56.クロノ大闘技大会予選会⑧
翌朝。
予選会の最終日、俺の観察眼Ⅱが効かなかった謎の男、シュトロームが出場する日だ。
予選会は午前中に行われる。ローザと軽く朝食を済ませた俺は良い席を確保する為、早めに闘技場へと来ていた。
最前列の席に着き空を見上げると、生憎の空模様で街全体が薄暗く今にも降り出しそうだ。
「何事も無く終われば良いけど...」
「ん?」
「ああ、いや、雨とか降っても普通にやるんだよね?」
「そうね。今まで天候で中止になった事は無いはずよ。実戦となればそんなの普通に起こり得る状況だしね」
「そっか...」
なんとなくモヤモヤした気分を上手く説明できず天候の話をしたが、無性に嫌な予感がする...。
「ねぇねぇ!にいちゃん!おとさんどこ!?」
「バカ!まだ選手は入場しないんだよ!もう少し大人しく待ってろ!」
「はぁーい」
この血の気溢れる催しに不釣り合いな小さな男の子と女の子が俺の横の席に着く。
なんとなくエリバンの兄妹を思い出させるな。
「結構激しい戦いになるけど、子供が見ても大丈夫なのかな?」
俺は子供たちに聞こえないように小声でローザに呟く。
「うーん。確かに少し心配だけど...、お父さんが出場するみたいね」
あまりにも凄惨な場面の時は男の子の方が女の子の目を隠してくれれば良いが...。
「ねぇ君達。もしかしてお父さんが選手としてこれから出場するの?」
ローザが優しく声をかける。
「ん?そうだよ!凄いでしょ!お父さんは世界一強い斧使いの戦士なんだ!」
男の子が嬉しそうに返事をし、女の子は恥ずかしそうに男の子の後ろに隠れる。ますますあの兄妹達みたいだ。
「へぇー。凄いね!それじゃいっぱい応援しなくちゃね!」
『うん!』
二人で元気に返事をする。
「君たち二人だけでここに来たのかい?お母さんは?」
「ちょっと!シュン!」
二人とも黙って下を向いてしまった。
「...お母さんは、いない。ウチはお金が無くてお父さんとお母さん二人で街の外に食べ物を取りに行くんだ。その時に、お母さん、魔物に襲われて...」
「ひっく、ひっく、エーン」
「バカ!泣くなよ!お父さんが俺達の為に頑張ってくれてるんだ!この大会で大活躍して、もうお父さんが外に行かなくても良いくらい凄い人になるって言ったろ!?」
「ひっく、ひっく、う、うんー」
女の子の方が涙を拭きながら返事をする。
「まったく...、無神経ね。お母さんがいたらこの年齢の子供達だけでこんな所に来るわけないじゃない」
「うっ、ごめん」
「謝るのはわたしじゃないでしょ」
俺は男の子と女の子に向き直る。
「二人とも、変なこと聞いちゃってごめんよ。...そうだ!お兄ちゃんもお父さんのこと応援しても良いかな?」
「うん!良いよ!」
「よーしみんなでお父さんを応援しようー!」
『おー!!』
ローザのフォローもあって、二人ともまた元気に応援できるようになったようだ。
「ふぅー、助かった。ありがとう、ローザ」
「ふふ、貸し一つね」
ローザが悪戯っぽく笑い、俺も微笑み返す。
「ねえ君たちお名前は?」
「僕はタクト!」
言った後、促すように妹の方を見る。
「あ、あたしはキアラ」
「そう!私はローザ、こっちのお兄ちゃんはシュンって言うの。二人ともよろしくね」
ローザがにっこり微笑むと、幼い兄妹も微笑み返す。ローザは子供の扱いが上手いなぁ...。
「さー!会場にお集まりの皆さん!大変お待たせ致しました!いよいよ本日の予選会をもって、本選出場の全選手が決定致します!」
『うおおおおぉぉぉぉ!』
「今年のクロノ大闘技大会本戦出場権最後の一枠は誰の手に!どんな強者が出てくるのか、今日の戦いも一瞬たりとも目が離せないぞ!」
『うおおおおぉぉぉぉ!』
今日も満員御礼の会場はヘイズの煽り文句に大いに盛り上がっている。
「それでは早速まいりましょう!出場選手の入場です!」
ヘイズの言葉と同時に闘技場への扉が開き、参加選手が続々と入場してくる。
「あっ!おとーさん来たよ!」
一際目立つ巨大な斧を背負った筋骨隆々の体躯の良い戦士が堂々と入場してくる。
確かにあれなら相当の強さだろう。子供に世界一と言われるのも分かる。
「タクト、お父さんの名前はなんていうの?」
「ん?お父さんはお父さんだよ!シュン兄ちゃん大丈夫!?ちゃんと応援してよね!」
「あ、ああ、ごめんごめん、お父さん頑張れー!」
...子供の扱いは難しい。
ニヤニヤしながらこちらを見るローザをスルーし、闘技場に目を向けると、お父さん戦士の後からは綺麗な水晶の付いた杖を手にした魔導師と思われる人物。そして二刀流の女剣士、身長の1.5倍はありそうな長い槍と体が隠れる程の大きな盾を持ったフルプレートの騎士...、戦闘スタイルも職業も違う個性豊かな選手達が続々と入場して来る。
そして...最後にゆっくりと入場してくる細身の男。
「来たな...」
もったいぶるように入場してきたシュトロームは、これから戦う相手達には目もくれず、真っ先に観客席にいる俺の方を見ると不敵に笑い正面に向き直る。
「これから戦う相手なんか眼中に無いって感じだな」
兄妹に聞こえないように小声でローザに話す。
「明らかにこっちを見てたわね。この観客の中からどうやってシュンの事を見つけたのか分からないけど...」
「相変わらず油断ならないヤツだね」
「それでは!各選手の準備も整ったようです!クロノ大闘技大会予選会Cグループ!戦闘開始ィィィ!」
グワーン!
戦闘開始を告げるドラの音と共に、小雨がパラパラと降り出した。
観客達が空に気を取られた一瞬、お父さん戦士がその体に似合わないスピードで隣の選手の両脚を斬りつけた。
ザッ!
「ぐあぁぁっ!」
斬られた選手が立ってられず、その場に崩れ落ちる。
「立てない限り何も出来まい。潔い判断力もまた、強さだぞ」
「くそっ!...こ、降参だ」
『おぉ~...』
客席から驚きと感心の声が漏れる。
「お父さん、強いね!」
「だーから言ったでしょー!」
タクトが得意げに返す。
「ぬぅんっ!おりゃっ!」
ドシュ!
ザシュッ!
ガタイの良いお父さん戦士は、その巨大な斧を片手で縦横無尽に振り回し、力技でゴリ押しして行く。
いずれも戦士系の相手は脚を、魔法使い系の相手は腕を狙い、戦闘不能にして行く。
「戦い方も紳士だなぁ」
「実力差があってこその芸当ね。素晴らしいわ」
「フフフ」
「エヘヘ」
タクトとキアラも父親を褒められて嬉しそうだ。
「フレイム!」
ゴォォッ!
魔導師の一人がお父さん戦士の無双を止めるべく魔法を放つが...。
「おっと!!」
バンッ!
巨大な斧と反対に持った小さめの丸い盾でフレイムを振り払う。
「炎を盾でかき消すなんて、凄いね...」
「そうね。あの大きな斧もそうだけど、普通の武具じゃないかもね」
「さすがは北地方最強と謳われたバルガス選手!次から次へと選手達を倒して行くぞ!誰かこの人を止める人はいないのかーーー!」
ヘイズも煽り文句で観客にバルガスが強い選手だと注目させる。
「...フゥッ!...フウッ!」
しかし、最強とは言え一人特に頑張っているバルガスはもう息があがっているようにも見える。
「おとうさーん!頑張ってーー!!」
大勢の歓声にかき消され、子供たちの声が届いているかどうか分からない。
「ライトニング!」
バシッィ!
「ぐあっ!」
バルガスが呼吸を整えている隙に、背後からもう一人の魔導師が放ったライトニングがバルガスの背中に直撃し、片膝をつく。
「今だ!」
賞金稼ぎ風の剣士や短剣を持った盗賊、二刀流の女剣士が一気にバルガスに襲い掛かる。
カイィン!
キィィン!
カァン!
ドッ!
ザッ!
「ぬぅぅ!」
始めのうちは斧と盾で攻撃を躱していたが、さすがに全てを受け切れられず、浅くないダメージを受けてしまったようだ。
強い者は優先的に狙われる...。最初に目立ち過ぎたか...。
「くっ、こんな所で負けるわけには...」
片膝の状態からバルガスがゆっくり立ち上がり、必死の形相で静かに構えを整える。
その幽鬼の如き迫力に観客達が息を呑んだその一瞬。
『おとうさーん!負けないでー!』
静寂の闘技場に、二人の子供の声が響き渡る。
「タクト!キアラ!...出来ればコイツは使いたくなかったが...。やむを得まい!!必殺!!バーサーカー!」
渾身の叫びと同時に、バルガスの体から蒸気が勢い良く発せられ、その肌が赤味を帯びる。
「ローザ!あれは...?」
「...バーサーカー。職業 狂戦士の特殊スキルね...」
「ローザねえちゃん!おとうさん、大丈夫だよね!?」
「...大丈夫!最強の戦士だもん、大丈夫よ!」
しかし、ローザの言葉とは裏腹に、バルガスの全身には血管が浮き出、手脚が震えているように見える。
「ローザ。あのスキル本当に大丈夫なのか!?」
「...それまで受けたダメージを一気に吹き飛ばし、短時間だけど飛躍的にステータスを向上させるわ。但し、バーサーカーの間理性はほぼ失われ、効果が切れると瀕死の状態になってしまう。禁断と言われている諸刃のスキルよ...」
「なんだって...」
少なくともバルガスはバーサーカーの効果中に全ての相手を倒さないといけないわけか...。
しかし。
シュンッ!
ガッ!
ドッ!
ドガッ!
観客の中で何人があの動きを見切れたであろう?
瞬きをするほんの一瞬の間に3人の選手がほぼ同時に場外まで吹き飛んだ。
「ははっ...なんて体当たりだ...」
「凄いわね...ベースのステータスが高いんでしょうね」
「おぉぉ!おとうさん凄ーい!」
「くそっ!全員ヤツから目を逸らすな!」
いつの間にかバルガス対その他の選手のような構図になってしまっているが、それでもバルガスはお構いなしに攻撃の手を緩めない。
ドガッ!
ドウッ!
バキッ!
ドンッ!
あっという間に全選手を場外へ吹き飛ばし、ついには満身創痍のバルガスのみが闘技台の上に立っていた。
『うおぉぉぉ!!』
「我々が見たのは真実か幻か!今日のお客さん達はラッキーだ!滅多に見ることの出来ない素晴らしい戦いを見せ、見事Cグループを勝ち抜いたのはっ!」
「ちょーっとお待ちくださいよ」
⁉︎
観客全員が確かにバルガスの勝利を確信したはずだった。
しかし、舞台上にはバルガスの他にもう一人男が立っている...。
「ククッ、私を忘れて貰っては困りますねぇ...」
ローブを羽織り、不気味な雰囲気を醸し出しバルガスに歩み寄る男。
ゴゴゴゴゴ...
空が不気味に唸りを上げる。
カッ!
バリバリバリッ!
立ち込める黒雲の合間に稲光が走ったかと思うと、先程まで小降りだった雨足が一気に強まり、激しく闘技場に打ちつける。
「さあて...、楽しいショーの始まりですよ...」




