102.竜王ザダル⑤
「グワアアアアアッ!」
ビリビリビリッ!
思わず耳を塞ぎたくなるような咆哮が空気を震わせ、腹の底に響く。
空を覆うほどの巨大な翼を巧みに操り、繰り出される尻尾の一振りは、一度に何匹ものワイバーン達を地面に叩き落とす。
恐ろしい形相の眼は赤く光り、口からは黒い炎が吹き上がる。
「あの黒竜、まさかとは思うが…ザダルかの?」
「まさか!流石にザダルでも全身の竜化はまだのはずでしょう?」
「し、しかし、黒竜なぞそうそういるものではない、現在確認されておるのは、竜王カナロア様と、ザダルしかおらぬはず…。王都におるはずのカナロア様にしては若過ぎる気もするしの…」
「確かに…じゃあ、あれはやっぱり…」
「!シルヴィア!避けるのだ!」
「あっ!」
ゴオオオオォォッ!
黒竜がワイバーンに放った黒炎が、二人の頭上の木々を一瞬で灰にする。
シルヴィアに覆い被さるようにしたレイルの背中は熱で焼け爛れてしまった。
「んー?おや?おやおやおや?そこにいるのはレイルとシルか?こんな所で何してるんだい?」
「レイル!大丈夫⁉︎」
「くっ!心配ないわい。それより、やはり…主はザダルかの…?」
「ふっふっふ!驚いた?僕はついに完全体になったんだよ!これで空の上まで飛べたから神の山が僕らを閉じ込めてるって事に気付いたってわけ!凄いでしょ!」
「ザダル!あなたの炎が今レイルに当たったのよ!怪我もしているし、このワイバーンの数!私達を助けて!」
溶けた鉄鎧を脱ぎ捨て、背中の熱に苦悶の表情を浮かべるレイルを横に、シルヴィアが助けを乞う。
「ああ、…レイルともあろう者がなんて姿なんだ。それでも学園の二番手かい?」
「⁉︎」
「ザ、ザダル⁉︎」
「やれやれ。それにこのワイバーンどもは僕が集めたんだよ。他の奴らに狩らせず、僕が皆殺しにする為にね。学園の試験でそんな事ができるやつなんてこの先現れないよ?」
「なんですって⁉︎」
「飛竜を集めるなど、出来るわけが…!」
「それが出来るのさ。危険を感じると逃げるはずのワイバーン達が、何故逃げずに僕に向かってくるのか不思議じゃなかったかい?」
「言われてみれば…」
「この世の中には他の生物の本能さえもコントロールしてしまうような、優れた種族がいるってことさ」
「なんだと⁉︎」
「僕はいつまでも閉鎖的なこの世界を変える。僕の力をここまで引き上げてくれたその人達とならそれも可能だと確信したね」
「あなた…何を言ってるの?」
「シル、レイル、君達も一緒に僕の世界へ連れて行ってあげようと思ってるんだけど、どうかな?」
「そんな事どうでも良いわよ!早くレイルを助けて!」
「…」
「ザダル…なんか変だよ?いつものあなたは何処に行ったの?」
泣くシルヴィアに、空に浮かぶザダルを無言で睨むレイル。
ワイバーン達は何故かその動きを止めている。
「…その様子だと、レイルも僕の話に興味は無いようだね」
「そうだの。全身竜化したせいか分からぬが、興奮して自分を見失っている今の主では話にならんの」
「ふっふっふ!そうかそうか!だけど、どうしてそんなに力を持つ事の素晴らしさが理解できないかなあ!」
「…」
「そうだ、分かった!ねえ、二人とも!これを見なよ!」
そう言ってザダルは山の壁に正対すると、体の中にエネルギーを凝縮し始める。
グゴゴゴゴゴゴゴ…!!!
胸の辺りが眩しく輝き、膨大なエネルギーが大地を、空気を揺らす。
「きゃ!」
「ぬうう!シルヴィア!我に捕まれ!」
エネルギー圧に耐えきれなくなったワイバーン達は、気絶し糸を切られた吊り人形の様に次々と地面に落下して行く。
そして、黒竜ザダルがゆっくりと口を開くと、胸の辺りで輝いていた光が喉の中をせり上がり開いた口の前で収束する。
二人があまりの眩しさに光を直視できず、目を閉じそうになった次の瞬間。
キュンッ!
カッ!
ッッドゴオオオオオオオォォォォォォ!!!
小さな光の球が吸い込まれるように神の山に向かい、その岩肌に触れた瞬間、爆音とともに視界は眩い光で見えなくなり、凄まじい衝撃波と灼熱の爆風が一瞬にして辺り一面を通り過ぎた。
咄嗟に竜化した右腕を盾にして身を護った二人が、うっすら目を開け辺りを確認すると、川の水は蒸発し、周囲の大木達は全てワイバーン諸共消え去っていた。
そして…、光が直撃した岩肌は一面焼け焦げ、地上から50メートル程のところには綺麗にくり抜かれた円形の大きな穴が空き、何処まで続いているのか、その先を見る事はできなかった。
「はあっ、はあっ、流石に体力消耗するなー。少し疲れちゃった。ふっふっふ!けど、どう?これがドラゴンブレスだよ!ビビッちゃうでしょ⁉︎」
唖然とする二人に満足そうなザダル。
「…」
「ザダル、不可侵とされておる神聖な神の山に…よもやこのような事をしでかすとは」
「だからそれは僕らを閉じ込めた奴が、僕らを外に出さないようにそう言ってるだけなんだって!実際こうやって穴開けちゃえば外に出られるんだから!」
「…ザダル、今、下手したら私達死んでたけど…」
ザダルは僅かに言葉に詰まった後、凶悪なその顔に笑みを浮かべ悪びれず言った。
「シル…。ごめんね。僕も初めて使ったからどれ程の威力か分からなかったんだ。それに…。言っただろ?弱い奴が淘汰されるのは当たり前の事。自然の摂理なんだよ」
「…あなたからしたら、私達は仲間ではなくただの弱い奴って事ね」
「うーん。まあ、耐えたんだから弱くは無いかな!」
「なっ⁉︎」
「じゃあ!これを見てもなんとも思わないような君達に用はないや。僕だけで次のステージに行くね!」
「⁉︎」
「あ、いずれは僕が竜王になるから、その時は配下として仕えられるように二人とも鍛錬しておくようにね!」
ザダルはそう言い放つと神の山へ開けた穴へ向かい飛び去って行った。
黒竜が飛び去り、全身緊張で硬っていた二人はその場に座り込む。
「あやつは…ザダルではない。いつもと明らかに様子が違った」
「だからなんなの?…アイツは!実際目の前で私達を危険な目に遭わせたのよ!」
「シルヴィア…」
「…私達の知っているザダルはもう居ない」
更地となった森に冷たい風が虚しく吹いた。
「…一つ、気になるのだが…」
「…何?」
「奴の言っていた、力を引き上げてくれた人達と言うのが元凶ではないのかの?」
「…」
「ザダルがそやつらに何をされたのか分からんが、竜化がいきなり進んでおったのもそやつらの仕業だとすると、急激な成長が精神に何かしらの影響を与えたのやも知れぬ」
「…何者なんだろう。そいつら」
「さあの…、そしてそれよりもさらに気になるのは、そやつらがザダルを成長させる事で何をしようとしておるのか?何が自分達にとって利益となり、そのような事をしているのか?…だの」
「まさか…。ザダルは利用されてるって事?」
「分からぬ。ただ、ザダルも力に執着しておったのもまた事実。そしてあの恐ろしき力。もしかすると利害が一致したのやもしれぬ」
ザダルを後ろから操り、我ら竜人族をどうにかしようとしておるのではないだろうの…。
「いずれにしても我らにとって何か良くない、恐ろしい事が起ころうとしておる気がしてならん。急ぎ学園に戻り先生方に報告しようぞ」
「そうね。あなたの怪我の事もあるし、急いで帰りましょう」
二人は支え合い、とぼとぼと更地を歩いた。
先程のドラゴンブレスの衝撃波の影響を受けずに済んだ森の際まで来た時、二人は異様な視線に気付く。
「シルヴィア、感じるかの?」
「ええ、まずいわね。友好的なものでは無いみたい…」
「一難さってまた一難。すんなりと帰してくれぬかのう…」
諦め半分で視線の先を見る。
「…最悪の相手だの…」
「ガーディアン・ロード…」
二人の前に全身淡く光る頭部の大きい小さな少年が立っていた。
ククナの森の主ガーディアン・ロード。森に生息しているのは一体のみで、ククナの森のどの魔物よりも強く、精霊なのではないかとさえ言われている。
「主は…精霊であると聞いた事があるが、話はできるかの?」
「私達はここを通りたいだけ。あなたに危害を加えるつもりは無いわ」
…
オマエタチ。
口は動いていないが頭の中に不思議な声が届く。
スデニ キガイ クワエタ。
モリ ナクナッタ。
ヤマ コワサレタ。
「!すまない!それは我らでは!……いや、我らの、我らの仲間が、やったこと。だの…。そやつになりかわりお詫び申し上げる」
「レイル…」
深く頭を下げたレイルに続いてシルヴィアも頭を下げる。
アヤマッテモ オソイ。
ウシナワレタ モリノ イノチ モドラナイ。
キュィィィン!
「⁉︎」
「レイル!」
ドッ!
静かに前に出された人差し指の先から、光線が放たれ、レイルを突き飛ばしたシルヴィアの脇腹を貫通する。
「ああッ!」
「シルヴィア!!」
レイルはその場に倒れたシルヴィアを守るように抱きしめ、傷口を手で押さえ付ける。
「バカ者!我によくバカと言うが、主も大概ぞ!」
「へへ、ほんとだね。ごめんね、レイル、私も歩けなくなっちゃった」
ガーディアン・ロードの放った光線は、腹から背中を貫通し傷口からは止めどなく血が流れ出ている。
青ざめたシルヴィアの額に、大粒の汗が浮かぶ。
「痩せ我慢しおって、ここを押さえて少しじっとしておれ。回復薬をかければ止血はできるだろうの」
「ええ」
そう言ってレイルはガーディアン・ロードに向き直る。
「大事な森を汚してしまった事、誠に申し訳なし。代わりとして充分足るものか分からぬが、我の命を主に捧げよう。その代わり、どうかこの人だけは見逃して欲しい」
「ゴホッ!レ、レイル!何を言ってるの⁉︎」
「ハッハッハー!最後くらい愛する者の為にカッコつけさせてくれい!」
「ダメだよ!ガーディアンさん!命を取るなら私にして!この人はこの先竜人族にとって必要な人なの!」
「な、何を申すか!主は少し黙っておれ!」
「そうはいかないわ!ここだけはどうあっても譲れない!ガーディアンさん殺すなら私を!」
「いや何を言うか、我をやってくれい!」
言い争う二人を不思議そうに見つめるガーディアン・ロード。
オマエタチ リカイフノウ。
ナゼ シニタガル?
シ ガ コワクナイノカ?
「…死ぬのは、…怖いわ。でも大事な人を救える希望が少しでもあるのなら、あなたが私一人の命で満足してくれるのなら、その命をかけて交渉する価値は、あるのよ」
…
ワタシハ ウマレテカラ ズット ヒトリ。
オマエタチ ノ キモチ ワカラナイ。
ジブンガ シンデモ マモリタイ モノガ。
ソンザイ スルノカ。
……
リュウジン フシギナ イキモノ。
ナクスノ モッタイナイ。
「えっ?」
そう言った次の瞬間、そこにいたはずの少年の姿は消え去っていた。
「た…助かった、かの?」
呟き、その場にへたり込むレイル。
「やれやれ、今日は肝を冷やす頻度が多過ぎるわい。命がいくつあっても足りぬと言うやつだの!」
危機が去った安堵感から、冗談混じりに言いながらシルヴィアの方を振り返ると、腹から血を大量に流したままシルヴィアがぐったりしていた。
「!シルヴィア!どうした!回復薬は⁉︎」
「…バカね。…まだ残ってたらさっきあなたの背中の火傷に使ってたわよ…」
「ッ!そ、そんな…」
「ごめんね。…レイル。…自分を、責めないで。私、最後に、あなたの返事が、聞けて良かった…」
「最後だなんて…な、何を申すか!」
「へへ、私の事、愛する者って、命をかけて、守ろうとして、くれたね。ありが、とう…」
「ああ、ああ!守るとも!これから先もずっと守らせてくれい!頼む!シルヴィア!」
「レイル…。ごめん。私もできれば、そうして欲しいけど、それは、無理、みたい、だよ」
徐々に意識が遠のいていく様子のシルヴィア。
「あなたに、会えて、一緒に、ここまで、成長、できて…。楽しい、人生、だったなあ…」
「バカ者!まだまだこれから先も一緒におるのだ!」
「へへ、死ぬまで…一緒?」
「当たり前だろうの!だから死ぬな!死ぬのは今では無いんじゃ!」
レイルの溢れる涙がシルヴィアの頬に零れ落ちる。
「レイ、ル、ありが、と。…愛、して、、、」
「シルヴィア!ああぁ、ダメだ、ダメだ…、シルヴィアよ。目を閉じんでくれ!頼む!死なんでくれい!」
シルヴィアは愛しい人の腕に抱かれ、満足そうに優しく微笑むと、眠るようにその目を閉じたのであった。




