第2話 甘いはお好き?
我が家には、『乙女ゲーム貯金』というものがある。
声優をしている彼氏は時折乙女ゲームに出演をしていて、サンプルをもらってくる事がある。でも私は好きなコンテンツにはお金をしっかり払いたいというポリシーなので、最初はサンプルを貰った上で別途お金を出してゲームを購入していた。
当たり前だがかなりの無駄だと指摘され、話し合いの結果サンプルをもらったもの分の金額を貯金するという事にした。
サンプルを貰ったゲームは、基本的に公式の発売日よりプレイするようにしているが、関係者近辺に居るガチプレイヤーという事もあり、デバッグをしてほしいと頼まれた事も数回あった。
でも最近はパッケージではなくスマホゲームの乙女ゲームに出演する事の方が多くなってきたので、サンプルをもらう事自体がほぼ無くなった。なので、この制度を廃止しようと持ち掛けた。
「・・・・乙女ゲームをやめるって選択はないの?」
「ライフワークをやめろと言うんですか。」
「スマホゲームの乙女ゲームは、正直パッケージ版よりもお金がかかるだろ。1人を攻略するのに、それこそパッケージ1本並のお金がかかる場合もある。」
「そういう系統のは、あなたのキャラしか攻略しないようにしています。」
「そもそもだけど、何というか・・・・俺が甘やかさない?から、やっているんだよね。俺がその分フォローするから、もうやらなくていいじゃないか。」
「今となっては、それとコレは別物です。別腹で有難く頂戴いたします。」
「オイコラ。」
「じゃあ、乙女ゲームの仕事をもぎ取ってこんかい!全裸待機しとくから!」
「如何して現物で満足してくれないんだよ!現在進行で俺の声を聞いているだろ!」
「役を演じている時の声が好みであって、普段はそんなに好みじゃない。」
「俺、ちょっと泣いてきて良いかなぁ!!!」
とまあこんな風に、和気藹々と話し合ったものの、結局貯金制度はまた出演する事を希望するという意味合いで続行する事になった。
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今となっては彼とは色んな事を言い合いできるが、最初はかなり大変だった。
私はゲームもアニメもあまり興味はなかったので、柏木さんから彼の事を元気づけて欲しいと頼まれた時は戸惑った。私からメッセージを送っても既読スルーだったので直ぐに忘れてしまおうと思ったが、数日後に柏木さんからの謝罪のメッセージが来た後に、ようやく返信がきた。でも、「返信が遅れて申し訳ありません。」の一言だけ。やらされている感が満載だった。
返信するか否か自体を悩んでいた矢先、たまたまウェブサイト上にスマホゲームの宣伝が流れてきて、そこに彼の芸名があった。思わずダウンロードしてプレイしたが、なかなか彼のやったキャラクターが出てこなかった。
こういう事なら返信しやすいかなと思い、如何すればいいのかと質問した。返信は三日ぐらい経ってからだったが、そのキャラクターはイベント限定だったようで、返信が来た時点ではもう入手ができなくなっていた。彼から返信が申し訳ないという謝罪と、どういうキャラクターだったのかという設定を教えてもらった。
またこういう事が起きたら申し訳ないなと思い、ここでようやく彼の名前をネットで検索した。それなりに認知度のある人で、かなり驚いた。イベントでのダイジェスト動画などで楽しそうにしている姿は、先日カフェで鉢合わせた人物と同一であるという事が全く想像できなかった。真面目に、双子か多重人格なんじゃないかと思った。
数回やり取りはしたもののなかなか続かず、もうこれから関係が発展する事はないだろうなぁと思った矢先。柏木さんの結婚が決まった。身内だけの小さな挙式にするとの事だったが、奥さんが私の直属の後輩という事もあり、新婦側の友人として招待された。勿論のこと、彼は柏木さんの友人として結婚式に招待された。
とはいえ、挙式の最中は全く接点がなかった。お互いに友人同士で固まって行動をしていたので、遠目でいるなという認識はしていたものの、挨拶にはいかなかった。
結婚式翌日に実家に帰らなければならない用事があり、二次会の途中で抜ける事になった。新郎新婦へ挨拶に向かうと、そこに彼が居た。彼も手にカバンを持っており、これから帰る所のようだった。
「おお!丁度今、コイツに話しかけに行けって言っていた所だった。コイツも明日朝一で仕事だから今から帰る所だから、駅まで送っていってもらったら良いよ。」
柏木さんはニタっと笑って彼を小突いたが、彼の表情はまさに修行僧のように虚無だった。嫌がっていると思い、思わずトイレに行くから先に帰ってもらって大丈夫だと伝えた。でもそこで彼は表情を変えないまま、ただ一言「待っています。」と答えた。
後日状況を確認したのだが、彼は私へどう長続きをするメッセージを送ればいいのかと悩んでいたらしい。嫌っているというよりは、どう接すればいいか分からず変に緊張していたそうだ。何故そんなに気をかけてくれたかまでは、今だに教えてもらっていない。
駅に向かう道では沈黙が怖かったので、私がひたすらに喋っていた。うるさいと思われてそうだうなぁと思いながらも、駅までの辛抱だと自分に言い聞かせた。彼は時折相槌をしてくれたが、どことも言えない場所を見ながら私の隣を歩いていた。
視界に駅が見えてきた所で、彼が不意に立ち止まった。
「これから、色々連絡してもいいですか。しつこくしないように気を付けます。」
「『おはよう』とか『おやすみ』とか、送ってきてくれるんですか。」
冗談で言ったのだが、彼は「そういう事です。」と答えた。どういう意図で言っているのだろうかと彼の顔をじっと見ると、顔を背けた。手が、震えていた。これは茶化さずに、ちゃんと受け止めなければいけないモノであると分かった。
「基本、真夜中でなければ良いですよ。でももし、どうしても真夜中に誰かと話したいと思う事があったら、そういう時は遠慮なく連絡してきてください。」
どういった心境で言っているのかを問いかけたかったが、何となく、それは今大切な事ではないと思った。彼が軽い気持ちで物事を決めるような人ではないと思うので、彼の気持ちを如何に丁寧に受け止めるかが大切だと思った。
そこから駅の改札に着くまで、何も話さなかった。会話でごまかさなくても、もう大丈夫だなと感じた。もしこれがドラマであれば、こういうので恋が始まったりするのだろうなと思ったりもした。私が彼をちゃんと意識し始めたのは、この時だった。
それから彼は、本当に毎日起床と就寝時にはメッセージを送ってきた。短い文のやり取りだけだったが、ライフワークになった。
時が経つにつれて、少しずつ互いのプライベートの話をする事が増えてきた。具体的な内容まではいかないものの、仕事の愚痴が来るようになったがどう応えるのが良いのか分からず、聞き役に徹するしかなかった。
それだと彼がつまらないのではないかと思い、何か参考になればと彼の事をちゃんと知ろうと出演作のアニメを見たりゲームをプレイしてみた。結果として、何か得たものがあったのかは分からない。それよりも、如何して彼が私の事を気にかけるんだろうかという疑問の方が大きくなった。知れば知るほど、怖くなった。
それから間もなくして、彼の名前はネットニュースで取り上げられる事になった。週刊誌に、女性との密会がすっぱ抜かれた。元々彼の事を調べていた際に、結婚疑惑があったのは知っていた。それは身近に居る柏木さんが否定をしていたので嘘である事は分かっていたが、交際相手がいるかまでは分からなかった。
交際相手がいるのであれば、例え友人関係であっても異性と毎日連絡を取り合っているのは例え容認をしたとしても良い気分ではないだろう。その日に彼から「異様なまでに引き留められたのでハニートラップだった。何もなかった。」という弁明が来たが、返答はしなかった。元々あった疑問で迷っていた所で、スキャンダルが決定打となった。
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とまあ、普通に考えればここで関係が終わるという所だが、何故か今では結婚を前提に同居をしているのだから、人生は不思議に満ちている。