78.若き天才魔導師
日差しの暖かな、よく晴れた昼下がり。
美しい花が咲き誇る広い庭園で、二人の若い恋人達が裸足で楽しげに走り回る。
「あはは!こっちよ!ハーマン!」
「ふふ、あまりはしゃぐと危ないぞ!ルイザ」
年の頃は二人とも10代後半か。ルイザと呼ばれた少女の方は身なりの良い服を着ている。
「ほら!捕まえた!」
「きゃっ!」
ハーマンがルイザを捕まえ後ろからその細い体を抱きしめる。
「ふふっ、冒険者の足を侮ってはいけないよ?」
「うふふ、流石は天才魔導師サマね。...でも魔導師って走る力なんて要るの?」
「ふっふっふ、冒険者たる者要らない能力なんて無いのさ!」
ハーマンは15歳になると直ぐに教会で見習い魔導師の才能を開花してもらい、冒険者となった。
見習い魔導師にして火と水の二系統の魔法を扱い、その威力も見習いとは思えない程優れており、百年に一人の天才魔導師と、将来を期待される逸材であった。
「ねえ、ハーマン...。このまま私の事ずっと離さないでいてね...」
「ああ、勿論だよ。決して離すものか...」
二人は更に強く抱き締め合い、お互いの顔がゆっくり近づいて行く。
「ルイザ!こんな所で何をしている!」
「あっ、お、お父様...」
二人の間に割って入ってきたのは、ここガニメデ公国で地元の領主を務めているルイザの父親セグリッドだ。
ハーマンとルイザは慌てて距離を取る。
「ルイザ...あまり無理をするんじゃない。また発作が起こったらどうするんだ。父さんはお前のことが心配なんだぞ?」
「はい...。ごめんなさい」
セグリッドは困ったように溜息をつく。
「...もう良いから、家へ戻っていなさい」
「...」
ルイザはハーマンに名残惜しげな表情を見せつつその場を去る。
「ハーマンよ。お前がルイザの許嫁であることは、お前の亡きご両親との約束だ。それを無碍にするわけではないが、少しはルイザの体の事も気遣ってくれ」
「はい。すみません...」
「お前達はまだ若い。焦らず将来の事をしっかり考えてからでも、結婚は遅くはないからな」
「...はい」
セグリッドとハーマンの両親はかつて冒険者として行動を共にしていた。その時の活躍がきっかけでセグリッドは領地を賜り、腕の良い領主となった。
一方ハーマンの両親は自由を求め冒険者を続ける道を選び、ハーマンが10歳の時、魔物との戦いで命を落とす。それ以来まだ少年だったハーマンはセグリッドの屋敷で世話になっている。
「さ、おまえは夕飯の狩りでもしてから帰ってきてくれ」
「分かりました」
草原の奥へとかけて行くハーマンの背中をセグリッドは無言で見つめていた。
***
後日...
「セグリッド。お前の一人娘は不治の病におかされている。放って置くとあと半年も持たん」
「そ、そんな...」
角が生えた山羊の頭蓋骨のような仮面を被った神官とセグリッドが灯籠が焚かれた薄暗い部屋で話をしている。
「ふっふっふ、何、心配はいらない。お前は組織の大事な人材。特別にお前の娘は我らで面倒を見てやろう」
「ほ、本当ですか⁉︎」
「ああ、世界有数の祈祷師を何人も抱えている我らにかかれば、不治の病も立ち所に完治しようぞ」
「あ!ありがとうございます!是非娘を!ルイザをお救い下さい!」
「任せておけ。我ら闇の眷属は神の御力をも扱える。我らに不可能など無いのだ!」
「ははあーっ!」
***
ルイザは幼い頃から病弱だった。度々体調を崩し、何人もの医師に診てもらったが原因は分からず、一月前には遂に吐血し倒れてしまっていた。
「ルイザ、本当に明日行くの?」
ある日の夜、まだ子供っぽさの残る女の子らしい可愛い部屋でハーマンとルイザが話している。
「うん。お父様の話だと、有名な祈祷師がいて、お医者様でも原因が分からない病も、今まで何度も治しているんだって」
「...そうなんだ...。でも、こんな事言いたくないけど、その...、お父様の信仰している人達、大丈夫なのかな?」
「うん...。私もあの人達の事はなんだか少し怖い...。だけど、お父様は一週間もあれば帰って来られるって」
「そうか、それでルイザの病気が治るなら...」
「ふふ、心配要らないわ。ササッと治して直ぐに戻ってくるわよ!」
「うん。きっと良くなって、早く帰って来てね...」
「そんな不安そうな顔しないの。私も不安になっちゃうよ?」
「そうだね!うん。きっと大丈夫!ルイザが元気になって帰ってくるのを楽しみに待ってるよ」
「ふふ、少しの間だけど、浮気なんかしちゃダメよ?」
イタズラっぽくルイザが笑う。
「なっ!する訳ないだろ!僕は生涯ルイザだけを愛すると心に決めているんだから...」
「...ハーマン。私も、一生ハーマンだけを愛してる...」
二人は抱き合い、優しく唇を重ねる。
「...」
「...」
「それじゃ、もうそろそろ寝ないとだから...」
「うん」
お互い、初めての経験に顔を赤らめながら、もう一度軽くキスを交わし、ハーマンは部屋を出て行った。
***
翌朝...。
「お母様!ルイザは⁉︎」
「あら、おはよう。ハーマン。あの二人ならもう出掛けたわよ?」
「えっ、そんな...」
「大丈夫よ。教会の人達を信じなさい。直ぐに病気を治して戻ってくるわ」
「そうですよね...」
しかし...
一週間経っても、一カ月経っても、...半年経ってもセグリッドとルイザが戻る事は無かった。
「お母様...お父様とルイザはどうなっているのでしょう...」
「そうね...。一応定期的に来る連絡では少しずつ良くなってきているとは書いてあるけど...」
いよいよ怪しくなって来たな...。お父様がずっとルイザに付いてくれているのがまだ救いだけど...。
「お母様、僕もう一度教会に行ってみようと思います」
今まで何度も面会を断られて来たけど、今度は少し強引に入ってみよう。
もし何かあっても、僕には天才と言われた魔導師としての才能がある!
若過ぎる天才魔導師は才能に溺れ、その浅い経験で何でもできると思い込み、入ってはいけない領域へと足を踏み込んで行くのであった...。
お読みいただきありがとうございます。
3話ほどハーマンの過去が語られます。どうぞお付き合い下さい。




