94.ハークライツ①
俺達は人型に戻ったレイルと共に神殿に入り、前室のような小さめの部屋で待機していた。
人型になったレイルは、深く青い髪が肩辺りまで無造作に伸びており、背が高く、ガッシリとした体つきで、竜と言うよりも獅子を連想させるワイルドな男だった。
「ユウくん!それに皆さんも。もう少し後で迎えに行く予定だったんだけど…、急遽来てもらってごめんなさい」
ユーバーの妻サリオスが部屋に入って来る。
「いえ、俺達に何ができるか分かりませんが…。それで、お父様の御様子は?」
「それが予断を許さない状態なの…」
サリオスはその美しい顔を苦悶の表情に歪ませながら下を向く。
「サリオス、何があったのか私達に詳しく教えてくれ」
「ええ…」
***
バターン!
「お父上!ご報告が!」
「サリオス。どうしたそのように慌ておって。普段から申しておろう。お前も大将として人の上に立つ者なのだ。もう少し自覚を持て」
革命軍が基地として使っている神殿の一室に、サリオスが勢いよく入って来る。
「…はい。申し訳ありません。それでご報告なのですが!」
「やれやれ、どうした?」
「はい、先日感じた大きなエネルギーはユウく、…ユーバーの物ではありませんでした!」
「何…?では、一体誰が…」
ハークライツが卓上で戦略を練っていた手を止め、愛娘にして革命軍大将でもあるサリオスの顔を覗き込む。
「ユーバーとパーティーを組んでいる仲間の一人が巨人族を召喚して放った物と聞いております」
「なんと!巨人族を…。そのような事ができるとは、さすがユーバーの仲間じゃな。して、その者は一体?」
「はい、名前をシュンと言い、人族の冒険者のようでしたが、ユーバーが"神の使い"と申しておりました」
「神の使い…」
竜人族にとっても神とはエト神の事を言う。ハークライツもユーバーがエトの弟だということは当然知っており、そのユーバーが言うのなら真実性が高いと判断する。
「独断で申し訳ないですが、今回の戦争、ユーバーと供に我らの仲間として協力してもらう事を取り付けて参りました」
「なっ!?…そのような強大な力を持つ者に加勢してもらえるのはありがたいが…。今は戦時で我が軍も物資が足りん。協力に対する見返りはとても用意できぬぞ…」
「それならご心配には及びません。この争いが終結した後、彼らは魔人族と戦うようでしたので、私個人がその戦いに協力するということで交渉は成立致しました」
「魔人族か…。お前が言うのならそれでも良いが…。しかし、今後はそのような大事な事案は儂に相談してからしてくれ」
「はい、申し訳ありません…」
「いや、戦力が上がるのは喜ばしき事、お前も我が軍を思っての事だろう。これ以上は責めんよ」
鋭い目つきのハークライツだが、娘を見つめるその眼差しはとても優しい。
「はい、ありがとうございます!」
「ハークライツ元帥、そろそろ出発のお時間が…」
会話のタイミングを見計らい、部屋の隅に控えていた一人の女性が時間だとハークライツに告げる。
先刻、帝国軍のトップであるザダルより、和平交渉の知らせが届いたのだ。
「おお、そうか。ではサリオス、今申したことは会議の場で他の大将達にも伝えてくれ。帝国軍が和平を持ちかけて来ているとは言え、戦力は充実しているに越した事はない」
「はい」
「では、そろそろ行くが、留守中の事は頼んだぞ」
「父上…、くれぐれもお気をつけて」
***
「姉者、今回の和平交渉、大丈夫じゃろうか?」
「そうね、私も少し心配だけど、戦力が均衡している今のままでは、お互い兵を無駄に失うだけ。ここで一度停戦を受け入れて、あわよくばその流れで話し合いに持ち込めれば良いのだけど…」
レイルとサリオスの姉弟が神殿の中庭に面した通路を歩きながら、深刻な顔で父親のハークライツの心配をしている。
「父上なら上手くやってくれると信じておるが、血気盛んなヤツらが馬鹿正直に停戦を持ちかけてくるとはとても思えんのじゃが…」
「そうね…、でも万が一に備えて父上にはエールマンと十騎士が付いているわ。何か不足の事態が起こっても彼らがなんとかしてくれるわよ」
エールマンとは革命軍に四人居る四天大将のうちの一人だ。若くして大将となったグリーンドラゴンのその竜人は、年下ながら中将レイルの上官にあたる。
「エールマンか…確かに戦闘力は我より上だがの…」
現在、革命軍元帥であるハークライツは、帝国軍を率いる竜王ザダルより停戦の意向を受け、調停を結びにエールマンと革命軍十騎士と呼ばれる10人の精鋭達と共に敵地へと乗り込んでいる。
「何事もなく終われば良いが…」
ウーッ!ウーッ!ウーッ!ウーッ!
その時、緊急事態を知らせる警報が神殿内に響き渡る。
『緊急事態発生。緊急事態発生。基地内にいる全ての大将は至急救護室までお越しください』
「姉者!」
「まさか…、父上!?」
二人の脳裏に最悪の事態がよぎる。
ウーッ!ウーッ!ウーッ!ウーッ!
不快な警報音が鳴り響く中、サリオスは慌てて駆け出す。そんな姉の後ろ姿をレイルが不安な表情で見送っていた。




