第36話 ~さかのぼること1時間前 春香side~
~さかのぼること1時間前 春香side~
「うーん、今日はこーへい、走らない日かぁ」
わたしは土曜日だけど早起きをしてピースケと一緒にこーへいの家の前をうろうろしてたんだけど、いつもの時間を過ぎてもこーへいは一向に出てくる気配がなかった。
「ざーんねん、今日も一緒にお散歩できるかなって思ったんだけどなー」
諦めて散歩に行こうとしたところで、ちょうどこーへいの家のドアが開いた。
「あっ、こーへいかも!」って期待したわたしは、思わず立ち止まって出てくる人を注視しちゃったんだけど、
「あらおはようございます、うちになにか御用かしら?」
玄関から出てきたのは見たことのない年配の女性だった。
目元とか雰囲気がどことなくこーへいと似ているから、こーへいのお母さんかな?
挨拶された上にばっちり目が合っちゃったわたしは、
「おはよーございます、えっと、ピースケの散歩の途中なだけなので……」
軽くあいさつをして、そのままそっと離れようとしたんだけど、
「もしかして航平のお友達かしら? あの子ならまだ寝てるわよ。起こしてきましょうか?」
そんなことを言われてしまった。
「いえ、そんな滅相もありません! ピースケの散歩もしないとですし!」
そう言ってこーへいの家の前から立ち去ろうとしたわたしを、女の人が呼び止めた。
「……私って昔、学生のころずっと犬を飼っていたのよね」
「あ、そうなんですか?」
急に昔話を始めてどうしたんだろう?
「あなたが散歩させている姿を見たらなんだか懐かしくなっちゃった。良かったらその子でお散歩させてもらえないかしら?」
「あ、えっと、構いませんけど……」
「それでその間に家に誰もいなくなっちゃって不用心だから、代わりに航平の面倒を見てもらってもいいかしら?」
「ええっ!? えっと、その……」
「まったくいやねぇあの子ったら、なんにも言わないんだもの。こんなに可愛いガールフレンドがいるなんて、奥手に見えたけど航平も男の子ねぇ」
「あ、あの、えっと――」
「航平の部屋は階段を上がってすぐだから勝手に入っちゃって。じゃあ後は任せちゃうわね。あら、そう言えばまだ名前を聞いてなかったかしら?」
「あ、申し遅れました。わたしは蓮池春香です。こーへいとは――航平くんとは高校で同じクラスで仲良くしてもらってて」
「春香ちゃんね。じゃあ1時間くらいしたら戻って来るから航平のことお願いね。今日お父さん出張でいないのよ」
「あ、えっと、わかりました……」
そうしてわたしはなぜかこーへいのお母さん公認で、こーへいが寝ている部屋に2人っきりで上がり込んでしまったのだった!
目の前ではこーへいが気持ちよさそうに寝ている。
「まったく幸せそうな寝顔しちゃって、ムダにかわいーんだから」
そんなこーへいの顔に引き寄せられるように顔を近づけたところで、はっと我に返る。
「わたし今、無意識にキスしようとしちゃってた!?」
いくら最近いい感じの仲だからって、寝ている相手にそれはダメだよね!?
寝ている相手……寝ているこーへい……寝てるよね、うん……。
「ちょ、ちょっとだけなら――? っていやいや……」
でもでもキス自体はもうあの夜にしちゃってるわけだし?
なら、ちょっと唇を合わせるくらいはギリギリ有りじゃない?
アメリカ式の朝のあいさつ的な?
それに前えっちしよって言ったら、こーへいもまんざらでもなさそうだったし。
あの後、部屋で話してた時もずっとベッドを気にしてたし。
「そうだよね、えっちがいいんだったら、ちょっとキスするくらいもオッケーだよね?」
意を決したわたしは屈みこむと、ベッドで眠るこーへいの顔に近づいていって――、
「はわ――っ!?」
急にこーへいがこっちに向かって寝返りをうった。
その拍子に屈みこんでいたわたしの背中に手がかかって、わたしはそのままベッドに引きずり込まれてしまう。
「ぁ……あの! えっと、ん……っ、あ、はぅ、こ、こーへい……だめ、わたし、あの、心の準備が……準備が……準備がってこーへい?」
「……むにゃ」
「って寝てるし! めっちゃ気持ちよさそうに寝てるし!」
はぁ……だよね。
こーへいがいきなり女の子をベッドに引きずり込むような、そんなハレンチな真似するわけないよね。
こーへいはすっごくへたれで、だけどすっごくすっごく優しい男の子だもん。
わたしはそのまま脱力しながらこーへいの寝顔を幸せな気持ちで特等席から見ていると、不意にこーへいが顔を寄せてきて、
チュっ。
気付いた時にくちびるが一瞬、触れ合っていた。
「ぁぅ……んっ……キ、キスしちゃったし……」
で、でも故意じゃなくて事故だから仕方ないよね……?
さらにこーへいはわたしの身体をぎゅっと抱きしめてきて、つまりつまり、こーへいの身体がわたしにぎゅっと押し付けられて――。
「ぁ、こーへい、そこはだめ……っ、だめじゃないけど、ん、ぁ……っ、か、硬いの、当たってるよぉ……ぁっ、んんっ」
こーへいの太ももが、わたしの太ももの間にズイっと入ってきて、こーへいの硬くなったところが、わたしの太ももにぎゅっと押し付けられて――。
こーへいに密着されてはしたない気持ちになっちゃったわたしが、「抱かれたら抱き返せ、ハグ返しだ」とばかりにこーへいを抱き返そうとした瞬間、
「んぁ……?」
パチッとこーへいの目が開いたのだった――。