81.覚醒ハーマン
「グゥゥウ...!」
突如変身したハーマンは、背丈や体つきは覚醒したシュトロームと同じだが、目が黄色く、常に体を揺すり今にも飛び掛かってきそうだ。
人間の言葉や意識は完全に失ったようで、会話による意思疎通も到底不可能だろう。
「ハーマン!」
「シンディ!こいつはもうハーマンじゃない!バッシュを連れて部屋の外へ!」
「...っ!分かったわ!」
ヒールをかけたばかりでまだまともに動けないバッシュをシンディが抱えて部屋を離れる。
「ユディエル様!ローザ!こいつは覚醒魔人に似ています!シュトロームが覚醒した時は基本的な能力値が飛躍的に上がっていました!気をつけて!」
「了解した!」
「分かったわ!」
ギルド長室は広く、多少動き回るくらいなら十分なスペースがある。
物も幾つか破壊されるだろうがやむを得ないだろう。
ん?待てよ...
「ごめん!二人ともちょっと待って!」
「どうした!?」
「まずはこれで攻めてみる!」
俺は敵を傷つけないとっておきの地味魔法を使う。
「ウォータ!」
シュワワワッ!
ビシィッ!
大き目の水の塊が俺の手から打ち出され、覚醒ハーマンの顔にへばりつく。
「ガボッ!ゴルアアッ!」
覚醒して体が大きくなったとはいえ、口と鼻はある。
つまり肺呼吸なはずだ。効果はあるはず...。
「ゴボッ!ゴババッ!」
ドガン!
バタンッ!
顔をかきむしりながら床に倒れ暴れまわる覚醒ハーマン。
しかしそれも少しの間だけで、じきに動かなくなった。
と、その時、覚醒ハーマンの鼻から人差し指程の小さなワームが這い出てきた。
「うわっ...気持ち悪っ!」
床でもがくワームの横で、覚醒した姿から元の人間の姿に戻るハーマン。
こいつが変身させていたのか...。
ん!?今の変身解除と言い、さっきの様子と言い、ハーマンはこいつが体内にいたせいで、仕方なく闇の眷属に従っていたのではないのか?
もしそうだとすると...。
ここでハーマンを死なせるわけにはいかない!
「エデン!」
俺はハーマンを中心にエデンを展開する。
「シュン!?」
「もう一度ハーマンには話を聞かないとな」
「なるほど。そういうことか...」
俺と同じ考えに至ったのか、俺の行動に納得したユディエルが透明な瓶に元気なワームを捕獲した。
「くっ、ゴホッ!ゴホッ!」
「良かった、間に合いましたねハーマンさん」
「こ、これは一体...。確か僕はシンディに...」
「バッシュ!シンディ!そこに居る!?」
「居るぞ!もう、終わったのか...?」
「もう、終わりました。多分正真正銘仲間としてのハーマンさんが戻ってきましたよ」
「ハーマン!お前無事なのか!?」
「バッシュ...僕は...」
「ハーマン。この虫に見覚えはないか?」
ユディエルが瓶の中のワームを見せる。
「あっ!そ、それは、まさか!?」
信じられないような目でハーマンがワームを見る。
「こっ...こいつがっ...!僕の中にずっと...!うっ、うっ、うぁぁっ!あぁっ!」
号泣し出すハーマン。
「シュン、どういうことだ?お前達だけで分かってないで、俺とシンディにも説明してくれ」
「そうよ。ちなみにわたしも分からないわよ!」
堂々と軽く威張るようにローザも説明を求めてきた。
「分かりました。このワームは恐らく、ハーマンが闇の眷属を裏切ることを防止するための物でしょう」
「なんだと!?そんなことができるのか...?」
「あくまで俺の予想ですが、このワームは宿主の体内に寄生して、宿主が裏切るような行動を取ったり、さっきみたいに体に深刻なダメージを受けた時に宿主を変態させる役目だと思います」
「そんな...」
「覚醒魔人のような姿になったことから、魔人族の体を参考にして人間を強化する為の物じゃないかと...」
「うっ、ぅぅっ、そう、そうだよ。闇の眷属のする事はとても人間のする事じゃない。やつらが世に出てくる前になんとかしないといけない。...僕のような人間が増え続けてしまう...」
「ハーマン、あんた...もう大丈夫なんだね?」
「シンディ、すまない...僕は君たちに嘘をついて...。それにゴブリン大襲撃だって、上層部に指示されて僕が実行していたんだ。ガルヴァリはシュン君が止めてくれたけど、イシュエルさんのいたエリバンは...」
そう言い、ハーマンはユディエルの足元に視線を落とす。
「そうか、お前がエリバンを...」
ユディエルの実弟イシュエル。エリバンでローニンの前に隊長を務めていた人物で、ゴブリン大襲撃でその命を落としていた。
「僕はずっと償いようの無い事をしていたんだ...」
ドガッ!
ドウッ!
「バッシュ!?」
突然、バッシュがハーマンの顔を殴りつけ尻もちをつくハーマン。
しかしエデンの中なので一瞬にして顔についた殴られた跡は消える。
「よし!これで今までのことはチャラだ!無し無し!シンディ!お前も、これで良いだろ?」
「...まったく、あんたって人は」
バッシュの行動に溜息混じりにシンディは笑う。
「二人とも...ありがたいけど....。僕は君たちと一緒にいる資格なんて無いんだ...。どう謝っても、どう償っても、償いきれない罪を犯したんだから...」
「だーかーら!今のでその罪は無しだ!もう償った!パーティリーダーの、いや、今はもう俺はお前の上司だ!言う事は聞き分けろ!」
「バッシュ...」
「ユディエル様も、...これで良いですか?」
「そうだな。悪いのは闇の眷属だ。ハーマン、これからも"今まで通り"よろしく頼むぞ」
「ユディエル様...」
「今後は闇の眷属だろうが魔人族だろうが、ガルヴァリギルドとシュンが守る。そうだな?シュン」
「ええ、喜んで。俺はどこにいても瞬間移動で帰って来られるんで、通信魔法で知らせてくれればいつでも駆け付けますよ」
「シュン君...ユディエル様、ありがとうございます!こんな僕にそこまでっ...!」
少しの間咽び泣くハーマンを皆んなが見守る。
「...ハーマンさん。一つ聞きたいんですけど、ルイザさんって...?」
「えっ?なんでシュン君がルイザの事を...?」
「さっき意識を失いながらもその方の名前を呼んでいたので...」
「そ、そうなんだ...。いや、お恥ずかしい話なんだけど、...実は僕のフィアンセなんだ」
『ええええええええええっっっ!?』
バッシュとシンディが同時に叫ぶ。知らなかったのか...。
「おま!なんでそんな人がいる事言わないんだよ!?」
「ごめんよ。これも今まで言えなかった訳があってさ...」
そしてハーマンはルイザとハーマンの過去に何があったか。闇の眷属に何をされたかを説明してくれた。
「そんな事があったのか...」
「闇の眷属...許せないね!」
「今まで黙っててごめん。ルイザの事を話すとなれば、どうしても闇の眷属の話が出てくる。だからこれを言う事自体が組織を裏切る行為になったらと考えたら、どうしても言えなかったんだ...」
「そういう事だったのか」
「今まで一人で苦しんでたんだね。あたし達の方こそ何もしてあげられなくてごめんよ...」
「いや、さっきも言ったように二人との冒険は本当に楽しかったんだ。だから、バッシュとシンディには感謝しかないよ...」
「...ハーマン」
良かった良かった。これで3人が丸く収まったな。
後は...
「...ハーマンさん、良かったらルイザさんに会わせて貰えませんか?」
「えっ?」
「俺のエデンで治る気がするんです」
バルガスを救った時はシュトロームの、つまりは魔人族の精神的攻撃を治せた。
闇の眷属の祈祷師とやらが魔人族の術使いだとしたら、希望は充分にある。
「いや!それはっ!是非お願いしたい!...けど...」
一瞬歓喜の表情を見せたハーマンだったが、すぐに難しい表情になる。
「何か問題でも...?」
「実は、ルイザが今いる家は闇の眷属の管理している家なんだ」
「えっ」
「僕らが逃げられないようにだろうけど、一人じゃ生きていけないルイザの世話をする名目で、常に一人は闇の眷属の者がついている」
「そんな...」
「ただ、そいつが良いヤツで、僕の友達と言ってもいいくらいの仲なんだ。もしかしたら話せば分かってくれるかもしれない...」
「そうですか。ならその人を説得して...、いや、むしろその人もワームの縛りを受けているようならワームを取り出してこちらの仲間にしたらどうでしょう?」
「っ!ワームを意図的に取り出せるのかい!?」
「ええ、おそらく。さっきは成り行きでワームが出てきましたけど、さっきと同様の手順でやれば、上手くいけば取り出せるかもしれません」
「それは凄い!ワームが怖くて聞くに聞けなかったけど、きっとミルコも闇の眷属を抜けたいと思っているはず!」
「ミルコさんですか。ルイザさんと一緒にいるなら都合が良いです。二人まとめて助けてあげましょう」
「...シュンくん、君は一体...何者なんだ...」
「あはは、僕はただの一冒険者ですよ」
「何を謙遜しているんだ。お前は既に本物の救世主だろう」
「そうよ。少しは自覚しなさいよね」
ユディエルとローザが呆れたように言ってきた。
「そ、そうなの、かな?あはは...」
あんまりプレッシャーをかけてくるのはできればやめて欲しい...。
こうして、俺達はルイザが療養しているハーマンの家へ向かうのだが...。
「ところでハーマン、喋り方がしっかりしてるのは...なんだ?生まれ変わったのか?」
「ははっ、元々僕はこうなのさ!ワームのせいでのんびりした感じになってたけど、これからはこんな感じの僕で行くから、バッシュ、シンディ改めて宜しくね!」
「あぁ...、まあ、よろしくな」
「うん...、そう、よろしくね」
二人とも本来のハーマンに慣れるには少し時間が要るようだ。




