金色の瞳
頬を、殴る。滲んだ血を、吐き出す。
とにかく、落ち着かなくては。
冷静にならないと、死ぬだけだ。
「っ……ああア!」
なんでもいいから叫んで鼓舞して身体を動かした。立ち上がったが、片足が痙攣。このまま動かない足だったら根本的に身体が動かなくなるから、ダメージがない膝を叩いて、叩いて、叩いて――
「動、けぇ!!」
ズキン、という他の個所からのダメージで、足に感覚が戻る。同時戻ってきた腹のダメージで、吐いた。あちこちから、血も噴き出した。
だがそれで、身体の機能は再起動してくれた。
「っ、く……!」
駆け出す。クディアめがけて。目的なんて知らない。だが目標なら知ってる。
とにかく、宮藤を取り戻す。
最初から、俺はその為に走って走って走ってきたんだから。
「宮藤っ!」
「あ、あ……あ?」
クディアがこちらに、振り返った。
同時にその姿が掻き消え――目の前に、"口を開いて"現れた。
「ぐうぅう!?」
右腕を差し出し――そこを、噛まれる。信じられないくらいの激痛は、おそらくは脳内に溢れているであろうアドレナリンによって軽減されているはずだった。
だって牙の感触は、骨にまで達していたから。
「っ、く、あ……!」
「あ、あああ、あァ……」
吸血鬼というよりは、その姿はゾンビといった方が近かった。陥没した顔は、穿たれた地獄の穴を連想させる。その口から紡がれる声は、さしずめ死者の呻きだろうか? 歪な手足は、出来の悪い人形か。
まったくこの上なく、心臓に悪い。
本当に、
「おまえ、は……なんのため、に……俺の前に、現れたん、だろうな?」
呟き、その眼に――再び目突きを、敢行する。
それはあっさり、腕で防がれる。
そして俺の腕からはものスゴイ勢いで大量の血液が、吸いあげられていく。
「く、あ……っう!」
それに一緒に力や――命まで吸われていくような感覚に、意識が朧になりそうになりながら、拳を作る。親指人差し指ひとつとんで薬指小指はそのままに折り込み、中指の第二関節だけせり上げ左右の指で挟み込んだ――奇拳、中指一本拳。
「――シッ」
小さい呼気とともにこみかめに、突き立てる。
びくん、と小さい痙攣。だが吸血行為は止まらない。さらに、もう一撃。手ごたえはあるが、効果は薄いようだ。ならば――今度は五つの指先を中央の一点に集めて作る奇手、鶏口。
それを眉間に、突き刺す。
一瞬だけ噛む力が緩み、牙が、開く。
「! しゃあッ!」
その隙を逃さず腕を切り裂かれながら引き抜き、その肘で顎を振り、抜いた。血が――多分俺のが、吹き出る。
逃さん。
「ラァ、しゃあっ、セイッ、お――ラアァッ!!」
畳みかける、顎をカチ上げ、こめかみを穿ち、鼻を潰し、そのまま頭を掴んで引きつけ膝で顔を蹴り、ブチ抜く。
たたらを踏んで顔を伏せた宮藤に、さらに迫る。
ここで逃したら――負ける。
死ぬ。
死ぬのなら、先に――
「殺してやるぞクディア――――――――ッ!!」
走り、跳び、サッカーボールキックで顎を蹴り上げる。クディアは仰け反り、吹っ飛び、そのまま三回転して顔から地面に激突して、ザザザザザザザザと地面を滑っていく。
その後頭部に全体重を乗せて踵を、突き刺す。地面に三十センチくらい、顔が埋まる。
さらに肘を、落とす。まるっきりプロレスのエルボードロップだが、これはなかなかに愉しいものだった。
「どうだァ、クディ――」
爪が、額を割った。
「!?」
思わず、跳び退く。途端、視界が真っ赤に染まる。前が見えない、厄介な場所を切られた。右手の甲で、目元を拭う。
爪が、目の前にあった。
「っ!」
振り下ろされたそれを、紙一重で下がって躱す。鼻が切れる、かなりの痛み。さらに爪、胸が切られる。さらに爪、腹が切られる、さらに爪――
どん、という背中の感触。もう、あとがない。
今度は真っ直ぐに、爪が突き出される。
その瞬間――逃げられないという現実から、それを真っ直ぐに見つめ――前に、出る。
眼の、瞼が切り、裂かれて――そしてその金色の瞳に、目突きを、刺し、込む。
「……正気に戻れ、宮藤」
呟きは、果たして届いたのか。
クディアは初めて立った状態でその動きを、止めた。
どれくらいの時間が経ったのかは、わからなかった。ただかなり永い時間が過ぎ去ったように、感じられた。俺は人差し指と薬指を眼球に差し込んだまま、ただその体温と鼓動を感じていた。
なにも、感じなかった。
なにも、考えなかった。
時は唐突に、訪れた。
「……ひどいなぁ」
「なにが、だ?」
「女の子の眼に二回も指を突っ込むなんて、マナー違反だよ。デリカシー以前の問題だよね」
「吸血鬼に、マナーもデリカシーもあるのか?」
「そーゆーのが酷いってゆーんだよ?」




