第23話 「なんちゃって!? もう、恥ずかしいこと言わせんなし! こんにゃろ!」
「ええっ!? こーへい振られたの!? なんで!?」
「冴えなくてパッとしないって言われてさ。って言うか、そこまで驚くほどのもんでもないだろ」
「そんなことないし! こーへいはこんなにカッコよくて素敵なのに――なんちゃって!? もう、恥ずかしいこと言わせんなし! こんにゃろ!」
いや、恥ずかしいなら皆まで言うなし……。
「まぁそれでさ。一世一代の告白が大失敗した俺はなんかもう色々どうでもよくなって、それからずっと無気力に過ごしてたんだ。でもあの日、春香と知り合えたことで、春香のおかげで俺は立ち直ることができたんだ」
「それって入学式の日のこと? 道路に飛び出そうとしたピースケを、こーへいが助けてくれた時のことだよね?」
「うん、あの時。子犬を助けなきゃって思って久しぶりに全力ダッシュして。そのあと流れで春香と話していたら、気が付いたら『あれ?』って不思議に思うくらいに心が軽くなっててさ。あ、さっき春香が俺のことを白馬の王子さまって言っただろ?」
「も、もう、あんまり蒸し返さないでよね……改めて言われるとすっごく恥ずかしいんだから」
ほっぺをふくらませて春香がむくれてみせる。
その姿はもう説明不要ってなレベルで、あざとくて可愛かった。
「でもさ、俺にとっても春香は前を向かせてくれた白馬の王子――いや『ガラスの靴のお姫様さま』だったんだよ。ありがとな春香、俺に前を向かせてくれて」
あの出会いがなかったら俺はきっと今でも、暗い目をして地元から逃げることだけ考えて、無気力なまま高校生活を送っていたことだろう。
だから俺としてはすごく真面目に、感謝の気持ちを伝えたんだけど――、
「そんなぁ、わたしが『ガラスの靴のお姫様さま』なんてぇ、てれりこえへへへ」
春香は両手を頬に当てて、いやんいやんばかんあはんと身をよじっていた。
美少女が見せるなんとも痛々しい姿を見ていると、なんかバカップルみたいで俺まで恥ずかしくなってくるんだけど……。
「こほん、とまぁそういうわけでさ。春香のおかげで、俺は千夏のいない新しい道を歩き始めた――っていうと大げさだけど。そこからは何もかも手探りな状態で、自分の気持ちのはずなのにイマイチよくわからないでいるんだ」
「それってつまり――」
「少なくとも俺は、春香のことを好ましく思ってる。その、好きとかはまだちょっとよくわからないんだけど……それでも、パッとしない俺を好きになってくれて嬉しいって、春香と一緒にいたいなって、そんな感じに思ってる」
「ううん! こーへいはパッとしないなんてことないよ! まったく相沢さんは見る目ないよ――あ、その、ごめん、わたしまた――」
慌てて春香が口をつぐんだ。
まったく。
どうも春香は俺のこととなると、感情のブレーキが上手く利かなくなるみたいだな。
――まるで千夏に見とれていると言われて、自制が効かずにカッとなってしまった俺みたいじゃないか。
もしかしたら俺と春香は、似てるのかもしれないなって、そんなことをちょっと思った。
「いいっていいって。春香が俺のことをベタ褒めてしてくれたって、今の俺はちゃんとわかってるから。だから俺は、そんなにも情熱的に俺を好きになってくれた春香と、よくわかってないままで付き合いたくないんだ」
「あ――」
「春香が俺に向けてくれる熱量に応えるだけの気持ちを持たないと、今の中途半端な気持ちのままの俺だと、俺のことをこんなにも好きになってくれた春香に失礼だって思ったから」
「うん――」
「自分の心とちゃんと向き合ってから、文句なしの答えを出したいんだ」
俺の言葉に、春香の頬がりんごのように赤くなっていく。
「まぁその時に、やっぱりごめんなさいになるかもしれないんだけど。正直に言うけどさ、千夏のことを諦めきれていない自分がいるのは、間違いなかったりするし」
なにせいつ好きになったのかもわからないくらいに、昔から自然に千夏のことを好きになっていたんだから。
「ぶぅ……せっかくラブラブないいシーンだったのに、またそう言うひどいこと言うし……こーへいのばーか」
でも春香の気持ちに、本当の意味で応えるためにも、
「変に期待させるだけの、そんな軽々しい約束だけはしたくないんだ」
「うん……わかってるよ。そんな正直で一生懸命なこーへいが、わたしは大好きなんだし」
そう言って、月明かりに照らされながら優しく微笑んだ春香は、まるでおとぎ話のティンカーベルのように幻想的だった。
「好きって言ってくれてありがとうな、春香。嬉しかった」
「どういたしまして! あーあ、でもなー。心の矢印の向きがちょっと違ってたらみんながハッピーなのになー。恋心って、人を好きになるのって難しいなぁ」
「……だな」
もし俺が春香を好きだったら。
もし千夏が俺を好きだったら。
俺と春香のすれ違いも、こんな恥ずかしい深夜の告白もありはしなかった。
想いはどうしようもなくすれ違っていて、でもそのおかげで今の俺と春香がいるんだ――いられるんだ。
それに難しいからと言って、もう俺は止まってはいられない。
俺は新しい道を進むと決めたんだから。
どうすればいいかはまだよくわからないんだけど。
それでも一日でも早く、ちゃんと考えて春香への気持ちに答えを出すんだ――。
俺が改めて強くそう思っていると、
「あ、こーへい、ほっぺになにかついてるよ?」
突然、春香がそんなことを言ってきた。