39.開戦
さて...。
西門の配置に着いた俺は閉まった門を背に正面を向いていた。日本と違い、夜になると辺りは真っ暗で何も見えない。草原の奥にあるであろう森からは風に揺れる木のざわめきが僅かに聞こえて来る。
万を超える魔物の大群がいるとは思えないくらい不気味な静けさだが、感知で範囲を目一杯広げてみると恐れていた最悪の光景が目に飛び込んできた。
予想通り、西門だけでなく東西南北全方位が囲まれている。
真っ赤な生き物の影がうねり、ある種一つの生き物のようだ。
「ゴブリンてそもそもこんなにわさわさいる物なのか...?」
何匹いるか分からないが、魔笛で全部を俺一人で引き受けるとしたら一体どれ程の間戦い続けなければならないのだろう...。
まあ、一度に数万を相手にする訳じゃない。一度に相手を出来る数はせいぜい百匹程度だろう。
かなりの長期戦になりそうだ...。
「...腹を括るか」
まだこちらの世界に来て一週間ちょっとしか経っていないが、濃密でファンタジックな時間を過ごしエルモナルのことをすっかり気に入ってしまった俺は、なんとしてでもここで死ぬわけにはいかないと覚悟を決めた。
「くそー!いくぞー!」
誰が聞いているわけでもないが自分自身に気合を入れる。
憎しみを込めゴブリンを想像しながら魔笛を吹く。
「属性付与フレイム!フレイム!ソウルイーター!」
定番のバフスキルをかける。MP自然回復のおかげでみるみるMPが回復し脱力感は一気に回復した。
肉眼では何も見えないが、感知で敵の動きを見ていると、今まで待機していた赤い影達が一斉にこちらへ向かって動き出しているのが分かる。
街の東まで魔笛の効果が届くか懸念していたが、西門以外に配置されたゴブリン達も街を避けるようにしてこちらへ向かって来ている所を見ると、どうやら上手い具合におびき寄せることに成功しているようだ。
間もなく始まるであろう大規模な戦闘に緊張していると、遠くの方から小さく唸り声のような地響きが聞こえてきた。
「いよいよだな...」
後ろは壁だが、左右と前方、180°敵に囲まれるだろう。
...
...ぉぉぉ
...おおぉぉぉ
...ごおおおぉぉぉぉ!!
全てのゴブリンが何かを叫んでおり、そのプレッシャーに押し負けそうになる。
「くそっ!皆!ガルヴァリは俺が守るから心配要らないぞ!」
こういう時は自分の為ではなく誰かの為に頑張る方が力が湧く。
一匹一匹が松明でも持っているのか、肉眼でもうっすら赤い光が見えてきた。
最初は数カ所で点々と見えていた光が、一気に全方位に広がりあっという間に一面真っ赤に染まる。まるで森そのものが燃えているようだ。
ギャギャギャ!
グワワワァ!
ゴアッゴアッ!
数千匹の魔物の気合の声が聞こえたと思うや、ゴブリンの大軍団が一斉に姿を現し、そのままの勢いで襲いかかって来る。一瞬、先ほど見た悪夢が頭をよぎり、きちんとスキルが発動してくれるか不安になるが、頭を二度横に振り意を決してスキルを使う。
「獄炎玉!」
敵との距離を目測で測り、自分の右手側にスキルを発動する。
エリバンでゴブリンの死体を処理するのに使った大きな透明の半球が空間から現れた。突如出現した半球に囲まれたゴブリン達は驚き、戸惑い、上を見上げたり内側から半球を触ったりしている。半球の後方を見ると、外から押されたゴブリンが次々と半球内に入り前方はぎゅうぎゅうだ。
外からは入れるが中からは出られないらしい。
そんな状況を見ていると、瞬く間に内部に巨大な炎の渦が産み出される。
その渦はたちまち炎の竜巻となり、一瞬にしてゴブリンを百匹以上、死体も残さず焼き殺して行く。突然起こった大惨事にゴブリンは止まろうとするが、万を超えるであろうゴブリン達は後ろから次々に押され面白いように半球に押し込まれその命を終える。
「剛雷撃!」
今度は自分の左側にもう一つのスキルを発動。
獄炎玉の明かりで赤く染まる空に黒雲が立ち込めたかと思うと、爆音を響かせながら豪雷の雨が降り注ぐ。こちらも獄炎玉と同じく後ろから次々に押され、入りたくもないスキル範囲に無理矢理押し込まれているようだ。
隙間無く降り注ぐ雷撃の雨に打たれ、ゴブリンの大群は一匹も俺に届く事無く炭と化し、死体は塵となって跡形もなく風に乗って飛んで行く。
両脇から夥しい数の魂の光が降り注ぎ、俺を中心とする獄炎玉と剛雷撃に囲まれた空間は昼間のように煌々と光り輝いている。
遠方のゴブリン達にも、何か良くないことが起こっている事は理解できたようで、ふいに後ろから押される動きが止まった。
何千、何万というゴブリン達が俺一人を警戒し立ち止まる。感知を見ると、当然の如くまだまだ赤い影の範囲が遠くまで広がっている事から、伝言ゲームのようにしてこの場に起きた惨状を後方のゴブリン達にも伝えられたのだろう。
「よく統率が取れているな。人間の軍のように鍛えられているのか?」
獄炎玉と剛雷撃が消えソウルイーターによる魂の吸い込みも止まり明るさは減ったが、ゴブリン共の持つ松明と俺の防具へのフレイム付与で視界を確保できる程度には充分明るい。
ゴブリン達は恐れと憎しみの入り混じった醜悪な顔を晒しながら俺に対する威嚇を止めない。
「獄炎玉!剛雷撃!」
左右にクールタイムの終わったスキルを再度発動する。今度は後ろから押される事もないだろうから、スキル発動地点の敵だけ殺せれば良い。
「獄炎玉!剛雷撃!」
「獄炎玉!剛雷撃!」
この二つのスキルは解除のタイミングもコントロールできるようだ。そして発動時間が短い程クールタイムも短いらしい。
左右にスキルを出しては解除し、出しては解除しを繰り返しながら俺は街の周りを壁に沿って走り出した。
進行方向にいるゴブリンはフレイムを付与した魔法剣で薙ぎ払い、はたまた燃え盛るフレイムオーラの防具で体当たりし道を斬り開いて行く。
グワッ!
ギャーーー!
ァワァ!
ゴブリン達の声にならない声を聞きつつ、単純な作業を繰り返す。
ソウルイーターのおかげか、全く体は疲れない為スピードを維持したまま走り続け、街の外周を一回りした頃、ゴブリン達の動きが止まった。
最大限に警戒し、こちらを睨んでいる。
「どうしたんだ?」
感知で周囲を注意深く見ると、若干大き目の赤い影が所々に交ざっていることに気づく。
あれは...ゴブリンリーダーか!?
これだけの規模の大群だ。統率する個体が何匹かいてもおかしくない。リーダー達の指示で無造作に俺に襲い掛かるのを止めさせたのだろう。
俺は少し考えた後、何もイメージせずに魔笛を吹いてみる。
スキルレベルが上がって魔物を指定できるようになったが、今回は無作為に周辺の魔物を呼び寄せてみよう。
最上級スキルの前ではゴブリンもゴブリンリーダーも変わりは無いだろう。
グワァァァア!!
案の定、ゴブリン達は気合の雄たけびを上げると迷わず俺へ向かい始め、それに交ざって大きめの赤い影達も同様に俺へと向かい始める。
「魔笛の効果は絶大だな...」
2周、3周、4周、敵の様子を見ながら適度に魔笛を吹きつつゴブリン討伐を繰り返す。終わりの見えない討伐作業にさすがに気が滅入ってくる。
10周を過ぎた頃だろうか?集中力が途切れてきて今が11周目なのかどうかすら分からなくなったあたりで、ようやく感知の端に赤い影が見えなくなってきた。それでも未だに大量の魂を吸収し続け、光り輝きながら一面真っ黒に焦げた地面を無心で走っていた俺は、ふと思いつき討伐数を計算してみる。
一周で各スキルを少なくとも50発は撃っている。
一発のスキルで、多少の取りこぼしはあるが凡そ100匹は殺しているだろう。
50発×2種類×100匹=10000匹
あれ?一周で1万匹倒してる?
てことは10周は確実にしているので...
10万匹...
食料や住処等、どこにこんな数のゴブリンが生きていける資源があったのか解せない...。
「闇の眷属か...?」
明らかに人為的な力が関わっている気がする...。
冷静に状況を分析しつつ、魔笛で最後の一匹まで残すことなく魔物を呼び寄せ、俺はものの数時間で、無傷で全ての脅威を排除しきったのであった。




