101.竜王ザダル④
ククナの森の歴史は古い。
長い時を経た古の森には、抱えきれないほどの太い幹と、見上げるほど背の高い木々が鬱蒼と茂っている。
川を迂回し、目立たぬよう森の中を歩く二人の右手には、ほぼ垂直に聳え立つ神の山の岩肌が木々の僅かな隙間から窺える。
大木達に陽の光は遮られ、日中とは思えない程薄暗い。
木の根も地面も深い苔で覆われている事から、年中このように薄暗いのだろうと想像がついた。
不気味な森の中を二人は魔物に警戒しつつ、ゆっくり進んで行く。
「しかし、狩場を見誤ったのう。近場で普通にワイバーンを狙うべきだった」
「…もう済んだ事よ」
「…」
大きな木の根を踏み越えながら話す二人の間に、重たい空気が流れる。
「ザダルは…」
「え?」
「いや、あやつは上手くいっておるかと思うての…」
「人の心配してる立場?」
レイルは、なんとなく会話に困って話題にしたが、シルヴィアには呆れた顔をされてしまった。
「…あいつは、誰よりも強いもん。大丈夫だよ」
前を歩くシルヴィアが顔をこちらに向けず歩きながら言う。
「そ、そうだの。我ら三人、幼き頃からずっと一緒だが、あやつだけ一つも二つも飛び抜けておったからのう」
「…」
「しかし、シルヴィア。我は思うのだ。ザダルは何かこう…、上手く言えんが、強さに追われておるような気がしての」
「…」
「主も薄々気付いておろう?あやつが力を求め過ぎて、道を誤るのではないかと我は不安なのだ」
「…そうね」
「…我ら二人で、ザダルを支えて行かねばの」
「…」
ふと、シルヴィアが立ち止まりレイルの方へ向き直る。
「おっと、どうした?急に立ち止まるな」
「…」
「シルヴィア?お主、泣いておるのか?」
「レイル。あなたは…」
「な、何だ?急にどうしたのだ?」
「あなたは、優しい。いつも誰かを助けたり、支えたり…」
「それはそうだ。それができる者というのは限られておるのだ。誰もができることではないのだ。であれば、そうするのは当たり前の事だろうの?」
シルヴィアは涙を溜めた目を下に向ける。
「…私は、…あなたを支えたい」
「え?」
「あなたは誰かを支えてばかりいる。だけどあなたの事は誰が支えているの?」
「我の事…」
「私はあなたを失うのが怖い。あなたのあの大怪我を見て心からそう思った。ザダルが道を踏み外しても、あなたがいればなんとかできると思える。でも、あなたを失ったら私は…」
シルヴィアは声を抑えきれず嗚咽を漏らす。
「…わ、分かった分かった。一度落ち着くのだ」
レイルは彼女の小さく震える肩に手を置く。
…恐怖を押し殺して我に着いていてくれたのだの。
「シルヴィア。ありがとうの」
レイルがシルヴィアを優しく抱き寄せると、少しして彼女は落ち着きを取り戻す。
「…ぐす。へへ。ちょっと似合わない事言った?」
「ハッハッハ。そうだの!」
「むう。何よ!真剣に言ったのに!」
「ハッハッハ。…いやしかし、お陰で元気が出たわい。主の言葉は回復薬以上だの!」
「ふふ」
二人は恥ずかしそうに距離を置く。
「ねえ…レイル」
「む?」
「後で、返事聞かせてよね」
「ぬ?」
「ぬ?って!女の子が頑張って告白したんだよ?そのまま何も無いわけじゃないでしょうね?」
「コク!いやッ、あのッ、あれは、その、恋愛感情ということで宜しかったのかの⁉︎一人の仲間としてというか、幼馴染としてということでもなく。その………。………我で良いのかの…?」
「…何回言わせる気なの?バカ!」
「あっ、すまぬ。シルヴィア、ま、待ってくれい」
話す前よりも早足でシルヴィアが歩き出し、レイルが慌てて後を追う。
見えていなくても、前を行くシルヴィアの顔が笑っているのが分かりレイルの顔からも思わず笑みが溢れた。
二人が再び歩き出したその時、束の間の明るい雰囲気を壊すかのように、突然頭上からけたたましい生き物達の鳴き声が響く。
キィィ!
グワッ!グワッ!ギャギャ!
「レイル!」
咄嗟に二人は見つからないように木の根元へ張り付く。
「あれは…、ワイバーンかの⁉︎」
「あんな数の群れ、見たことがないよ…」
空一面を覆い尽くす勢いで何匹ものワイバーン達が頭の上を飛び去って行く。
「今あいつらに見つかったらお終いね。なんとかやり過ごそう」
「だの。しかしあやつら、皆一様に何処かに向かっているように見えるの」
「確かに。どこに向かってるのかしら?」
「方角からして…神の山だが…。むっ⁉︎」
「レイル?どうしたの?」
「なっ!何だ!あれは!!」
ワイバーン達の向かう先を木の隙間から注意深く見てみると、そこにはワイバーンの群れを一方的に蹂躙する一匹の巨大な漆黒の竜の姿があった。




