80.諦める事。諦めない事。
バシャッ!
「う、う...」
乱暴に顔に冷たい何かを浴びせられたのを感じ、ハーマンは目覚めた。
「おい!さっさと起きろ!」
「...ここは?」
「寝ぼけてるんじゃねぇ!ずけずけとこんな奥まで侵入してきやがって!」
どうやら捕まってしまったようだ...。キツく後ろ手に縛られた手と、魔法攻撃を受けた左脇腹が激しく痛む。
「くっ!いつつ...」
「おい!貴様、これから邪神官様に会うが余計な事は言うなよ?黙って横にいろ!」
反論する気力も無く、目で頷く。
「よし...。ゴホン!トゥクル様!ヤリスです!侵入者を捕獲致しやした!」
「...入れ」
「はっ!」
ヤリスと名乗る男に連れられ、石造りの部屋へ入る。先程の地下のどこかだろうか?部屋の奥には机が置いてあり、山羊の頭蓋骨で出来た仮面を付けた人物が椅子に座っていた。
「牢獄エリア、実験体の部屋を破壊しようと企んでいたようです。あっしがライトニングで阻止致しやした」
「そうか、ご苦労。...貴様名前は?」
「...」
「すぐに答えろ!このぉ!」
ドガッ!
「ぐっう!」
ヤリスに痛む左脇腹を蹴られ顔が苦痛に歪む。
黙って横にいろと言ったじゃないか...。
「ハ、ハーマン...」
「ハーマン...。どこかで聞いた事がある名だな...」
「そうですかい?そんなおかしな名前聞いた事がありやせんが...」
「ん?確か...、ハーマン!?貴様冒険者だな?職業は?」
「...見習い魔導師だ」
「そうかそうか。クックックこれは良い。ヤリス、でかしたぞ。こいつは今噂の天才見習い魔導師ハーマンだ」
「えっ?そうなんですかい?」
「そうだ!良い事を思いついた。クック」
トゥクルはさも楽し気に笑う。
「ハーマン、貴様は神聖な教会に侵入した罪で死刑だが、それを逃れる方法を一つ教えてやろう」
「死刑...」
「そうだ、だが...。そこにいるヤリスと勝負して、勝つ事が出来れば死刑は免除、それどころかウチの組織の幹部候補として取り立ててやろう」
「なんですって!?」
「何!?」
「クックック。どうする?生き残るにはまずは戦わないと始まらないぞ?」
戦ってヤリスに勝つのは良い。しかしその後組織の一員になるとなると...。
待てよ?
「一つ。条件がある...」
「なんだ?」
「僕が勝ったら、組織に入る。だがその代わりルイザを解放して欲しい」
「ルイザ?」
「牢獄に捕まっている子だ」
「クックック、なるほどなるほど。貴様の目的はその娘か!見上げた根性だ!ますます貴様を気に入ったぞ!良かろう。もう手遅れだとは思うが、それでも救いたいと言うならばヤリスに勝ってみよ!」
「約束だぞ...」
ルイザは僕の生きる目的。僕の全てだ。彼女を救える希望が少しでもあるのなら、僕はそれに賭ける。
「ちょっと!トゥクル様!?あっしがこんなヤツに負ける訳はありませんが、こいつを仲間にするってのは...」
「黙れ!そもそも侵入を許した貴様にも非があるぞ?ヤリス...」
「うっ...」
「これで負けたら貴様がこいつの代わりに死刑だ」
「ひっ!く、くそぅ...。よくもあっしをこんな目に...!ハーマンとやら!今度は手加減しないぞ!殺してやる!」
「よし、では今この場で勝負だ」
「この場で!?待ってくれ準備が...」
「問答無用」
パチン!
トゥクルが指を鳴らすと手首を縛っていた紐が解ける。
「始め!」
「くっ!」
キツく縛られていた手と脇腹が痛む。
体力も減ったままだがそんな事は言ってられない。
先程ライトニングを使ってきたことから、このヤリスも見習い魔導師だろう。
「ライトニング!」
「フレイム!」
お互い同時に魔法を発動する。
バシィッ!
魔法が相殺し空中で消える。威力は互角のようだ。
「なんと!あっしのライトニングと同威力とは、少しはやるようだな」
「だまれ!ウォータ!」
「何!?」
今度は威力もスピードも申し分ない水の柱がヤリスを襲う。
「くっ!」
間一髪で回避されたが、ヤリスの表情には明らかな焦りが見えた。
「その歳で二系統とは...。確かに天才と呼ばれるだけのことはありやすね...」
「まだまだこれからだ!」
「あっしも負けてませんよ!」
「フレイム!」
「ライトニング!」
ゴウッ!
バリバリッ!
...こうして二人の魔導師の戦いは熾烈を極めた。
そして...
「...」
「はあ、はあ...」
「見事。そしてようこそ闇の眷属へ。幹部候補に相応しい戦いであったぞ」
「ふっ、それはどうも。で、僕はこれから何をすれば良いんだ?」
「とりあえずは冒険者としてそのまま行動しろ。まずは力をつけてもらわんとな。ある程度力がついたと上が認めたら、アスリアへ潜入するのだ」
「アスリア...。まさかガニメデは他国へ侵攻する気か!?」
「...そこまでお前が知る必要は無い。まずは幹部としてやっていける程度には強くなってもらおう」
「...分かった」
***
五年後...
「これよりハーマンの幹部昇格の儀式を始める」
山羊の仮面を被りトゥクルが儀式の準備をしている。
「幹部昇格と言っても何をするんだ?」
「何、簡単な事だ。コイツを飼ってもらう」
そう言ってトゥクルが差し出して来たのは、体長1センチにも満たない小さなワームの赤ちゃんのような生き物だ。
「飼う?一体...」
「幹部になると言うことは行動できる範囲が広がると言う事だ。つまり、組織の奥まで入り込む事が出来る」
「...そうか」
「ククッ、分かっていないようだな。つまりは、裏切られたときのダメージが大きくなるのだよ。そうならないようにコイツを体内に飼うのだ」
「体内に⁉︎」
「そうだ、このようにしてな!」
「うっ⁉︎」
トゥクルがいきなり虫を持った手で二の腕を掴む。一瞬ちくりと痛みを感じたが、痛みは直ぐに無くなり、それからは何も感じず傷跡も残っていない。
「ククッ。幹部昇格おめでとう...。今の虫はリストレインワーム。組織が開発した素晴らしい発明だ」
「発明だと?」
「そうだ。そいつを飼っている者が、組織に対し敵意を持ったり、無理やり虫を出そうとすると宿主の意思を奪い、身体を醜い魔物に変態させる」
「なっ⁉︎」
「どうした?裏切る等と言う愚かな考えを持たなければ何も問題はない。しかも死に至るようなダメージを受けた場合にも宿主を魔物に変態させ守ってくれるのだ。つまりお前は幹部になり更にパワーアップしたと思えば良い」
パワーアップだと?組織の思い通りに人間を操る為の枷ではないか...!いずれは組織を抜けようと思っていたのに、考えが甘かった...。
気味の悪い虫を体に一方的に入れられ、名ばかりの儀式は終了した。
***
「ただいまー。今帰ったよー」
リストレインワームを身体に入れられてから調子がおかしい。頭痛が酷く、喋るのが億劫になった。失敗作か、もしくは副作用か、一時的な物なら良いが...。
ここは冒険者の街ガルヴァリにある闇の眷属が管理する小さな家。ハーマンは闇の眷属に入り、約束通りその日のうちにルイザを牢獄から助け出していた。しかし、トゥクルがもう手遅れと言っていた通り、彼女の精神は壊され一人では生きて行けない体になっていた...。
周りには闇の眷属の者が世話をする名目で常に居座り、監視の目が絶える事は無く、5年経った今でも二人で逃げ出す事が出来ずにいる...。
「ルイザ、今日はあまり一緒にいてあげられなくてごめんよー。色々忙しかったんだ...」
「...ハーマン」
「なんだい?」
「...ハー、マン」
「ううっ、ルイザ...!」
ルイザは5年もの長い間これしか喋らない。
記憶を失なうほど精神を壊されても尚、愛する人の名前だけは憶えていてくれた。そして実験体として死んでしまう前に救い出す事ができた。
ハーマンには、それだけで充分だった。
「いつか僕が、きっと治してあげるからね...」
「...う、うぅ」
「おじいちゃんおばあちゃんになったとしても...、必ず治すから...、そしたらまた二人で花の咲く広い庭で追いかけっこしようね...」
ハーマンは溢れる涙を拭き、ルイザを優しく抱きしめる。
「ハーマンさん、そろそろ...」
「ああ、ミルコ。後は頼んだよ」
組織の中にもまともな者はいる。ルイザの世話役ミルコは仕事でハーマンを監視する役目だが、ハーマンとルイザのお互いを想い合う気持ちに心を打たれ、ハーマンに取っては良き友人であり仲間であった。
...
もう、闇の眷属を抜ける事は諦めるしか無いのか...。
...
組織にいながらでも良い。ルイザを救う方法を探そう。
それだけは、絶対に!死んでも諦めるわけにはいかない...!
そして物語は現在へと戻ります。




