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60.シュトロームという男


ガニメデ公国


***


薄暗い剥き出しの岩肌に囲まれた玉座の間に一人の男が入って来る。


壁の岩肌は深い青に淡く光り、床は一面青水晶で出来ているのか、鏡の様にその上を歩く者の姿を映し出す。


コッコッコッコッ


広い玉座の間に乾いた足音が響く。


「シュトローム、只今戻りました」


「...報告を」


一人が座るには大きすぎる程の玉座に、黒いフードを目深に被った男が一人、足を組んで座っている。

そして、その両脇には歪な形の槍を携えた肌の青い女戦士が二人立ち、向かって右の女が冷たい声で主の代わりに報告を促す。


「決勝トーナメントへの進出が決まりました」


玉座の男と右の女がアイコンタクトを取る。


「...下がれ」


「失礼します」


チッ!いちいち面倒なヤツらですね。こんな事を言うためだけに国を行き来させるとは...。

まあ、良いです。そこで偉そうにしていられるのも今のうちですよ...。


シュトロームは一礼すると、その場を去って行く。




「良いのですか?あの様な者を計画のスタートに起用するなど...」


「そうですよ。なぜ私達にお任せくださらないのですか?」


「...分かっておらんな。あの様な半端者にこそやらせる意味があるのだ。人類を滅ぼすには、やつは適任者だと思わんか?」


「なるほど、半端者だからこそ、ですね?」


「そういうことだ...」



***


百五十年前...



「シュトローム!早くしないと置いて行くぞ!」


「ハァハァ。待ってよー。ルフト(にぃ)!」


高くそびえる険しい崖の上で二人の兄弟が休んでいる。


「はっはっはっ!シュトロームはまだまだお子様だな!これっぽっち登っただけで根を上げるなんて!」


「だって仕方ないよ!まだ僕少年の儀式を終えたばかりなんだよ?少しは手加減してよ...」


「はっはっはっ、悪い悪い。それじゃあ次は兄ちゃんが炎術を教えてやるよ!」


「本当⁉︎今まで危ないからって教えてくれなかったのに⁉︎」


「ふふ、今自分で言ったろ?少年の儀を済ませたんだから、幼少期はもう終わり!15になったらもう成人の儀式だ。他の奴らに負けない為にも術の習得は早い方が良い」


「うん!やったー!見ててよ?ルフト兄!ささっと術を覚えて直ぐにルフト兄に追いついてやるから!」


「はっはっはっ、シュトロームは頼もしいな!それなら、俺がピンチの時は助けてくれよ?」


「あったりまえじゃん!任せておいてよ!」


「はっはっはっ」




***




「やーい!合いの子!合いの子!」


「先生!シュトロームくんは合いの子だから炎術がショボいんですか?」


「...ぐすっ」


「こら、ジェネシス!そんなこと言うんじゃありません。しかし、この成長の遅さは何故なのでしょう?やはり人間なんぞの血が半分混じっている影響なのでしょうか...?」


「うぅっ...ひぇーん!ええーん!」


「あっ、また泣いたー。先生!シュトロームくんはもう放っておきましょう!時間の無駄です!皆んなの教育にも影響が出てしまいます!」


「そうですね...。シュトロームくん。今日はもう良いから見学しておきなさい」


「ええーん!えーん!」




***




「炎術!ファイア!」


シュゴー!

ボフッ!


少年の手から放たれた小さな火の玉が数メートル先の鉄の的に当たる。


「くそう...。どうして皆んなみたいな大きい玉が出ないのかな...」


「シュトローム。何を悩んでいるんだい?」


「あ、ルフト兄...。僕だけ火の玉が皆んなより小さいんだ...」


「それで...?」


「皆んなが僕の事...合いの子だって。合いの子だから...術がショボいって...」


「...そうか」


兄が落ち込む弟の頭に手を置く。


「シュトローム。ちょっと見ててごらん」



「炎術!ファイアトルネード‼︎」


ゴオオオオォォ!

詠唱と同時に大きな炎の竜巻が鉄の的を飲み込む。

輻射熱と熱風でまともに目を開けているのも困難だ。


シュウゥゥ...


炎が消えると、鉄が溶け、変わり果てた姿になった的が現れた。


「...ルフト兄、い、今のは...」


「本当は内緒にしておいて、成人の儀式でお前をビックリさせてやろうと思ってたんだけどな」


「す、凄いや!やっぱりルフト兄は凄いよ!」


「な?生まれがどうであろうと、努力次第ではこんなに強くもなれるんだ。今はまだ本当の力を使いこなせていないだけで、いつかはお前も強い男になれるさ!」


「うん!分かったよ!僕もルフト兄みたいになれるように頑張る!」


兄は優しく弟に微笑む。


「それはそうと、成人の儀式は観に来れるんだろ?楽しみにしててくれよな」


「うん!一週間後だよね?頑張ってね!」




***




邪神テオ神殿


「それではこれより成人の儀式を始める!」


ドーン、ドーン、ドーン


邪神官の号令を合図に、太鼓の音が鳴る。

身体に戦闘用の化粧を施した若い魔人が二人、篝火の焚かれた洞窟内の広場に正対した。周りには戦士を応援する身内が数人その様子を見守っているが、片方の応援は彼の弟一人だけだ。


「二人とも魔人族の掟は分かっているな?」


「はい」


「勿論だ」


「よし、では...始め!」



...ルフト兄、負けないで!




...



兄弟は魔人の父と人間の母との間に生まれた。


母親はずっと争いが嫌いな魔人として日々を送っていたが、シュトロームが生まれてすぐ、人間であることが発覚し死刑となる。


父親は犯罪者扱いとなり、幽閉された後に餓死。幼かったルフトは赤ん坊だったシュトロームと二人だけで生きていく事となる...。



...





「くらえ!」


ドッ!


ドガッ!


バキ!


「くっ!」


魔人族の成年の儀式は15歳になる魔人の若者同士が一対一で素手で戦う。勝てば一人前と認められるが、負けた方は戦士として認められず、四肢の腱を切られ、術を使う為のコアを身体から奪われてしまう。魔人族は人類と戦う事が大きな生きる目的だが、ここで負けた者は戦士として死んだも同然だ。


「やるな、クルーク!だが俺は負けん!炎術!ファイアチェーン!」


ゴウッ!

ゴウッ!

ゴウッ!

ゴウッ!

ゴウッ!


五連に連なる大きな火の玉がルフトの手から放たれる。


「ククッ!雑魚が、水術!アクアウォール!」


ドジュウゥゥ...


「ククッ!くらえ...」


クルークと呼ばれた魔人の手にキラリと光る小さく鋭い何かが光る。


チッ!


パンチを繰り出した際、ルフトはかわしたはずだが、右腕に痛みを感じた。


「っ!今のは⁉︎」


「けっ、よくかわしたな。しかしこれでお前はもう終わりよ」


「何⁉︎...むっ⁉︎か、体が!動かん!」



「...シネ」



ドガッ!

バキィッ!

ゴキッ!

ズガッ!


一方的に攻撃を受け、全身血だらけのルフトが力無くその場に倒れる。


ズン...


「ああっ!ルフト兄!」


「...シ、シュトローム...」


「そこまで!勝者!クルーク!」


「待って!今あいつ武器を使ったよ!」


「何ぃ?半端者が!うちの兄貴に何か意見するのか?」


クルークの身内の一人が声を上げる。


「...ジェネシス!」


「よせ、ジェネシス。なあシュトローム。俺が怪しいと思うなら隅々までお前が調べてみれば良いじゃないか!どうせ何も見つからんがな!」


「...」


幼いシュトロームがクルークの身体検査をするが、どこからも何も出てこなかった...。


「けっ!見た事か!兄貴を助けたいのか?イチャモンつけてまで勝たせたいのかよ!半端者兄弟が!」


「...うぅっ!」


「なんだ?また泣くのか?シュトローム?泣き虫はいつまで経っても治らないな!」


クルークの弟ジェネシスが罵る。


「シュトローム、も、もうよせ...」


「だって!何か光る物持ってたの見たもん!ルフト兄だってまだとっておきのあの術を出してないじゃないか!」


「悔しいのは分かるが、もう済んだ事だ。兄ちゃんなら大丈夫だ。お家に帰ろう...」


「くっ、うぅっ...!」


「泣くな。兄ちゃん、もう戦えなくなるかもしれないが、ピンチの時はお前が助けてくれるんだろ?」


「うっ...うっ、ひっく!い、今助けられなくて、いつ助けるのさ!」


ルフトはいつものように弟の頭に手を置く。


「ありがとう。お前は優しい。自慢の弟だ...」


ルフトの体が光り、手を伝ってその光がシュトロームに流れ込む。


ドッ...


光が移動し終わると、ルフトは力尽き床に倒れた。


「兄ちゃん⁉︎兄ちゃん!」


「ルフトのやつ!奪われる前に自らの全てを弟に託したか...」


邪神官は二度と目を覚ます事のないルフトの体を抱き抱え、邪神殿の奥へと運ぶ。


「待って!兄ちゃんをどうするの?返して!兄ちゃんを連れて行かないで!一人は嫌だよ!兄ちゃーーーーーん!」



***



暗く狭い部屋で涙を流しながらシュトロームが目を覚ます。


「ルフト兄...。懐かしい夢を見ましたね...。見ていて下さい。今に...」


シュトロームの顔が怒りと憎しみで歪む。


「今に、魔人族の王に成り!あんなバカげた儀式を無くし!統率された魔人軍を作って、人類を!...人間共をエルモナルから排除します...!」





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