生活委員長、百合生徒を取り締まろうとするが百合になる
<起>
「それでは、今後の活動方針について話し合いたいと思います」
残暑も終わったある日、○×高校放課後の生活委員会室で、委員長を務める私こと只敷道枝はテーブルに就いている生活委員一同を見渡し、咳払いを一つする。私の姿は、髪をボブカットに切りそろえ、フォックスモデルの銀縁眼鏡を着用。ほかには、「仕事道具」である左腕に着けた生活委員会の腕章と、首から下げたホイッスル。
「最近、校内の風紀が大変乱れています。不純異性交友ならぬ不純同性交友が多数見受けられると報告を受けており、由々しき事態と言わざるを得ません」
ふう、と一息。
「これから、このような生徒はしっかり指導していきましょう。ほかにも挨拶習慣の強化、服装チェックなども引き続き重視していきます。私からは以上です。他の皆さんも、何か提案などはありますか?」
再び一同を見回すと、特に意見はないようだ。
「では、本日の会議はこれにて終了です。より一層我が校を良いものにしていきましょう。校内の見回りを開始します」
皆がそれに応じ、返事とともにめいめい散っていく。そんな中、一人残る委員の女生徒。
「あなたも、見回りに行きなさい」
彼女は一年生の由利透。長い三編みの一本おさげが似合う、二年下にあたる可愛い後輩。
「先輩、わたしも先輩の見回りにご一緒させていただいてもいいですか?」
仔犬のような潤んだ瞳で見上げてくる。うう、どうにもこの視線には弱い。なんというのか、庇護欲のようないかんとも表現しがたい感情を掻き立てられるのだ。
「しょうがないわね……。いいでしょう。でも、早く一人で仕事をこなせるようになりなさい」
「はい! よろしくお願いします!」
やれやれ。公正・公平をモットーにしなければいけない立場だと言うのに、どうにも彼女にだけは甘くなってしまう。
ため息をひとつ吐き、由利さんとともに委員会室を出た。
<承>
二人で連れ立って三階の廊下を歩いてると、紙パック飲料を飲みながら歩いている長髪の女生徒と、少量の書類束を手に彼女に話しかけながら歩いているローポジション・ツインテールの女生徒を発見!
思いっきりホイッスルを吹く!
「そこ! ジュースを飲み歩かない!」
「びっくりさせないでよー。心臓止まるかと思ったじゃない。それに、これはジュースじゃなくてミルクティーです~」
「どっちでも一緒です! なんですか、小学生みたいな言い訳を……。生徒会長のあなたがそんなでは他の生徒に示しがつかないでしょう!」
そう、長髪の彼女は本校の生徒会長。名前は湊静華。人気者だが、非常にちゃらんぽらんな性格の持ち主としても有名だ。
「おカタいねぇ~。今からそんなだと将来シワやばくない? 大体、ジュース飲み歩いちゃいけないなんて校則ないでしょーに」
「マナーの話をしてるんです! 飲み物は自販機そばのベンチだとか、席に就いて飲みなさい! あと、将来のシワとか余計な心配をしなくて結構!」
ぶうぶうと文句を言う彼女に、胸を反らし肘を張り説教。
「あのさ、只敷ちゃん。学校生活ってーのは楽しんでこそだと考えるのよ、私は。だから、他の生徒にも楽しんでほしいと思うワケ。そーゆーことで、生活委員会のやり方には賛成できないんだよね」
生徒会長も負けじと胸を反らし反論。女と女の意地のぶつかり合いだ。彼女とはどうにも相性が悪いようで、こうして衝突したのは一度や二度ではない。向こうにも言い分があるように、私も学校の皆に清く正しい生活を送ってほしいと願い、日々活動しているのだ。横では、由利さんがおろおろと私と生徒会長を交互に見ている。
「……やっぱり、あなたとはいくら話しても平行線ですね。あと、ちゃん付けで呼ばないでください。それと木杉さん」
ため息を吐き、生徒会長への説教は切り上げてもう片方の女生徒に話のターゲットを変更。
「あなた、三年生の女生徒と不純同性交友しているそうですね? 最近噂ですよ」
彼女がびくりと体を震わせる。こちらは生徒会執行部の書記で、名は木杉英美。非常に成績優秀な天才一年生として、生徒会長ほどではないが有名だ。
「あなたは品行方正な性格だと耳にしていたのに残念でなりません。お相手の三年生は、学業態度も良くないと聞きますよ」
「あの……!」
「はーい、ちょっと今のは聞き捨てならないなあ只敷ちゃん。木杉ちゃんのカノジョは私の幼馴染なんだけどさ、二人はとても清いお付き合いしてるよ。純度で言えば、わさびが栽培できるぐらい清らか」
何ごとか反論しようとした木杉さんとの間に割って入り、異議を申し立てる生徒会長。
「あなたには関係のない話でしょう? それと、ちゃん付けで呼ばない!」
「大アリなんだなあ、これが。可愛い後輩と大事な幼馴染を同時に侮辱されちゃあ黙ってられないっしょ。ともかくね、二人の誠実さは私が保証するよ」
口調は穏やかだが、声と瞳に静かな怒りがこもっている。
「……ともかく、注意はしました。行きましょう、由利さん」
つい気圧されてしまい、反論は諦めてため息を吐きつつ二人の脇を通り過ぎる。由利さんは二人にぺこりと一礼すると、私の後に続く。
その後も、堂々と廊下でいちゃついている二人組の女生徒を注意するなどして、今日の見回りを終えた。
<転>
「只敷先輩?」
その夜、帰宅後に近所のスーパーで買い物中のこと、聞き覚えのある声に呼びかけられた。振り向くと、そこには買い物かごを下げた由利さんが立っている。
「やっぱり先輩だ。こんばんは。奇遇ですね! お住まい、ご近所だったんですね」
「こんばんは。ええ、この近所に住んでいて」
はて、彼女の視線がどうにも……。視線の先をたどると、そこには私の買い物かご。かごの中には半額シールの貼られたお惣菜や見切り品に特売品、それともやしが入っている。安物だらけの中身を見られてしまった! 気恥ずかしさに、つい後ろ手にかごを隠す。
「あ! すみません、買い物をジロジロ見るとか失礼でしたよね。……そうだ先輩、よかったらそこのイートインで一緒にドーナツ食べませんか?」
胸元の高さに掲げられたかごには、六つのドーナツが入っていた。
「あの、恥ずかしいのだけど余計なものを買う予算がなくって」
「いえいえ、わたしが今買おうとしているこれを食べましょうっていうお話です」
「それもちょっと。流石に下級生からおごられるというのは……」
「そんな、気にしないでくださいよ。一人で食べるより二人で食べたほうが美味しいじゃないですか。何より、わたしがそうしたいんです。ダメ、ですか?」
例の仔犬のような瞳で見上げてくる。ああ、この視線だけは抗えない。
結局、提案に同意することにした。二人とも支払いを済ませると、イートインコーナーに着席してドーナツを受け取る。
「嬉しいなあ。一度、先輩とご一緒にお弁当とか食べたかったんです。今回ドーナツで叶っちゃいましたけど」
それはもう、嬉しそうにドーナツを食む彼女。私も一口かじる。あ、美味しい!
「ここのドーナツ、すごく美味しいんですよ。わたしもう、ドーナツには目がないのでよく買いに来るんです」
なんだろう、この心地よさ。心がほわほわする。
「そういえば先輩、進路とかどうされるんですか?」
「司法試験予備試験に合格して、検事か裁判官になれたらいいなって考えてる」
「すっごーい! 法律家目指すんですか! 先輩ならきっとなれますよ!」
「ありがとう。さっきの買い物見たでしょう? うち、家計に余裕がないから母や妹に早く楽をさせてあげたくて」
あれ、私なんでこんなことまで話してるんだろう。何だか、彼女にはすべてを語りたい気持ちになってくる。なんでだろう。こんなにも、こんなにも。
「ご家族思いなんですね。本当に尊敬しちゃいます。それと、もうひとつ伺いたいことがあるんですけど、先輩はその、不純同性交友をなぜ取り締まろうと思われたんでしょう? 同性愛がお嫌いなんでしょうか?」
珍しく神妙な表情で見つめてくる由利さん。吸い込まれそうな瞳だ。
「同性愛には別に偏見はないの。ただ、学生の本分は勉学だと考えているだけだから、度を超えた接触行為を戒めているだけ。これは異性愛でも同じ」
「そうなんですか! そっかー……そっかそっか」
今度は一転して、胸に両手を当ててうんうんうなずきながら全身で安堵を示す彼女。ううん、どういうこと?
「先輩。明日、委員会の仕事が終わったら、わたしと一緒に屋上へ行っていただけませんか? とても大事なお話をしたいので」
「ええ、構わないけど……」
「ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げてくる。……話って何なんだろう?
<結>
翌日。生活委員会の仕事がはけたので、約束通り茜色に染まる空の下、夕暮れの屋上へともに赴く。他に生徒はおらず、二人きりだ。
「それで、お話というのは何?」
適度に中央付近に進むと、用件を問う。
「先輩、わたし先輩をお慕いしています。わたしと、恋愛的な意味でお付き合いください!」
きれいなお辞儀とともにそう切り出す彼女。私たちの間を、秋風が吹き抜けていく。
「え、ええ!? その、私の恋人になりたいということ?」
思わず、オウム返し並みの間抜けな返答をしてしまう。
「はい。ダメ、でしょうか?」
体を起こし、仔犬のようなつぶらな瞳でじっと見つめてくる。とても真剣な表情だ。頬が少し赤らんでいる。
由利さんと恋愛関係に……。そんなこと、考えたこともなかった。好悪で言えば、彼女をとても好ましいと思っている。でも、恋愛的な意味ではどうなのだろう。
仔犬のような瞳で見つめてくる由利さん。仔犬のように私の後をついてくる由利さん。愛らしい。いや、この感情は愛おしいと言ったほうが適切なのかもしれない。
昨日の、なぜ不純同性交友を取り締まっているのかという話が頭をよぎる。あのときは度を超えた接触を戒めていると答えたけれど、そもそもなぜそうしようと思ったのだろうか。
それはきっと、彼女への愛情を認めるのが怖かったから。だから、それを否定しようと躍起になって不純同性交友の取り締まりをしようなどと思ってしまったのだ。
「ごめんなさい、由利さん」
「あ……やっぱりダメですか。そうですよね」
わかりやすいぐらい落ち込む彼女。
「違うの! 由利さんのこと、密かに傷つけてたんだなって気付いて。今のはその謝罪。告白は喜んでOKさせてもらうけど、こんな私のどこがいいの? その、自分のこと魅力のない人間だって思ってるから……」
慌てて両手を振り誤解を解く。
「ありがとうございます! 先輩が魅力ないなんてこと、全然ないですよ! 威風堂々としていてかっこいいし、それに何より……」
「何より?」
彼女の笑顔が眩しい。何やら言い淀んだようなので、続きを尋ねてみる。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ弱いところが可愛いなって。……先輩に可愛いなんて言ったら失礼でしょうか」
「ううん、私実際弱いもの。可愛いだなんて、ありがとう。皆の手本になるような、清いお付き合いをしましょう」
「はい!」
満面の笑顔。ああ、なんて素敵な子なのだろう。
「あと、木杉さんに謝罪もしないとね」
心からの言葉を述べる。本当に、彼女には悪いことを言ってしまった。誠心誠意、心を込めて謝罪しよう。
私たちの間を、再び秋風が吹き抜けていく。まるで、私たちを祝福してくれているかのように。
その後、私は少しだけ人間が丸くなったと生徒たちから言われるようになるのだけれど、それはきっと由利さんのおかげ。
由利さん。私の大事な恋人。二人でならずっと歩いていける。真っ直ぐに、どこまでもどこまでも。
<制作秘話>
毎度お馴染み、制作秘話と称する駄文です。
これまたお馴染みとなった、○×高校百合シリーズ最新作となる今回のお話のテーマは「ミイラ取りがミイラになる」。さっそく登場キャラについて語っていきましょう。
・只敷道枝
名前はまんま「正しき道へ」の駄洒落です。前半はいけ好かないやつに見せておいて、後半で人間的な弱さを出し、考えを改めさせることで魅力を出す……という方向性で描いてみたキャラですが、いかがでしたでしょうか。
構想段階ではもっと同性愛に対するヘイトの強いキャラだったのですが、それでは本当にただの嫌なやつになってしまうなと思い、だいぶソフトにしました。
今回のお話にもちょっとだけ出番のあった、拙作「できすぎ後輩とのびのび先輩の百合物語」 (https://ncode.syosetu.com/n8521ga/)の主人公、木杉英美と堅物キャラが被りそうだったのでなるべく似て異なる方向性を目指してみたつもりです。
・由利透
名前の元ネタは「由利徹」。読者の何%がご存じなんでしょうか……。別に「おしゃまんべ」とか言わない、名前だけ借りた状態です。名前のどこかに「ゆり」を入れたかったんですよね。
それはさておき、彼女は仔犬のような存在を目指して描写しました。イメージとしてはチワワ。好き好きオーラを直球でぶつけてくる女の子って可愛いですよね。
この話の視点の主は只敷ですが、個人的趣味により例によって年下攻めの構図になりました。
・湊静華
木杉と同じく、「できすぎ後輩とのびのび先輩の百合物語」からの出張キャラ。あちらではあんまり出番がなかったので、こちらで承パートのライバルとして活躍させてみました。こういう変人キャラは書いていて楽しいです。
今回は、只敷と対立させることで、只敷の頑迷さを引き立てるスパイスのような役割を果たしてもらっています。きっと、両者は今後も仲良く喧嘩し続けることでしょう。
・その他
木杉は只敷といい勝負をしている堅物キャラで、作中にある通り上級生のボンクラ女生徒と交際しています。今回は湊にスポットを当てたかったので、彼女の出番はほぼなし。彼女らの詳細は、「できすぎ後輩とのびのび先輩の百合物語」を是非ご覧ください (ダイマ)。
承パートの最後で只敷から注意されていたのは、拙作「TS転生百合男子、百合ることに悩む」 (https://ncode.syosetu.com/n6641fn/)に登場する、鈴木優と佐藤楓という百合ップルです。彼女たちについても只敷とのやりとりを詳しく描写しようかとも思いましたが、湊とのやりとりほど面白くなりそうになかったのと、物語が冗長になるという判断からバッサリ割愛しました。
鈴木と佐藤については、「TS転生百合男子、百合ることに悩む」を是非ご覧ください (ダイマ再び)。