第30話「わたしは今、商業主義に飼いならされたこーへいの昏く濁った心を正してあげてるんだからね!?」
「こ、こーへい……な、なんでここにいるし……」
春香がおどおどしながら言った。
完全に目が泳いでいる。
「いや、たまたま本屋の入り口で春香を見かけてさ。声かけようと思ってついてきたら熱心に本を読みだしたからさ。どんなの読んでるのかなって気になって、こっそりのぞいたんだ」
「こ、これはその……たまたま手に取った本であって、わたしの好みというわけでは……」
「別に隠さなくてもいいよ、じっくり見てたもんな。春香もBL小説読むんだなって思っただけだから。あ、こういう男同士が絡み合う本をボーイズラブって言うんだよな?」
俺が何気なく言った時だった――、
「エンドレス・ワルツを、その辺の大衆娯楽BLと一緒にしないで!」
俺の他愛のない質問になぜか春香は目をクワッと見開くと、「青年の主張」をし始めたのだ!
「このシーンはね、堕落した世界を革新するため決起したトレイヌ様とゼスクが、途中価値観の相違から袂を分かち、数年後に偶然街で再開してひと時の逢瀬を楽しむっていう、最終巻にふさわしい胸にキュンする感動シーンなんだから!」
「え、あ、うん……」
「エンワルはBLの中のBL、上級BLなんだから! さらにその中のキング・オブ・BLなんだから!」
「わかった、わかったよ春香……でもその、ちょっと声が大きい――」
「声が大きくて何が悪いの!? わたしは今、商業主義に飼いならされたこーへいの昏く濁った心を正してあげてるんだからね!?」
なにそのちょっと回りくどい言い回し……。
いかにもそのBL小説に出てくる、トレイヌ様なる人物が言いそうなセリフだね?
「う、うん……そうか……悪かったな茶化して……」
「だいたいね、女の子を嫌いな男子がいないように、BLを嫌いな女子はいないんだもん!」
「うん、そうだよね。俺が悪かった、人の趣味にとやかくは言わないよ。別に俺にはなにも関係ないしな」
「え…………? あ、うん、そうだね」
「……なんだよ今の間は?」
「な、なんでもないよ……?」
なんだその反応。
まさかとは思うが――、
「まさか俺をネタに、BLさせてるんじゃないだろうな!?」
「も、もももちろんそんなことしてないし!?」
怪しい……。
「……まぁいいけど」
「ほっ……」
「ちなみに俺は攻め受けどっちなんだ? 俺的には攻めかなって思うんだけど」
「ちょっとこーへい! ヘタレなこーへいが攻めなわけないじゃん。どっからどう見ても総受けに決まってるし! ……あっ、なんちゃって?」
「ほぅ、そうかそうか。これは詳しく話を聞かないとなぁ」
「いえあの、きょ、今日はエンドレス・ワルツの最終巻を堪能する予定なので……」
「大丈夫、素直に話せばすぐに済むから。ほら、俺は外で待ってるから会計済ませてきなよ。うちか、春香の家で、ちょっと話そうか」
「あ、うん……はい……」
その後、俺は春香の妄想の中で、トレイヌ様やゼスクをはじめ様々なイケメンキャラたちにアーッ!されていることが判明した。
なんとなくお尻がむずむずしてきた俺だった。
そしてくだんのエンドレス・ワルツの1巻を春香に借りたんだけど、
「なんだこれメチャクチャクチャ面白いじゃないか……! 純粋なまでにノブレス・オブリージな高貴すぎる理想を掲げる貴族のトレイヌ様と、鋭利な刃物のように尖った軍人のゼスクの熱い友情がヤバい……! 明日2巻貸してもらおう!」
俺はその重厚な世界観に、どっぷりはまってしまっていた。
「この堕落した世界は、正しき価値観によって革新されなければならない……っ!」