殺人技
ずりっ、ずりっ、と足を引きずり、ようやく間合いは2メートル。もう二歩で蹴りが届く間合いになるが、今のこの状態で出せる蹴りなんて――
「うそ」
ほんの僅かな予備動作もなく突き出された爪は、なんとなく横に向けた頭の端についている耳たびを、千切り飛ばしていった。濁流のように、血が零れる。
まったく、眩暈がしてくるような事態だった。
「……信じ、られない」
ずりっ、ずりっ、
「俺もだよ」
1メートル。
無造作にその頬を、殴りつける。
クディアは、避ける仕草すら見せなかった。まともに入ったが、びくともしない。例えるなら、硬さのないコンクリの壁でも殴ったらこんな感じだろうか。
「……なんで?」
「俺が知りたいって」
真下から、下突きを顎に。微動だにしない。立て続けに肘、裏拳、狐拳、掌底、刀峰、鉄槌と、顎や、こめかみ、眉間や、鼻、喉なんかの急所に畳みかけるが、クディアに変化は見られなかった。
「ただの、にんげん?」
「ただの、じゃないな」
そして――人差し指と中指と薬指だけを突き出した三本貫手を、その瞳に向けて放つ。
クディアは――なぜかその攻撃だけは右手を跳ね上げ弾くことで、回避した。
その動作が、欲しかった。
「じゃあな、」
上がった手首を掴み、なんだとクディアがそちらを見ている隙に反対側の手も同じようにして、
「楽しかったぜ、吸血鬼?」
俺はその場で一回転して――胴廻し回転蹴りを、繰り出した。
胴廻し回転蹴り。前方宙返りの要領で頭と足の位置を一瞬で反転させ、全体重を遠心力により数倍化させてそれを踵により一点に集中し、相手の頭部を攻撃する技。
その遠心力で、動かせないクディアの両手首は完全にネジ切られ、破壊された。そしてガードが出来ないその顔面の中央に、踵は完全に埋没した。血しぶきが、上がる。まるで噴水のように。クディアの両足は猛烈な荷重に耐え切れず、地面に陥没する。
まさしくそれは、殺人技だった。
完全に体重が乗りきって技の余韻が消え去ったのを確認して、俺は後方に跳んだ。
グロテスクな光景が、そこには展開されていた。
「あ"……あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」
手首がねじれ、明後日の方を向いた両手。足首まで埋まり、案山子のようになった身体。鼻やそれにともない頭がい骨が陥没し首も無くなり、目や鼻や耳や口から血を噴き出した顔。
まるで。
憐れな、ピエロのような。
「あ、あ"? あ、ああああ"あ"あ"ああ"?」
「痛いか?」
目を抉っても平気だったお前が?
だけどそう言えば、頭を蹴っ飛ばしたらそれなりに効いてたな。まったく痛覚がないというわけじゃないみたいだな。
思い出す。
吸血鬼の弱点は、陽射しにニンニクに十字架に聖水に――銀の弾丸を、心臓に喰らうことだったな。
試してみるか?
「さて、いく――」
ゾグンっ、と今までで最恐度の悪寒に任せて、片足だけを頼りに思い切り後方に、跳び退いた。
バガッ、と半径3メートルくらいのクレーターが出現し、そこから禍々しい十の爪がまるで魔物の口のように天に、伸びる。
ドクン、ドクン、と心臓が脈打つ。恐怖じゃない。これが告げているのは、単純な戦力差による――確実に迫る死に対する、警告音だ。
「…………」
「あ、あ、あ"、あああ、ア"ア"っ!」
爪がさらに伸び、こちらに迫る。なんとか身体を屈め、回避。それは向こうで左右に分かれ、途中にあるブランコや木々を薙ぎ倒す。それこそバターでも、切り取るように。
開いた爪は、天に昇り、さらに地に、墜ちてくる。
「っ……ハッ、っ!」
ただただ直感に従い、右手に横っ跳び。爆発音と共に、巨大なクレーターがまたひとつ、爪がこちらに滑ってくる、前方に跳び込み前転して回避、爪が戻ってくる、囲まれた。
直感が、やってこない。
避けられない。
――死ぬ、のか?
「あ……ア――――――――――――――――ッ!!」
その十の爪のうちのひとつを選び、それこそ全身全霊を込めてその腹めがけて拳を叩き、こむ。威力はそれこそエアガンと砲弾ほどの差があるせいで、反動にこちらの身体は吹き飛ばされ――クディアを通り越してその後方7メートルくらいの地面に、叩きつけられる。
バウンドして、息が詰まる。さらに2,3度叩きつけられて、地面に着地する。
空を仰いだ。
本当に、死んだと思った。
「ハッハッハッハッ……!」
犬のように息を荒げ、噴き出してきた汗をボタボタと垂らす。そのあと四つん這いになって、生の感動を噛み締める。
「あ、あ、あアあァあ? あァア――――――――っ!!」
そんな暇なんて、与えてくれる相手じゃなかった。
まるで全長何十メートルという大蛇のように巨大化した爪をしまいこみ、クディアは空に向かって吠えた。同時、空間がバリバリと音を立てた。なにが起こってるのか、まったくわからない。ただただマズい状況だということだけは、理解していた。
「ッ……く、アッ!」




