
「ねえ、好きな人ができたから婚約はなかったことにしてくれる?」
婚約者となった彼女と毎日を楽しく過ごしていたある日。
俺達は家でのんびりしていた時に、いきなり彼女に言われたのだ。
「えっ、冗談だよね?」
「本気だよ。だからこの指輪もあなたに返すわ」
彼女は俺があげた婚約指輪を左手の薬指から外して俺に渡してきた。
いや、納得できない。
俺は彼女と結婚する為に色んな準備をしてきている。
その準備が全部、無駄になるのか?
信じられない。
そんな素振りは一切、見せなかったじゃないか?
何が君の気持ちを変えたんだ?
俺のどこが悪かったんだ?
「本当に君はそれでいいの?」
「ずっと迷ってたよ。でも彼は私の気持ちを尊重してくれて私の選んだ答えに何も口は挟まないって言ってくれたの」
「えっ、それは俺も一緒じゃん。何も口は挟まなかったよね?」
「でも、彼は優しかったの。私をちゃんと叱る所は叱ってくれて褒める所はちゃんと褒めてくれるの」
「俺だって……」
「あなたは優しくするだけで叱ってくれなかった。私を甘えさせるだけだったのよ」
彼女は俺の言葉を遮って言った。
「それの何がいけないんだ?」
「私の心は寂しかったの。あなたは私のことを考えて言ってくれてなかった。優しくしていれば私の機嫌は良くなるなんて思ってたでしょう?」
「そんなことはないと思うけど」
「あなたは私が離れていかないように言いたいことも我慢してたでしょう?」
「我慢と言うよりは言わなくていいと思ってたんだ」
「私はそれが嫌でたまらなかったの。あなたは私に遠慮ばかり。そんなあなたを見ていて私の心は他の人の所へ行ったの」
「それって浮気だよね?」
「そうなるのかもしれないけど彼とはまだ何もないの。彼に好きなんて言ってないし彼は私に婚約者がいるのも知ってるよ」
「それなら君には寂しい思いはさせないから、最初からやり直そうよ」
「もう、無理なのよ」
「俺に一度だけチャンスをくれないか?」
「だからもう、無理なの。私の心はあなたに向いていないの。私の心は彼の所へ行きたがってるの」
「俺は君にフラれるの?」
「そうね」
「フラれるなら君と付き合わなければ良かったよ」
「私はそんなふうには思わないよ」
「何で?」
「あなたといた時間は楽しかった時もあるもの」
「俺は毎日が楽しかったんだ」
「ごめんね」
そして俺と彼女は別れた。
俺は彼女が好きな人と付き合っても仕方ないと思っていた。
だって彼女も俺と同じで悲しい顔をしていたから。
彼女も苦しんでいたんだと思ったから。
しかし、俺は見たんだ。
彼女の好きな人を。
彼女の好きな人は俺の同期であり、ライバルの水樹だった。
水樹は俺の顔を見てニヤリとした。
あいつは俺の彼女を奪ったんだ。
そして菊にも腹が立った。
だって菊はあいつを好きになることはないって言っていたんだ。
菊は俺を騙したのか?
俺はこの時に決めたんだ。
菊と水樹に俺を傷つけたことを後悔させよう。
そして謝って貰おうじゃないか。
俺を不幸にして二人が幸せになれる訳がないんだ。
楽しみに待っていろよな。
読んで頂きありがとうございます。
長くはならないお話の連載です。
最終話までできておりますので安心してお読み下さい。
気に入って頂ければ幸いです。