幼き姉妹
あるところにアパート住まいの親と幼い姉妹がいた。5階建ての古びた建物の最上階で、和室の狭い家にこじんまりと過ごしていた。しかし、幼い姉妹はとても仲が悪く、姉が妹をいつもいじめていた。自分になつかない妹をひたすらに嫌っていたのである。妹が自分の遊びたいと思っていたおもちゃで遊んでいるとその頭をどつき、こけたところの腹に蹴りを入れた。そこで母親に泣きつく妹にも気にくわなかった。その後、母親の叱責が待っているからだ。なんでお姉ちゃんなのにやさしくしてあげられないの?どうしていつもそういうことをするの?、母親の暗い眼差しがいつもいつも憎かった。そして、妹に駆け寄る母親の顔が羨ましくて仕方がなかった。
ある日、その日も妹を叩いて怒られて、泣きつかれて寝てしまっていた。妹に母親が回覧板を回すといって隣の家へ出ていくからおとなしく待っててねと言われているのを聞いて目が覚めた。自分に起きたことに気づかず、妹が小さなベランダから外を眺めていた。その時、ふと恐ろしいことが心に浮かんだ。トンと背中を押せば妹が消えるのではないか。あの母親の顔を独り占めできるのではないだろうか。心に浮かぶと同時に身体が動いているのを気が付いた。そして、トンと音がして、下で大きな音がした。下を見ることができず、布団にこもった。その後は後の祭りであった。母親が狸寝入りしている私を起こし、それに続き母親の悲鳴、サイレンの音、部屋に知らない人が入ってくる音、様々な音が入り交じった。
妹が事故死となった数年後、新しく妹が生まれた。その妹はとても可愛かった。何より私になつくのである。私が何をいっても静かに笑って私の言うことを否定しないのである。いつかのあいつとは大違いである。今度の妹は私のことを恐れているのかと思うくらい私になついてくれた。私も妹のことが大好きだった。
ある日のこと、妹がベランダの外を眺めていた。私は妹に近づいていってその肩をトンと組んでその妹のほほを私のほほでさすった。すると、妹は今まで見せたことのない濁った笑いで、
「今度は落とさないんだね。」
と笑っていない目で見て、ひょいと部屋の中に入っていった。
私はそれ以来、妹が怖くなった。妹に近づくことができなかった。頭の中で混乱していた。ただ、これを母親に相談すると全てがばれてしまう。母親の笑顔がもう自分に向けられなくなってしまうことが怖くて仕方がなかった。そして、頭の中を駆け巡った結果、一つの結論にたどり着いた。妹を消そう。見た目は可愛く、私になついてくれてる妹だが、本当はあの憎き悪魔なのである。私を蔑む目を持ち、私を母親から引き離すあいつなのである。ただ、事故以来私たちがベランダから落ちないようにしっかり対策はされてしまった。私は台所へ行き、寂れた水道の下の取っ手を引っ張り、トンと音がして開いた扉から鋭く尖った包丁を取り出した。今はちょうど妹も寝ていて、母親は外に出ている。私は汗まみれの手で包丁を握り、妹が起きないようにじわりじわりと近づいていった。包丁を振りかぶった。そして、包丁を振り下ろした。しかし、その時やさしくしてくれた妹の記憶が遡ってきた。私に寄り添ってくれた妹、手を握って微笑みかけてくれた妹、誕生日に花飾りを作ってくれてハッピーバースデーの歌を歌ってくれた妹、全てが頭を駆け巡り涙をこぼした。私は包丁を寸前で離し、その場で倒れ込み泣きはじめた。どうしてもこの妹は殺せない、そしてその妹を殺そうとした自分を責めて、頭を抱えるように丸まってすすり泣いた。すると、今まで起きていたのが嘘のようにスッと妹が立ち上がった。
「お姉ちゃん、やっと優しい心になってくれたんだね。」
その声はかつて死んだ妹だった。すすり泣く私は何度もごめんね、ごめんねと呟いた。
「つらかったよね、ごめんねお姉ちゃん。」
そして、妹は駆け寄ってきて私の背中を擦った。
「心が痛かったのによく耐えたね。」
妹はやさしくそう声をかけてくれた。
妹は私の顔を手でよせて、一言こういった。
「でもね、落ちたときの痛みはこんなものじゃあなかったからね。」
そういって後ろに持っていた包丁を容赦なく振り下ろした。