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100.竜王ザダル③


グワアッ!


「くっ!邪魔するでない!」


ザンッ!


ギャッ!


パンデモニウムA地区を異常な速度で駆け抜けたレイルは、半刻もかからずしてククナの森にある川辺に来ていた。


空も開けて視界も良好。ライバルもおらぬし絶好の狩場かと思うたが…。


ガウッ!


くっ!まさかドラゴンリザードの群れに遭遇するとは!


全長6メートルはあろうかという巨大なワニの姿をしたドラゴンリザードは、頬まで裂けた大きな口を開け、鋭く並んだ牙を光らせ威嚇する。


ガチンッ!


その鋭い牙を使った獰猛な噛みつきを躱しつつ、竜の爪で弱点の眼や比較的柔らかい腹に攻撃を当てて行く。


ザシュッ!


グオオッ!


既に5匹は倒しているが周りには未だ十頭を超えるドラゴンリザード達が獲物を狙い隙を窺っている。加えて一つ気になるのは群れの一番奥で眼を光らせている一際大きな個体だ。


「あやつが群れのリーダーか...。雑魚どもの群れだけでも骨が折れると言うのにッ!」


野生の魔物だが、群れで行動するだけあって統率が取れているようで、周りの通常個体達はドラゴンリザードリーダーの発する声に従い動いているようだ。


「ぬうぅ…、せめて左腕も竜化に至っておればのう…!」


竜人族は、戦闘能力が上がるにつれ部位毎に竜化が可能になる。


まずは良く使う利腕が、次に反対の腕、脚と胴体を経て尻尾が生え、程なくして顔が恐ろしい竜の物となり、最後に巨体を空に浮かべる大きな翼が開き、完全体に至る。


戦闘のエリートが集まるパンデモニウム学園に於いても、学生のうちに完全体までになった者はいない。


例年であれば、首席を取るほどの実力者でようやく利腕の竜化が出来る程度だ。


レイルは異常に発達した右腕を駆使し、自分の何倍もの大きさの巨大ワニ達を次々と倒して行く。


深く青い鱗に覆われ、返り血を指先から滴らせるその右腕は、息を呑むほどに残酷で美しい。




ドガッ!


「グウッッ⁉︎」


紙一重の戦闘を続けていたレイルだが、突然背後から全身に強力な一撃を受ける。


幅のある川の水面を軽く飛び越え、反対岸までの長い滞空時間の中で自分のいた場所に目をやると、一際大きなドラゴンリザードが尻尾を振り終え、咆哮している。


(ヤツかっ!ググっ!息ができぬ)


配下を何匹も殺され怒り狂ったドラゴンリザードリーダーの咆哮を受け、手下のドラゴンリザード達は一斉に川へ飛び込み、その巨体を左右にくねらせながら荒々しく水飛沫を上げ、川を挟んで反対側まで飛ばされたレイルの元へ襲いかかる。


(何本か骨が折れておるな…。立つ事すらできぬ…。よもやこんな所でッ!…父上、姉者、すまぬの…)


レイルがあまりにもあっけなく訪れた死を意識したその時。



爆破壊拳(クラヴァ・マガ)!」



ドッ!ガアアアァンン!!


ギャアアアァァッッ!!




…絶体絶命。死を覚悟したレイル。


はたまた、勝利を確信し、仲間の仇を討てると喜び勇んで川に入ったドラゴンリザード達。


双方が動きを止め、凄まじい音と断末魔の叫び声がした方を見る。


太陽の光が逆光となり、そこには一人の小さな少女のシルエットが見えた。その人物は、動かなくなった巨大な魔物の頭上に立ち、言葉もなくこちらを見下ろしている。体の線は細く、しかし、右腕だけが異常に発達しているのが分かる。


その少女は、無惨に粉砕されたドラゴンリザードリーダーの頭から軽やかに飛び降り、そのまま助走をつけ、呆然とするドラゴンリザード達の頭上を一っ飛びし、レイルの側に着地した。


(…!シ、シルヴィア⁉︎)


「…全く、自分の近くで狩りをすれば良い、なんて言っておきながら、何やってるのよ?」


「ガフッ!グゥッ!すまぬ…。しかし、何故ここに?」


「べ、別に良いでしょ!私もワイバーンを狩るならここが穴場だと思ったんだから!」


「そ、そうかの。しかし、我らが二人いては禁止されている共闘にならぬかの?」


「バカ!そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」


ドラゴンリザード達は突然リーダーを失った事に驚き戸惑っているが、いつまた襲ってくるかも分からない。


「…動ける?」


「すまぬ、どうやら何本か骨をやられておる。戦うのは難しい。我を気にかけながら戦える相手では無いぞ」


「フフッ!この腕を見なさいよ!私だっていつまでも三番手じゃないのよ!」


「確かに、いつの間に一段階の竜化が出来る様になっておったのか、驚いたの。しかしここは一旦逃げた方が良い。リーダーを失った今であればまだ逃げ切れるやもしれぬ」


「…まあ、同感ね。じゃあ、さっさと行くとしましょう」


シルヴィアはそう言うと、レイルをその小さな背中に乗せようとする。


「お、おい、我なら大丈夫だ。自分でなんとかする。主だけで逃げろ」


「はあー。いい加減にしないとこの右腕で殴るよ?バカ言ってないで黙っておぶられなさい」


「し、しかし…。逃げ切れる確率が落ちる…」


「もう!」


レイルの言葉を無視して、シルヴィアは強引に彼を小さな背中に担ぎ上げ、一目散に街の方角へ駆け出した。


「ヤツらの気が変わらないうちに逃げるよ!」


「す、すまぬ…。試験が、出来ぬの…」


「…そんなものよりずっと大事な物を…、私は守りたいのよ」


レイルは小さな背中の温もりを感じながら、申し訳なさとありがたさと、自分の不甲斐なさに頬を濡らした。


「って言うか、当たり前でしょ!恥ずかしいな!何言わせるのよ!ってか喋るとスピードが落ちるのよ!暫く黙ってなさいよ!」


「ハッハ…、すまぬ。ありがとうの」


幸い、ドラゴンリザード達は追ってこない。巡回している筈の教師の誰かに会うことが出来れば助かるのだが…。


シルヴィアはしばらく走り続け、森の中で大きな木を見つけるとその根本にレイルを優しく降ろした。


「ここまで来れば多分大丈夫ね。取り敢えず応急処置をしましょう。回復薬はどれくらいある?」


「ぐうぅ!…やられた時にほぼ割られてしまったようだの…。一本しか残って無いわい…」


「不運ね…。私のもあげるわ。飲む用と塗布用よ。飲んだら鎧を外して背中を見せて」


「すまぬ」


エルモナルに回復薬は一種類しかない。


体内の損傷を治すには口から飲み、外傷を治すには傷口につければある程度治癒する。緑の瓶に入ったそれは高価な貴重品だが、魔物を相手にする時には必須のアイテムだ。


レイルは血の味がする口の中へ苦い回復薬を一気に二本分流し込む。


味は悪いが体内を液体が駆け巡るのが分かり、骨が折れたであろう背中側の肋骨のあたりの痛みが引いていく。


学園から支給された生徒用の鉄鎧を脱ぎ、ダメージの酷い背中をシルヴィアに向ける。


「っ!またずいぶんと派手にやられたわね…。一本じゃとても足りない…。私のをもう少し分けてあげるわ」


「良いのか?自分の分も少しは残るんじゃろうの?」


「心配しないで。ほら、背中を向けて」


シルヴィアは貴重な回復薬を惜しげもなく何本もレイルの背中に振りかけた。


鎧を装備していたおかげか、外傷は少ないが内出血と腫れが酷い。しかし回復薬がかかった所からみるみる腫れが引いて行き、レイルはなんとか一人で立って歩ける程度まで回復することができた。


「思ったよりダメージが大きかったみたいね。早めに応急処置ができて良かったわ。痩せ我慢もほどほどにしなさいよね」


「すまぬ。アドレナリンのせいか我自身もそんなに酷いダメージだとは思わなんだ」


「まあ、良いわ。とにかくまだ危険が去ったわけじゃ無いし、早く街まで行きましょう」


「そうだの。強い魔物に遭遇しなければ良いが…」


「レイル、そういうのをフラグって言うのよ。余計な事は考えずにさっさと行くわよ」


「おう、我ももう歩ける。おぶる必要はないぞい」


「分かった。それじゃゆっくりで良いから、無理せず慎重に行きましょ」


こうしてレイルは背中がヘコんで亀裂が入ってしまった鎧を着直し、シルヴィアと共に再び街へ向かい歩き出した。


普段のレイルであれば半刻もあれば到達するこの距離も、今の状態では街に着くまでいつもの何倍もの時間がかかりそうだ。


スピードが出せれば魔物と遭遇しても余裕でぶっちぎれるが、今は遭遇に気をつけながらゆっくり進むのが得策だろう。




…ザダルは今頃、既にワイバーンの逆鱗を取り当然のように学園に一番乗りで戻っているのだろうか?


「我もあのくらい強ければのぅ…」


「ん?何か言った?」


「いや、何も言っておらぬわい」


レイルはますます惨めな気持ちになりながら、前を行くシルヴィアの背中について行くのであった。







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