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35.男爵チック

「危ない所を助けて頂き、誠にありがとうございます!ご高名な冒険者シュン様とお見受け致しますが」



...なんだろうこの極端な低姿勢は...。



「いや、申し訳ありません。自分が名乗るのが先でしたな!」


身なりは良いが、背が低く小太り気味の男は額に汗をかきながら、襟元と姿勢を正す。


「私、ガルヴァリギルド、ギルドマスター剣聖ユディエル様からの勅命を受けまして、エリバンからの移民達をお迎えする為馳せ参じました。男爵チックと申します。以後お見知りおきを」


男爵、日本の感覚で言うと爵位の中では地位が低かったイメージがあるが...。そうか、貴族様のお出ましか。


「シュンです。危険が伴う中、迎えに来てくださりありがとうございます」


「いやいや!礼には及びませぬ!少しでもシュン様のお役に立てれば本望でございます!」


なんでこの人は俺に対してこんなに媚びて来るんだろう?


「いやしかし、あんなオークの大群、お恥ずかしい話、私の私設警護団では危うく全滅させられてしまう所でしたよ!まさに危機一髪!私の命は風前の灯でございました!」



「はぁ...」


...ちょっと苦手なタイプの人だなぁ...。


「ささ、こんな所で立ち話もなんです。どうぞ私の用意した馬車へ!どうぞどうぞ!」


「あ、ありがとうございます。ローニン!ちょっと!」


「なんだ?」


「チックさん、こちらはローニン、エリバン駐屯基地の隊長で皆を纏めてくれているリーダーです」


チックは先ほどまでのにこやかな表情から一変、鋭い目つきになりローニンを睨む。しかしそれも一瞬で、すぐ元のにこやかな表情に戻った。


「初めまして。ローニンさん。男爵チックと言います。ご存じかな?エリバンは私の領地です。ゴブリンどもから基地を守れなかった事、非常に残念ですぞ」


「...申し訳ありません」


「ふん。まあ良いです。また取り返し、時間をかけて復興すれば良いのですからね」


そう言う経緯でこの貴族様は自らやってきたのか。しかし、気持ちは分からなくもないが、命をかけて基地を守ろうとした者に対してなんて言い草だ。


「さて、それではガルヴァリまでお連れするが、我が警護団は優秀だ。ゴブリンなんぞに遅れをとる事もない。安心してくれて良いぞ」


「...よろしくお願い致します」


「うむ」


ローニン、気にするな。とアイコンタクトを送る。


「それではシュン様!ささ、どうぞこちらへ!馬車も20台ご用意致しております故、どうぞお寛ぎになってくださいませ」


そうして俺達はチック男爵の用意してくれた馬車へ分乗した。エイミーは用意できたとして10台と言っていたが、20台も来てくれたのか。一様に同じ家紋が幌に付いている所を見ると、おそらく20台全てチック男爵の私物なのだろう。


俺はできればチックと離れローニンと同じ馬車に乗っていたかったが、チックに強引に、白馬が引く一際立派な馬車へと案内され、御者の他にはチックと二人きりにさせられてしまった。


「あの、この馬車は余裕がありますし、もう少しこちらにも人を乗せては?」


「何を仰います!シュン様は大切なお方!そのような窮屈な思いをさせるわけにはいきません!」


「はぁ...」


まいった。ガルヴァリまでずっとこの調子なのだろうか?一足先に俺だけガルヴァリに帰りたい...。


「それにしましてもシュン様!先ほどのオークの群れを薙ぎ倒す様と言ったら!まさに鬼人の如く!相当なお力をお持ちの御様子で。私感服致しました!我が警備団も日頃から鍛錬を怠りませんが、あんな数のオークどもに囲まれては如何ともしがたい所でしたよ!」


「この辺はオークが多いのですか?」


「いや、この辺一帯は私の領土ではありますが、そのような話は聞いたことがありませんな」


領土...。基地や街だけでなく、地域毎に所有者がいるのか。エリバンと言えば、獄炎玉と剛雷撃で焼野原が結構増えたけど、大丈夫かな...。


「これは私めの個人的な予想なのですが...。今回エリバンが落とされた元凶、ゴブリン大集結が影響しているものと考えられますな」


「ゴブリンが?」


「左様!たかがゴブリンとは言え、大群ともなれば周辺地域の生態系も大きく変わってきます。おそらくゴブリンの生息域が一つのエリアに集中し拡大した事で、元々そこにいた魔物達が追いやられ、各地に移動しているのではないかと見ております」


「なるほど」


正直言っていけすかないヤツだが、なかなか鋭い視点を持っているのかもしれない。


「何!ご心配には及びません!国を挙げてゴブリン退治の計画が進んでおりますし、何よりシュン様のような屈強な冒険者様にも協力を要請しているとのこと!ガルヴァリ市民の大切な命は私めの金庫箱よりも強固に守られておる!と言う所ですかな!ムイッイッイ!」


何そのつまらない例えと独特な笑い方!しばらく忘れる事は無さそうな人だ。


そんな調子で辟易しながらもガルヴァリへの旅は続いた。

合流してからは、特に魔物が襲って来る事も無く、チックの用意してくれた簡素な食事を頂きながら、馬車に乗った翌朝にはガルヴァリへと到着していた。



「男爵!お帰りなさいませ!」


「うむ。ご苦労」


西門の入り口にいる警備兵が恭しく挨拶する。


初めてガルヴァリに来た時に通った南門ほどでは無いが、この西門もそこそこの大きさで、馬車のまま街へと入る。


「さて、やっと到着致しましたな。まずは皆さん各宿屋へと別れる事になると聞いております。報告もありますからな。皆さんにはここで待機してもらって、我等だけでユディエル様の所に参りましょう」


「分かりました。ただ、エリバンの統括者でもあるローニンも連れて行きましょう」


「...分かりました。では三人で参りましょう。ローニンさんもこちらの馬車へお連れ下さい」


この立派な馬車でギルド前に乗り付けるのか...。目立つなぁ...。


「ローニン!ギルドマスターの所へ報告に行く。一緒に来てくれないか?」


「分かった。皆はどうする?」


「すまないが、ここで少し待機していてくれ。どこの宿に何人行けるのか検討がつかない」


「了解した!皆!聞いたな!ここでしばし待機だ!今日の夜‬は宿屋のベットで眠れるからな!もう少し我慢してくれ!」



ローニンは皆に向かってそう告げると、チックの馬車に乗り込んだ。


「失礼致します。チック様。宜しくお願い致します」


チックはローニンを一瞥すると、無言のまま御者に目で合図し、馬車を走らせる。

ローニンに対する態度がいちいち勘に触る。


ギルドまでの車内は誰も口を開かず、何とも言えない空気が流れる中ギルドへ到着した。



三人は馬車を降りるとギルド内へ入る。まだ午前中の早い時間と言う事もあって、ギルド内は閑散としている。


「懐かしいなぁ。ガルヴァリギルドには久々に来たぞ」


「そうか、ローニンも元は冒険者か?」


「ああ、冒険者として頭角を現しだした頃、ユディエル様に見いだされてエリバン基地に兵士として配属されたのさ」


「なら、ユディエル様には恩があるわけだな」


「ふふ、そうだな。お会いするのも久しぶりだ。楽しみな反面、今回の訪問の事情が事情なだけに気が重いがな...」


「二人とも、報告をしに二階へ行きますぞ」


いつもならエイミーに案内を頼む所だが、チックは勝手に歩みを進め二階へ上がって行く。

貴族ならこういった所も来賓として何度も来ることがあるのだろうか?


慣れた様子で足早にギルド長室前まで来たチックはノックをし中に声をかける。


「失礼!男爵チックにございます!冒険者シュン様とエリバンの移民を連れて帰還致しました!」


ギルドマスターとはどこまで偉いのだろう?チックの様子を見る限り貴族より上なのか?


「入れ」


「はっ!失礼致します!」


ユディエルの声に促され、三人は部屋の中へ入る。


「おぉ!シュン!ご苦労だったな!む!そっちはローニンか!久しぶりだな!」


中に入るなりユディエルが机から立ち、声を弾ませながら出迎えてくれる。


「あの、ユディエル様、チックめが大役を務めあげましてございますが...」


「うむ。おまえはもう下がってよいぞ。馬車の提供感謝する。報酬は後で職員に届けさせるからな。ご苦労であった」


「...ははっ。では失礼致します。シュン様!何かあれば男爵チックを頼ってくださいませ!では!」


多少不満そうだが、大人しくチックは出て行く。


「ユディエル様。お久しぶりでございます!この度はイシュエル様の事、エリバン基地を守りきれなかった事、誠に申し訳ございませんでした...ッ!」


「良い。お前が気にする事じゃない。イシュエルは残念だったが...あいつも武人だ。戦いに身を置いている以上、覚悟の上だったはずだ。基地にしても、お前やイシュエルが守れなかったのなら、他の誰が守っていても結果は変わらなかっただろう」


ユディエル様。人間的にもできた人だ。さすが人の上に立つ人物。チックとは大違いだ。


「それより、二人とも長旅で疲れただろう。とりあえず座ってくれ」


俺達二人は来客用の柔らかいソファに座る。

ユディエルが机の上に置いてある掌程の大きさの丸い装置に触れ、声をかける。


「エイミー、すまないが三人分お茶を持って来てくれないか?」


『畏まりました』


エイミーの声だ。


「ユディエル様、それは?」


「ああ、シュンはこれを見るのは初めてか?高価すぎて一般的には普及していないからな。これはバルカンが作り出した通信機という物だ。同じ建物くらいの範囲でしか使えないから、通信魔法には劣るが、誰でも使えるのが魅力だな」


「なるほど。バルカンですか」


バルカンさん。LVを測る腕輪もその人が作り出したと聞いたな。

いつかは会ってみたいものだ。


話をしていると、扉がノックされエイミーの声がする。


「エイミーです。お茶をお持ちしました」


「入れ」


「失礼します。あっ!やっぱりシュンさん!帰ってこられたんですね!」


俺を見るなり事務的な態度は一気に消え、嬉しそうに笑う。


「やあ、エイミー。ただいま」


「エイミー。こっちはエリバンで副隊長、いや今は隊長をしているローニンだ」


「初めまして。ローニンと言います」


「ローニン。こっちはギルド職長のエイミーだ。まだ年は若いが優秀な職員だ」


「ローニンさんですね。エイミーです。宜しくお願いします」


エイミー。ただの受付嬢だと思っていたのに、職長さんだったんだ...。人は見かけによらないなぁ...。



ウェイン。彼女、高嶺の花かもしれないぞ。





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