微かな痛み
俺はそれに、指を引き抜く。
既に眼球は再生され――そこには見覚えのある"赤い"瞳が、こちらの姿を映し出していた。
その俺の姿というものが、なんともそれは酷い有様だった。
「……激厚レアステーキか?」
「焼いてないからステーキじゃないね」
なんとも真っ当な意見が返ってきた。それに俺は久々になる頭を抱える仕草をとって、
「そうだな、もっともだな。で、もう腹は減ってないか?」
「ふみっきーから、いっぱいご飯もらったからね」
「そうか」
見ると、捻じくれた手首も、潰れた脚も、陥没した首も、ひしゃげた顔も、既に元の――美しい容貌に、戻っていた。
安心した。
そして俺は膝からその場に、崩れ落ちた。そしてそのまま大の字に、横たわる。こうして地面の上に寝っ転がるというのもなかなか解放感があって、乙なものだった。
指一本、動かせそうになかった。前回のショック性のものじゃなく、単純に疲労と肉体の損傷によって。
全身くまなく、まともな部分は残されていなかった。打撲が少なめなのがせめてもの、と言うことはなかなかに、難しかった。
「ッ……ってぇなァ」
「今史、」
上から宮藤が、覗き込んできた。なにを言うのか、予想がつくようでつかないような複雑さだった。
「――"わたし"のこと、怒ってる?」
不思議な感覚だった。どう取ればいいのか、数瞬悩む。だけど結局俺は、
「怒ってるって言うか、呆れてる」
「こんな化け物、もうイヤだって?」
「ていうか、凄過ぎて」
2秒くらい、空白の時間が流れた。
「……やっぱ今史って、すごいね」
「そうか?」
「そう思ってない所が、またすごいね。そんなふみっきーと付き合ってる赤貝くんって、何者? って感じ」
「そういや幸人、どうなってんだ?」
「ていうか狼男じゃなかったんだね、ゆっきー」
「そんなん存在するのか?」
「吸血鬼みたいのがいるぐらいだし」
「なるほどな。ところでもう一個疑問なんだが、その、わたしって、いう、の、は……」
そこで急激に、眠気が襲ってきた。マズいと思う。こんなにズタボロぼろ雑巾みたいな状態で体力も尽きてて眠ったら、死ぬんじゃないかと思う。まだ一応死にたくはない。やりたいことも結構あるし、この世に未練もある。だけど抗いようのない、それは誘惑だった。
危機感が無くて申し訳ないが。
誰でもいいから、助けて欲しいとは思った。
「あ、あぁ……」
「今史?」
だけど残念なことに、現在この場には事の元凶しかいなかった。正直助けを求めるのは微妙なところだったが、背に腹は代えられなかった。
「わ、りぃんだ、が……」
しかも事情を説明してる体力すら残されていない。察しの悪いこいつのことだから不安だが、背に腹は――
端的に。
「……たすけてくれ」
「え? ……う、うん」
マズい、マジで意識が落ちる。その前になんでもいいから気つけでもなんでもいいから頼むから俺を――
最後の力を振り絞って、右手を伸ばした。
その手を、掴まれた。そして、引かれた。なにか耳元で、囁かれた。なんでもいいからとにかくうん、と答えておいた。
最後に首筋に、微かな痛みを感じた気がした。




