家族狂想曲
一斉にまくしたてられていた。父親は目を丸くして、母親は目を細めて、妹は目を見開いて。
俺はそれに、頭を抱える。――やっぱりこうなったか。まぁ、仕方ない。俺の見通しが甘かったのは紛れもない事実なのだから。妹の俺探知センサーの精度は生はかじゃない。本気だったなら壁をよじ登って窓から自室への侵入するぐらいのことはすべきだったのだ。まぁそこまでしたくはないっていうのは本音だったりするが。
「あ、いやさ……」
「なんだ、どうした? どこで拾ったんだこんな可愛い子羨ましい奴め!」「あなた、女の子は拾うものではなく知り合うものですよ? それと羨ましいの意味あとで聞かせてもらいますからね? それで今史、どこで知り合ったの?」「兄じゃ? 彼女か? 彼女でありましてござりまするのか!?」
「…………」
少しは説明らしいものをしようかと考えていたのに、三者は三様にさまざまな質問を投げかけてきて、それは俺に対するというよりはどこか別の次元へと向けられているもののように感じられてしまい、結局は沈黙と相成ってしまう。まったくうちの人間は、よく喋るよなあ。
「――コンニチワ」
違う声色が、混じる。それに意識が、現実へと舞い戻ってくる。ズレていた視覚の焦点が合う。
目の前には、赤い瞳をもった少女。
「……宮藤?」
「ボク、クディア=エミリターゼっていいマス。日本に来るの、初めてデス。これからよろしくお願いしマス」
と、宮藤はなにをふざけているのかエセ外国人のような発音でエセ外国人のような自己紹介をかましてくれやがった。
「宮藤……お前、なに言って?」
「ほおう、お嬢さんは外人の子かい? 赤い目の外人の子なんて初めて見たなあ」「お父さん、それを言うなら外国の子ですよ。日本語、わかるのね?」「うわ、英語じゃ。兄じゃ、英語ですじゃ!」
「えーい、やっかましい!!」
爆発した。ぜんっぜん話が進まない。というか水戸に関していえば、宮藤が喋ったのは――
「英語じゃないっ、日本語だ! そこんとこはハッキリしとけ水戸っ!」
「うぅわ、兄じゃがご乱心じゃ! 母さま父どの、怖いのじゃ!」
目を見開きビックリして、水戸は母さんの背中に回る。母さんはその行動にあらあらと笑顔であやし、父さんがまぁまぁと両手をあげて前に出てきて、
「今史や?」
「な、なんだよ」
「妹を、怖がらせてはいけないな」
「そ、そうだな」
「返事が甘いッ!」
「ぐぇ!?」
いきなりの正拳中段突き、鳩尾に炸裂だった。見事に腰が入り完璧に体重が乗った最短距離を通ったその一撃は、完全に胃袋を歪ませ、俺は堪え切れずに片膝をつく。
それに母さんが、
「あらあらお父さん、ダメよこんなところでお嬢さんびっくりしてるじゃない。大丈夫ですからね、今史は強い子なのこれでも」「か、母さま。兄じゃは強いのじゃ、本当に強いのじゃ。これでもなどと言わんで欲しいのじゃ!」「そうだな、今史は強い子だ。だからお父さんもこれくらいなんでもないと信じてるぞ?」
――好き勝手なこと、言いやがって。
俺は腹を押さえながら思った。生はかなパンチなら確かに平気だが、親父のそれは別格だ。くそっ、本当こういうノリは苦手っていうか、大っきらいだった。
結局それで、宮藤のことは有耶無耶になってしまった。というか大した問題にもならなかったというのが本当だろう。さあさあとむしろ歓迎ムードで二階へと上げられた。色々と無作法に聞かれなかったのは、一応気遣ったのかもしれない。まあ実際気遣ったのだろうが。
「で、感想は?」
俺は部屋に入るなりぶすっとして机に座って、組んだ膝の上で頬杖ついて、入口に立ってニコニコしてる宮藤に言い放った。嫌味という意味もある。この女は人が小突かれ笑われ針のむしろに立ってる間、ずっとこの調子だったからだ。いつもの破天荒な言動にも出ず、ほとんど営業スマイル状態。しかもあのエセ英語のあとなら、なおさらそりゃあ困った留学生とかにでも映ったことだろう。
それが悪いというわけではないが、一方的に不利益被ったこっちとしてはさすがに若干納得できないものがあるわけで。
「楽しそうだね、今史」
はいそうきたそうきましたか。
今まで散々言われ続け――といっても家まで呼んだ友達というか知り合いなんて数えるほどで最近では幸人くらいのものだから日本語的に語弊があるといえば否定できない所ではあるが、
「楽しそう……に見えるわけか、これが」
「そうとしか見えないといってもいい、あはっ」
底抜けに楽しげな笑顔。これを見ればもう文句のひとつも出したくなくなるってのが普通だろうが俺としてはそこであえて出すという離れ業を演じたいところではあるのだが――やめておく。
まずひとつに、もういい加減今日は疲れたということ。
さらにもうひとつに、既に俺は彼女に負い目を感じているということ。
「……まあ、いい。で、とりあえず寝てたからうちに連れてきたけど、これからどうする? 寝床とか無ければ、一晩くらいなら別にかくまっても――」
「いーよ。ボク、吸血鬼だから」
軽く放たれたその言葉が、やたらと胸に重く突き刺さった。
「いや、それは……」
「今日は色々と、ありが……っていうか、ゴメンね」
初めてその表情に、陰りが見てとれた。眉が下がり、それは苦笑いのような、弱ってるような、そんな笑みだった。というか殴ったり蹴ったりではあったが、会話の最中にそういう表情をされるのが初めて、と言った方が正確かもしれない。
でも、なぜ?
「いや……どうした、急に?」
「んーん、なんだか迷惑かけたみたいだなーって思って」
言って、宮藤はスタスタと広くもない6畳程度の自室を横断していく。ドアから本棚、机、ベッドを越えて、窓際まで。そしてガラリと、窓を開ける。
まさかの予感に、声をかける。
「どうしたんだ? まさかお前、窓から……」
「今日はごめんね、二回目だけどさ。なんか悪かったから、あんまり迷惑かけないようにするね。でもよかったら、助けてくれたら嬉しいな。ボクが、困った時には」
そしてあっさりと。
宮藤は窓から、予想通りに飛び出していた。
「…………」
しばらく外の様子を窺おうかと考え、やめた。おそらくは、もういない筈だ。窓から飛び出して、音沙汰ない。そんなこと、普通の人間じゃありえないだろう。彼女は化け物でないと言ったが、少なくとも普通の人間ではないのだろう。




