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103.竜王ザダル⑥


「グラビティショット!」


一人の幼い少年が垂直に聳え立つ大きな山に向かい何度も技を繰り出している。空まで届くその巨大な崖の先は、常に雲に隠れ見る事はできない。



少年が突き出した拳の先から直径30センチ程の黒い球体が現れ、少し離れた岩肌にぶつかると音も立てず消滅してしまった。



「…相変わらず見た目だけで威力は皆無だな」


少年の背後から屈強な男が腕を組みその様子を見て呟く。


「…お父さん」


「ザダル。おまえはこの世に二人しかいない、黒竜の素質を持って生まれたとても貴重な子なのだ。これがどれだけ幸運な事か、お前にも分かるな?」


「…はい」


「黒竜は全ての竜人の中でも最強種。現竜王カナロア様の次はお前が竜王になるのだぞ。それなのに、そのお前がそんなに弱々しくてどうする!」


「…ごめんなさい」


男はその体に似合った荒々しい声で続ける。


「良いか?何度も言うが、黒竜は人の上に立つ者なのだ。人々を正しく導く役目を神から与えられたのだ!その役目を全うする為には実力が伴っていないと話にならん!」


「…はい」


ザダルの父親ラアは、覇気の無い息子に困ったものだと溜息をつく。


「まったく…。良いか、せめて岩肌を削れるくらいまで頑張れ。そこまで出来たら今日の訓練は終わりにしよう」


「はい…」




…今日中になんてできるわけがない。




もう夕方になるが、朝からずっと、いや、ここの所もう何日も、この技で岩肌を削ろうとしているが一向にできる気配が無いのだ。




少年ザダルは思う。


自分は黒竜として生まれてきたが、本当にお父さんの言う通り最強の存在になるのだろうか?


本音を言うと、家の中で一日中絵本を読んだり、物知りなお母さんの色々な世界のお話しを聞いたりしていたい。


そうだ、たまには幼馴染のレイルやシルと庭で追いかけっこをして遊びたいな。レイルは足が速いからなかなか捕まえられないけど、それでも三人で笑ってはしゃぐのは楽しい。


そんな事を考えながら放つ黒い球は、相変わらず壁に当たると力無く消えてしまう。


…お父さん。どうして僕にそんなに厳しくするの?僕は何故黒竜なんかに生まれてきたの?もう体中へとへとだよ。帰りたいよ。もうこんな戦う為のお稽古はやめたいよ…。


「うっ、ぐすっ…」


ザダルは技を出しながら泣いてしまった。


「…ザダル、どうした?お前は強くならなければならないんだ。こんな簡単な訓練で泣いてどうする?最強の黒竜は涙なぞ流さないのだぞ?」


「ぐすっ、ひっく、だっ、だって、僕、出来ないよ、ひっく、お稽古やりたく、ないっ、うっ、うっ、お父さん、もう帰ろうよ、ひっく…」


小さな両手で涙を拭うザダル。


「バカ者!やるのだ!お前は黒竜だろう!このくらいの事ができないでどうする!」


「うえっ、ええーん。えーん。僕は黒竜じゃなくて良いよ。黒竜なんて僕ヤダよ。うええーん!」


「なっ!なんて事を!この罰当たりが!もう良い!来なさい!今日は晩飯抜きだ!屋根裏部屋で自分が言った事をよく考えて反省するのだ!」


「うわーん!わーん!」


ラアは泣きじゃくるザダルの腕を無理やり引っ張り家へ帰るのであった。



***



…竜人族は生まれつき使える技の特性が決まっており、それによって竜化した時の体の色が分かる。


炎を操るレッドドラゴン

水を操るブルードラゴン

風を操るグリーンドラゴン

土を操るイエロードラゴン


通常四種と呼ばれる彼らは最も出生率が高い。


そして、希少種と呼ばれ、雷を操る

シルバードラゴン


更に存在が稀有で、一時代に一匹いるかどうかという超希少種が

自らの肉体を操る黄金竜(ゴールドドラゴン)

そして

空間を操る黒竜(ブラックドラゴン)

となる。


大概の竜人族は通常四種のうちいずれかの素質を持って産まれるが、完全体の竜化まで至るのは数えるほどで、戦時に於いては竜化したドラゴンが一頭でもいれば相当な戦力となる。


希少種のシルバードラゴンの力は言うまでもなく、その上の黄金竜や黒竜ともなると、いずれの場合も産まれれば一国の指導者となるだけの強力な力を持つ。



***



神の山に大穴が開けられる数日前…。


夜、人気の無くなったパンデモニウム学園の地下。


とある一室に三人の人影があった。


その入り口は不思議な力で隠されており、生徒達や教師でさえも、入ることはおろか目にすることさえできない、いわゆる秘密の部屋だ。


「教頭先生、こんな時間に僕に何の用ですか?」


「…何、君にこの方を是非紹介しようと思ってね。これから先の君にとって、きっと必要となる方だ」


「…」


ザダルの前には、山羊の頭蓋骨でできた不気味な仮面を被り、全身真っ黒のローブを羽織った一人の男がいた。


「初めまして。ザダル君。教頭先生から聞いたが…、君はとても優秀な生徒だそうだね?」


「…」


「クックック。そう警戒しないでくれたまえ。私は君の味方だ。私なら君の手助けができるのではないかと思ってね」


「手助け?」


「そうだ。君は努力家で誰よりも強さを求めている。そしていずれは人々を導く存在。きっと私達の力が必要になる」


「…」


「ザダル、この方はとある組織の偉い方だ。信用できる人である事は私が保証する」


怪しげな仮面を被り、素顔も見せない男を、普段あまり話した覚えの無い学園の教頭に保証されてもあまり信用出来るものではない…。


「おお、そうだ、挨拶がわりにこれをあげよう」


仮面の男は懐から不思議な形をした笛の様なものを取り出しザダルに渡した。


「…これは?」


「それは魔笛と言う魔器だ」


「魔器?」


「そう。我らの組織には優秀な人材が多い。様々な人の役に立つ道具を発明している。まあ、普通では手に入らない不思議な力を持つ道具達を我らは魔器と名付けたのだ」


「なるほど、確かに見たことがない道具ですね。…どういった道具なのですか?」


「…それは、魔物を引き寄せる笛だ」


「なっ⁉︎」


「なんですと⁉︎…そんな物まで発明しているとは…」


教頭も驚いているところを見ると相当レアなアイテムらしい。


まあ、本当に魔物を引き寄せるなどという、とんでもない力を持つ道具なら驚くのも当然だ。使いようによっては村や街くらいなら簡単に滅ぼせそうだし、軍事利用しようものなら相手にとっては脅威でしかないだろう。


「…にわかには信じ難いが…」


「クックック。まあ使ってみれば分かる。引き寄せたい魔物を頭に浮かべながら吹くと良い。長く吹けば遠くまで笛の音は届き多くの魔物を呼び寄せる。最初は弱い魔物をイメージして短く吹くのが良いだろう」


「…」


「まあ、吹いた者を優先して襲うせいで、いまいち使い勝手は悪いがね…」


なるほど。悪用は難しいのか。それなら初めて会う若僧に惜しげもなく渡してしまうのも分からなくもないか…。


「それと…。こっちの方が君は興味を持ってくれると思うが…」


勿体ぶるその様子から、仮面をしていてもその奥でどんな顔をしているのか分かる。さぞ醜悪な薄ら笑いを浮かべているのだろう。


「一応聞きます。なんですか?」


「クックック。竜人族という種族は…強くなると姿を変えるらしいね?」


「⁉︎どういうことだ!教頭!この人は…。竜人族ではないのか?」


「ザダル、落ち着け。これは最近分かってきたことだが…外の世界はあるのだ」


「なっ⁉︎」


「まだその存在は一部の竜人しか知らないがな」


「そ、そんなバカな…」


「神の山の外に我々竜人以外の種族はいる。これが明るみになると大問題になるだろうから今はまだ口外するなよ。まあ、言っても誰も信じないだろうが…」


教頭の口調が変わり、静かな中にも有無を言わせない凄みを感じる。


「我らは人族。君と同じように空間を操る術を持つ。神の山とやらもその力で越えてきた」


自分と同じように空間を操る人族だって…?冗談じゃ無い。空間を操れるのは黒竜だけの特権だ。その力があるからこそ全ての竜人に敬われ、最強と言われているのだ。それを、こんな怪しげな男に使われてたまるか。


戸惑うザダルに仮面の男は続ける。



「そして…我らは秘めたる力を引き出す術も持っている」



「⁉︎そ、それは、まさか⁉︎」


「竜化…。と言うそうだな。素質を持つ者に限られるが、我らなら完全な竜化に導く事も可能だ」


とても信じられない…。しかし…。いや、ありえない。


「ちょっと待って下さい。あなたは竜人族でもないのに何故そんな事ができると言い切れるのですか?」


「クックック。そうだったな。君は頭もキレるのだったな」


「…」


「外の世界には人族の他にも魔人族というのがいてね。そいつらも覚醒と言って、自らを変身させて力を増大させる術を持っているのだよ」


「…魔人族で試行済み。ということか…」


「クックック、その通り」




…そんな単純なものなのだろうか?




…まさか、人族は竜人の身体と魔人族とやらの身体の仕組みを調べ上げ確証を得ているのだろうか…?


「…人体実験でもしたか?」


「クックック。直接的な質問だな。まさしく!発明の為にはある程度の犠牲は付き物なのだよ。そうやって優れた個体は力を得、成長するものなのだ」


「…」


「君なら私の言ってる事が分かると思うのだが…?」


なんにしてもこいつは危険な人物に変わりはないようだ。


ただ…。


「…ええ、分かります。ですが、まずはこの笛の効果を確認させて下さい。秘めた力を引き出す話はそれからです」


なんのリスクも無しにパワーアップだけできるなんて、そんな都合の良い話がある訳がない。まずはこの人族とやらの力を見極めるのが先だ。


「…なるほど。良いだろう」


こいつが危険な人物であろうとも、学園首席の僕なら大丈夫。こいつも教頭も裏で何か企んで僕に近づいて来ているのだろうが、こちらはこちらで逆にこいつらを利用してやれば良い。本当にすぐにでも完全な竜化ができたなら学園始まって以来の快挙だ。


いや、それどころか僕はブラックドラゴンだ。黒竜の完全竜化が現実のものとなれば、もう一人の黒竜は老いた竜王カナロアしか居ない。ドラゴニアは国中大騒ぎになるだろう。


…教頭に感謝だな。


「これからどうぞ宜しく…。ええと…?」


握手を求め差し出したザダルの手を、仮面の男が握り返す。




「我が名はトゥクル。闇の眷属の幹部だ」






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