48.デゼル・ファング
『えっ?』
俺とローザが同時に声をあげる。
確かクロノの闘技場でローザと戦闘訓練をしていたはずだが...。
俺達二人はふと気付くと辺り一面真っ白な世界にいた。
「何ここ...⁉︎」
まるでエト神の神殿に来た時のようだが、ここは本当に周囲360°見渡す限り何も無く、驚く事に地面も無い。体の感覚があやふやで、今自分の身体がどうなっているのか?どんな体勢を維持しているのか?それすらもよく分からない。
体を思うように動かせないが、意識はハッキリしているし呼吸をする事と話す事は普通にできる。二人でその場にたゆたいながら訳が分からず顔を見合わせていると...
ふいに、ローザの目線が俺の後ろを凝視し、その表情が驚きに変わる。体が動かせないはずだが、俺もローザが見ている方を見たいと思うと、体はそのままで向きだけそちらに向いた、いや、どうやら意識だけがそちらを向いたようだ。
「やあ、ローザ、元気そうだね」
そこには二人の壮年の夫婦がいた。
二人の背後から光が指している。
いわゆる後光と言うやつだろう。
「...!お、お父さん...お母さん⁉︎」
二人を見たローザは聞いた事のないような驚きの声をあげ、みるみるうちに頬に涙が零れ落ちる。
「あらあら、ローザったら、せっかく再会できたのに泣いているの?」
「だって!だって...もう二度と会えないと思っていたから...!」
「そうだな。普通なら会う事はなかった。父さんと母さんは毎日デゼルを通してお前を見守っていたけどな」
「えっ⁉︎」
「今回は特別みたいなの。そちらのシュンくんの力でこうしてお話する事ができたみたい」
「えっ?シュン?何をしたの?」
「えっ?俺は別に何も...。鑑定でデゼルファングを見ただけだけど...」
「コラッ!」
ボグッ!
「いてっ!」
いきなり俺は誰かに上から頭を叩かれたようだ。
意識だけ上を見ると...
悪魔が浮いていた。
いや、あくまでも日本人としてのイメージの中での悪魔だ。
そいつは全身美しい光沢のある漆黒の肌で、真っ白な世界に真っ黒な体な為か、その存在の異質さが際立っている。手足は長く痩せ細り、広い額に二本のツノ、背中にはコウモリのような毛のない骨と皮の翼が生え、鼻が高く、眉のない目は鋭く吊り上がっている。そして、ついでに言うと禿げで真っ裸だ。
その黒い悪魔は空中で胡座をかきながら俺に説教をするように言う。
「お・ま・え!シュンとか言ったな!お前のせいでめんどくさい事になっちまったじゃねーか!なんで俺様がいちいち出てきて説明しなきゃなんねーんだ?めんどくせー!」
「まあまあ、デゼル。そう言わずに少し話に付き合ってくれよ」
驚く俺とローザを横目に、モンジがデゼルと言う悪魔のような生き物を諭す。
「ケッ!話だけならオマエがすりゃ良いだろ!モンジ!」
「デゼルさん。お願い。必要な事なの」
ミシェルにそう言われたとたん、デゼルのトーンが急に落ちる。
「うむ。ミシェルさんに言われちゃ仕方がないな。シュン!...ローザちゃん。今からスゴーく大事な事をこのデゼル様が話してやるからよーく聞いておくように!」
『はい』
俺の名前を呼ぶ時だけめっちゃ強く言った。
で、ローザ...ちゃん?
ごほん!と一つ大袈裟に咳払いをすると、デゼルは胡座をかいた姿勢のまま、俺とローザの少し上から俺達二人をを見下ろすようにして話し出す。
「俺様の名はデゼル。ここは俺様が作り出した精神世界でお前達の意識だけを呼びだした。体は相変わらずクロノの闘技場だ。まあ、向こうの時間は止まっているから心配はいらない」
「⁉︎」
「そんな事が...」
ボグッ!
「いつっ!」
デゼルの腕が伸び俺は再びゲンコツをくらう。
肉体は無いはずなのに何故かしっかり痛みはある。
「話は黙って最後まで聞きやがれ!声を出して良いのは俺様が質問した時だけだ」
慌てて俺は首を縦に振る。
「ようし、では続きだ」
腕組みをし偉そうにするデゼルをモンジとミシェルが優しい苦笑いで見つめている。
「良いか?ここが何処かは分かったな?俺様がお前達をここに呼んだ。モンジとミシェルさんに頼まれてな。仕方なくだぞ!これは特別待遇で普段はこんな事はしない。今回はシュン!お前がおかしな力で俺様の正体を見破ったせいだからな!契約者であるローザちゃんが俺様のことを嫌って契約破棄でもしようもんなら、ここにいるモンジとミシェルさんは消えちまう所だぞ」
「...⁉︎」
「なんとか言えこの!」
またデゼルの腕が伸びたので、そのゲンコツを回避し口を開く。
「じゃあ、話す許可を貰ったから聞くけど、お前はローザが使っているデゼル・ファングなのか?」
「ああ、そうだ。デゼル様だ!」
「武器に宿る悪魔のような存在で、お前がモンジさんとミシェルさんの命を奪ったのか?」
「はあー?フザけるな!俺様は悪魔じゃねーし、命を奪うなんてそんな事する訳ねーだろ!」
いや、見た目は100%悪魔ですが...。
「俺様を見た時に何をどう知ったのかは分からんが、勘違いするなよ。俺様は命を奪うんじゃねえ。本人の同意を得て契約するんだ」
「契約?」
「そうだ。一生を懸けて守りたいものを守り抜く力を授ける代わりに、そいつの肉体と精神を切り離し、精神だけを俺様の世界へ招待するのさ。俺様を産み出したのが誰だか知らねえが、俺様はそういう役割を与えられた在存だからな」
「そんな...。私は力なんか要らないから、ただ普通にお父さんとお母さんと一緒にいたかったよ...」
「ローザ...」
「ローザちゃんよ。そう言ってくれるな。モンジもミシェルさんもそんなことは当然同じ気持ちだったさ。二人で相当悩み抜いて出した答えだ。戦いばかりでいつ魔物にやられちまうか分からんこんな世の中じゃ、いつでも常に守りたい人の側にいて守りきれるもんじゃねえ。俺様と契約し、使用者をローザちゃんに指定しちまえば、自分達はいつでもローザちゃんと一緒に戦える。それに肉体は失うが、同時に老いもしなくなる。いつまでもローザちゃんと一緒にいられるってわけだ。俺様の力を使ってローザちゃん自身は強くなれるしな」
「そうかもしれないけど、やっぱり会えないのは寂しいよ...」
「ううむ、そうだなあ...。たまにこうして精神世界で会わせてやっても良いが...」
デゼルが何故かこちらを見つめる。
「うむ。よし!シュン!」
「え?」
「え?じゃねぇ!ボーっとしてんじゃねえよ!お前がこの世界とのキーになれ!」
「んっ⁉︎」
「今回お前達をすんなりここに呼び出せたのは普通じゃねえ。何故かお前の肉体から溢れ出ているオーラが潤滑剤のように作用して俺様の世界にスムーズにお前達の意識を連れて来れた」
「ええっ。そ、そうなのか?」
「シュン。私の個人的な事で本当に申し訳ないと思ってるんだけど...なんとかお願いできないかな?」
「シュンくん。是非私達からもお願いしたい。どうか、この通りだ」
偉そうに見下ろすデゼルの後ろからモンジとミシェルが頭を下げる。
「あ、いや、全然そんなの構いませんよ!けど具体的に何をどうすれば良いのか...」
「クックック。お前の了承が得られれば後は簡単だ。一回呼び出すのにお前のオーラを少しばかり食わせてもらう。何、お前自身は痛みも何も感じない。体調が悪くなるわけでもない。精神世界から戻った時に少し疲労感があるくらいだ」
「そうか。なら尚更呼びまくってくれて良いぞ」
「けっ。冗談キツいぜ。いくら俺様でも特例をそうそう簡単に連発できるもんじゃねえ。まー、月に一回くらいなら呼んでやっても良いぞ」
「分かった。ローザ、それで良いかい?」
ローザは嬉し泣きで瞳を濡らしながら何度もうなずく。
「モンジもミシェルさんも良いか?」
「ああ、充分だ。デゼル、シュンくん、ありがとう」
「いえ、ローザの力になれて俺も嬉しいです」
「クックック。それじゃそろそろ元の世界へ戻りやがれ。久々に力を使ったから俺様はもう疲れた。寝る」
「待ってくれ。こちらから呼びたい時はどうすれば良いんだ?」
「ケッ。さっきモンジも言ってただろうが。ローザちゃんが俺様を身につけていれば、こちらはいつでもローザちゃんのことを見守っていられる。会いたい時に会いたいと言えば良い」
「そうか。了解。ではモンジさんミシェルさん一度戻ります」
「ええ、シュンさん。ありがとう。ローザのことをよろしくね」
「分かりました!」
「お父さんお母さん!また会えて嬉しかった!1ヶ月会えないのは寂しいけど、いつも私の事を見守っていてね!二人とも愛してる!」
「ああ...。言いそびれていた事がやっと言えるな。私達もお前の事を世界中で一番愛してるよ。ローザ」
「風邪なんかひかないように夜は暖かくして寝るのよ。シュンくんにご迷惑ばかりかけるんじゃないわよ」
「なっ、大丈夫だよ!恥ずかしいなー」
「ふふふ、それじゃまたね。二人とも元気でね」
「はい、モンジさんミシェルさんもお元気で!」
「そいじゃ!戻すぞ!」
次の瞬間、心地良い浮遊感に包まれたかと思うと、俺とローザはクロノの闘技場におり、ローザの胸には以前よりも漆黒の輝きを増したデゼルファングがしっかりと抱きしめられていた。




