33.さらばエリバン
「あ!シュン!本当に戻って来てくれた!」
約束通り、その日の夜のうちにエリバンに戻ると、サーシャとエリック、それに、二人の父親とローニンが基地の入口で待ってくれていた。
「よう、さすがに早かったな」
「なんだ、待っててくれたのか。まぁ二人がいれば危なくないか」
「すみません。この子達にとってシュンさんはヒーローですから。どうしても出迎えたいと聞かなくて...」
兵士が困ったように苦笑いする。
小さな兄妹が父親の後ろに恥ずかしそうに隠れながらニコニコ笑っている。
「ふふ、ただいま。迎えに来てくれてありがとうな。ただ、もう夜も遅い、どんな魔物がいるか分からないから早く家に帰って休んでおいた方が良いぞ」
「そうだぞ、明日は朝からたくさん歩くんだからな」
「はーい」
二人はつまらなそうに返事をすると、基地の門を閉めた兵士の父親と一緒に自分の家へ戻って行った。
「ヒーローか...。俺も充分強い気でいたが、まだまだだな。せめて剣聖になれるまでは精進するか!」
ローニンが気合を入れなおす。
「ふふ、そうだな。これからはあなたがこの基地の皆を守って行くんだからな」
その後、俺はローニンが用意してくれたという空き家へと向かった。
「そうだ、ガルヴァリでの受け入れの件は上手くいったよ。ギルドマスターがなんとか手配してくれるはずだ。受け入れ後は皆にはしばらく街の宿屋に宿泊してもらう。ガルヴァリの北に空き地があって、そこに仮設の小屋を建設してくれるそうだ。建物が出来次第順次入居出来るぞ」
「おお、本当か!」
「皆今住んでいる所よりも狭くなるし、色々と不便をかけるだろうが、宿泊費や建設費、ここまでの迎えの馬車代なんかは全てギルドで持ってくれる。だからという訳じゃないが、しばらくの間我慢してもらえると助かる」
「何言ってるんだ。命を助けられただけでなく、その後の面倒も見てもらえるなんて有り難い以外の何でもないぞ。我慢だなんてとんでもない。喜んでその通りに動くよ。向こうに移住してからの仕事関係は各自で探してもらう。俺達エリバンのヤツらは女子供もヤワじゃないんでな」
自信を持って、誇らしげにローニンが笑う。イシュエルもローニンも良いコミュニティを作っていたようだ。
「そうか、それなら安心だよ。これからも皆を頼んだぞ。ローニン」
そんな事を話しているうちにどうやら俺の今夜の寝床に着いたようだ。
「シュン、今だから言うが...。シェルターの扉を開いてシュンの顔を見た時は、こんな子供がたった一人で何しに来たのかと正直不安でいっぱいだった。すまん。
だが今はかつてないほどの安心感で満たされているよ。シュンに出会えてエリバンの皆は幸運だ。また明日からもよろしく頼む」
「なんだよ急に改まって。言っただろう。あんまり褒められた事も感謝された事もないから照れるって!まあ、出会った人達くらいは、助けられる力があるなら助けたいからな。俺の出来る事はやれるだけやるさ」
「ああ、そうしてもらえると有り難い。じゃあ、また明日」
「ああ、寝床をありがとうな。おやすみ」
軽く手を上げ去って行くローニンを見送り家に入った俺は、移動中焼き殺した猪を袋から出し、台所に散乱していた食器に浄化をかけ使わせてもらう。袋の中は時間の概念が無いので焼きたての猪肉だ。そのままだと見た目に多少抵抗があるが、焼けた皮を剥ぎ、後ろ足を魔法剣を使って切り取ると、美味しそうな骨付き肉の出来上がりだ。
単品メニューのみだが、腹を満たした俺は、自分に浄化をかけて明日に備え眠りについた。
***
翌朝
目を覚まし外に出ると、生き残った人達が荷物を背負って入口に向かって続々と集まっていた。
皆、昨日までの暗い表情は消え、準備をする姿に力が感じられる。
「みんな良い顔をしているだろう」
「ああ、ローニン。おはよう。みんなどうしたんだ?」
「ははっ、昨日基地の外でとんでもない爆音を鳴らしていただろう?また魔物が襲って来たのかと皆で慌てて見に行ったら、おまえさんがゴブリン共の死骸を消滅させていたわけだ。あの人外の力を見て、全員が悟ったんだろうよ」
「何をだ?」
「この人は本物の救世主だ。この人に着いて行けば自分達は助かるってな」
マジか...。ただ助けようとしただけなのにそんな希望の象徴みないな扱いになっていたなんて...
「...まぁそれで皆の元気が出るなら、それでも良いか!」
自分でも考え方と言うか、気構えが少し変わってきたような気がする。
「よし、それじゃ皆の準備が整い次第出発しよう。っと、シュン。一つ確認しておきたいんだが...」
「ん?なんだ?」
「ウォータの魔法が使えるのか?」
「ああ、昨日も火事にならないように焼け跡に使ったしな」
「そうか、じゃあ飲み水の心配はしなくても良いか?」
「ああ、そういう事か。大丈夫だ。ただ、一度に結構な量が出てしまうから、上手く受けないと殆ど零れるぞ」
「?何言ってる。魔法はイメージで飛ばすんだろ?優しく流すイメージで使えば緩やかに出るだろ?剣士の俺でも知ってるぞ?」
「なんだって?そういう物なのか...」
「おいおい...。あんな凶悪な大魔法を使えるのにそんな基礎知識も無いなんて冗談だろ?」
「ふ、なんせ冒険者になって間もないものでね...」
「それだけの実力なのに流石にそれは無いぜ」
本当なのだが...。また面倒なので深くは言わないでおこう。
浄化で体はスッキリしているが、少し喉を潤したい。
「ローニン、コップみたいな容れ物あるか?」
「ああ、こんなのでよければ」
「ありがとう」
ローニンから木で作られたコップを受け取り、掌から蛇口を少しだけ捻るイメージで魔法を唱える。
「ウォータ」
すると、ローニンの言った通り優しく水が流れ出した。優しくとは言え、一瞬でコップは溢れ、地面に水が零れる。
「おお!便利だな」
「まさか、本当に知らなかったのか?つくづく不思議なやつだな」
「異常なやつとはよく言われるよ」
自嘲気味に言い、コップの水を一気に飲み干す。
適度に冷えていて美味しい水だ。
「ウォータを使える見習い魔導師がいたんだが、ゴブリンにやられてしまってな...。近くに川も無いエリバンは井戸水に頼っていたんだが、移動するとなると水が無い。みんなの飲み水を提供して欲しいのだが...」
「ああ、構わないぞ。ただ、水を出すにもMPを使う。今みたいに溢れたら勿体ないな。大きな容れ物に一気に水を入れてそこから皆で水を取るのはどうだ?」
「良い案だが、大きな容れ物か...。馬用の桶ならあるが、運搬が大変だぞ...」
「大きな荷物は俺が持つ。移動中の護衛に回る兵士達の生活用品も持つから護衛は俺に荷物を預けて身軽になってくれ」
「...また、とんでもない事を言い出したな。どうせまた何かあるんだろ?分かったよ。用意させる」
そう言ってローニンは兵士達を集め、荷物を1カ所に纏めてくれた。
「馬桶も持って来たぞ。さて、どうするんだ?」
「まずは、浄化!」
荷物も馬桶も一纏めで綺麗にする。汚れて使い込まれていた馬桶も一瞬で新品のようだ。
「便利だなー。スキルか?聞いた事がないが、何になったら覚えられるんだ?」
「うーん。実は俺もよく...」
あ、待てよ?
浄化はどうやって覚える?
特殊スキル:浄化
取得条件
無
えっ?
思い返すと確かに俺は最初から覚えていたが...
「ローニン、変な事を聞くが、今までここを綺麗にしたい。と思いながら言葉に出して浄化!って言った事あるか?」
「んーっ?そんなのあるに...。いや、ない...かも...?」
「ちょっとこの水で濡れた地面を綺麗にしたいと念じながら言ってみてくれ」
よくよく考えると、エルモナルでは自分のステータスを見る事など普通出来ないはずだ。つまり自分が元から持っているスキルの事など知らなくて当たり前なのだ。
「なんだか恥ずかしいな。ごほん。浄化!」
「...」
地面に変化は見られない。
「うおいっ!何も起こらないじゃないか!」
恥ずかしいのか、顔を赤くしてローニンが怒る。
「そうだな...。皆も汚れた所に向かって綺麗にしたいと思いながら浄化と言ってみてくれないか?」
俺は周りに集まって見ていた人達にも声をかけてみる。
「まさか、使えるかもしれないのか?よーし!浄化!」
「浄化!」
「浄化!」
あちこちで浄化の声が聞こえるが何かが起こった人はいない。
才能の有無が関係していると思ったが検討違いか...。
と、その時。
「わあ!綺麗になったよ!」
小さな女の子が喜びの声を上げる。
「おおお!サーシャ!凄いぞ!使えるのか!」
「えへへ、そうみたい。お兄ちゃんは?」
「む、にいちゃんはダメだった。けど、サーシャが浄化を使えるなんて、にいちゃん自分の事のように嬉しいぞ!」
エリックとサーシャが喜び合っている。
「やっぱりそうか。サーシャはこのスキルを使える才能を持っていたって事だな。他にはいないか?」
周りの人達は一様に残念そうに首を横に振る。
「そうか、100人いて一人しか使えないとなると、そこそこのレア才能かもしれない。ガルヴァリでもそのスキルがあれば困っている人を助けられるし、浄化スキルで食べて行く事も出来るかもしれないな」
「良いなー。サーシャ!」
「良かったな!サーシャ!エリック!」
思わぬ所で才能を持つ人材を見つけた。兵士の父親が食いぶちを稼ぐだろうが、サーシャも有能な稼ぎ頭になるかもしれない。
「よし、それじゃ桶も綺麗になったし、早速水を入れてみるか!」
「おお、良いな!実は俺もさっきから水を飲みたかったんだ」
ローニンが喜ぶ。
「ふふ、それじゃ...ウォータ!」
今度はホースから水を出すイメージで魔法を唱えると、適度な勢いで桶いっぱいに水が溜まった。
「よし、欲しい人は2列に並んで順番に自分の容れ物に水を掬ってくれ。俺のMPにも限りはあるから、一人一杯で頼むぞ」
「おおー。ありがとう!では早速...」
ローニンに続き基地の人達が次々と水を掬って一気に飲み干す。
「なんだ⁉︎この水は?程良く冷えてるし、変な雑味や匂いも無い!スッキリしていて、こんな美味い水初めて飲んだぞ...」
魔法で産み出された得体の知れない水が、井戸で汲み上げた地下水より美味いのか...。
...みんな喜んでくれているから良しとしよう。
...問題は次だ。
「ローニン、皆!これから俺のやる事はここだけの秘密にしてくれ。絶対に口外しないように!」
「?分かった。皆!シュンは命の恩人だな?絶対に秘密は守るぞ!」
「おう!」
「分かった!」
「当たり前だ!」
「よし、じゃあ、やるぞ?」
俺は腰に下げていた袋を外し、兵士達の荷物に当てた。次の瞬間、山と積まれていた沢山の荷物がみるみるうちに袋に吸い込まれ、一瞬で全ての荷物が収納された。
「...」
「...」
「...」
目が点になると言うのはまさにこの事だろう。
全員引いてしまっているようにも見える。
「...これも、魔法...なのか?」
「まあ、そんな所だ。しまった物を出す時は言ってくれればそれを出すからな」
「シュンといると、いちいち全てに驚いていたらそれだけで疲れるな」
呆れた苦笑いでローニンが言う。
「はは、まあ、俺はそういう物だと思ってくれ」
「そうする事にするよ」
ローニンもやっと俺に慣れて来てくれたようだ。
「よーし!それじゃ皆!いよいよ移動を開始するが、シュンや護衛が着いているからと言って油断するなよ!これは旅行じゃない!基地から出た事のない者は魔物が突然襲って来ても慌てるな!シュンと護衛を信じて速やかにガルヴァリまで進むぞ!」
ローニンが出発前に発破をかける。
「感知スキルで周辺に魔物がいたら分かるが、俺に頼り切りにならないように!俺が崩されたら総崩れ、のような事は避けなければならない!各自も周囲への警戒は怠らないでくれ!全員無事でガルヴァリまで行くぞ!2、3日後には向こうからの迎えの馬車と合流できるだろう。それまでの辛抱だ!みんな頑張ろう!」
ローニンに続き俺も気合いを入れ皆を奮起させる。
「では、、、出発!」
こうして故郷を離れ、エリバンの人々はガルヴァリへの移動を開始した。




