表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/235

第17話 「――って、いつまで見とれてるのこーへい!」

 サッサッサッサ――。

 サッサッサッサッサ――。


 俺と春香は正門から校舎までの通路(桜並木だ)の掃き掃除をしていた。


 別に何か問題をやらかして罰掃除させられているわけではなく、いたって普通の放課後の掃除当番である。


 もちろんここの当番は俺たちだけじゃないんだけど、結構距離があるので区域を区切って2人1組になって掃除をしていたのだった。


 その時になんて言うかその、同じ班の奴らが気を利かせてくれたって言うか?

 お節介してくれたって言うか?


 俺と春香が一緒に掃除できるように、取り計らってくれたのだった。


 サッサッサッサ――。

 サッサッサッサッサ――。


 既に開始から15分が経過し、掃除は最終段階に入っていた。


 2人で集めた桜の花を、俺が持つちりとりに春香がほうきで掃き入れる。


 (ほこり)が立たないように、あまり速くほうきを動かさず、軽く地面に押さえつけるように掃いているのが、気(づか)い上手な春香らしいな。


「はいこれで終わりーっと。桜並木は春に見上げると綺麗だけど、その後の下の掃除が問題だよね」


「頭隠して尻隠さず――いや灯台もと暗しって感じか」


 あれ今の俺、上手く言ったんじゃね?


「あ、今の上手く言ったんじゃね、とか思ってるでしょ」

「な、なぜそれを? まさか春香は人の心が読めるエスパーさんだったのか?」


「なに言ってるの……? さっきのこーへい、めっちゃ分かりやすくどや顔してたじゃん」

「こ、こほん……でも年季の入った大きな桜ばかりだよなぁ」


 ズバリ指摘されてしまい、穴があったら入りたいほど恥ずかしかった俺は、露骨に話題を変えた。


「この桜並木はこの高校が旧制中学校(?)だった時からあるらしいよ。学校案内のパンフレットに載ってたし。でもこれだけ大きいと、秋の落ち葉は掃除が大変そうだよねぇ」


「だな」

 今から秋の到来が億劫(おっくう)だ……。


「じゃあ帰ろっか。みんなももう掃除終わってるかな?」


「さっき掃除用具を片付けに行くのがちらっと見えたから、終わってると思うぞ」


「じゃあ私たちも早く片付けちゃおう」

「了解」


 そうして世間話をしながら、2人並んで掃除用具を片付けに行く途中だった――、


「あ――」

 ――俺たちが千夏とすれ違ったのは。


 下校途中なのだろう。


 千夏はクラスメイトと話しながらチラリと俺に――いや春香にか?――視線をやると、しかし足を止めることもなく、何も言わずに立ち去っていった。


「今の1組の相沢さんだよね。あの人すっごく綺麗だよね。スタイルは良いし、美人だし、髪もサラサラのストレートだし。わたしのすぐ跳ねちゃうくせっ毛とは全然違うんだもん――って、いつまで見とれてるのこーへい!」


「別に……見とれてないだろ……」


 見とれていたわけじゃなかったと思う。


 ただなんとなく、ナンパしてるのを彼女に見つかってしまったみたいに、春香と一緒にいるところを見られたのが居心地悪くて、身体が固まってしまったのだ。


 千夏の表情が、気になって気になって仕方なかったんだ。


「ううん、めっちゃぼーっと見てたし! 見とれまくってたし! あーあ、こーへいもやっぱ美人が好きなんだなぁ……」


 髪をいじりながらの何気ない春香の言葉に、


「だから見とれてないって言ってんだろ!」


 俺は無性にカチンときてしまった。


「別に美人だからって見てたわけじゃねぇよ」


 自分で言っておいて、チンピラが凄んだような、なんて怖い声を出したのだろうと後悔したけど、でも謝る気にはなれなかった。


「えっと、あの……ごめん、こーへい……えっと、ごめんなさい。わたしそんなつもりで言ったんじゃ……」


 春香が捨てられた子猫みたいな顔をして、蚊の鳴くような声で謝罪をしてくる。


 くそっ。


 春香を怖がらせるつもりなんてなかった。

 春香が本気で俺を非難するつもりがなかったことも、わかってる。


 でもまるで『美人だから千夏のことが好きだったんでしょ?』みたいに言われた気がして――俺の千夏への想いが、馬鹿にされたみたいな気がしてしまって。


 その瞬間、俺はどうしても感情を抑えることができなくなったのだ。


 ついでに『幼馴染だからって、冴えないこーへいがあんな美人と付き合えるわけないじゃん』って、言外にそう言われたみたいで――。


 何気ないその言葉が、春休みの一件からまだ立ち直れていない俺の心を、グサリグサリとえぐってきたんだ。


 もちろん全部が全部、俺の勝手な思い込みだ。

 そもそも春香は、俺と千夏が幼馴染であることすら知らないんだから。


 だけど春香と出会ってから下火になっていた――けれど決して消滅したわけじゃない千夏への気持ちとか、告白した後悔とかそういったものが、ごちゃごちゃになって一気に押し寄せてきて。


 俺は自分で自分の感情が高ぶることを、抑えられなかったんだ。


「ごめんなさい、あの、こーへい――」

 必死に謝る春香を、


「悪い……今日は1人で帰る」

 俺は取り付く島もなく、一方的にシャットダウンした。


「あ、うん……ごめんね」


 力なく頷いた春香の目には、強い後悔の色とうっすらと涙が浮かんでいて。


 俺はそれに見て見ぬふりをした。

 いや、見ないように意図的に目をそらしていた。


 春香はなにも悪くない。

 あんな言葉でいきなりキレた俺の方が、どう考えたって間違ってる。


 悪いのは心の中のもやもやに、勝手に自分で火をつけた俺自身だ。


 でもそれが分かっていてもなお、俺は心の中に渦巻く言いようのないイライラを、抑えることができなかったんだ――。


 いろいろとやりきれなくなった俺は、春香を置いて足早に歩きだした。


 掃除用具を片付けると、俺は立ちすくんだままの春香から顔を背けて帰路についた。


 イライラとか後悔とかいろんな感情が心に渦巻く中、春香がついてくる気配がないことに内心ほっとしながら、俺は足早に帰宅したのだった――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 好かれているから嬉しいし悪い気はしない、女の子と仲良くイチャイチャするのは楽しい、春香への気持ちってまだそんなところなのかなー。好きではないですよね。 千夏への心が焦がれるような想いとはまる…
[一言] これは私の中主人公の株価が暴落してしまいましたよ! 泣かすなよ!
[一言] 春香にも見限られてほしいと思うくらいにはダメな男だなって思いました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ