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変性意識

 望んでいた筈だった、こうなることを。被害を、宮藤の罪をこれ以上重ねさせないために。俺ひとりの血なんかで済めば、それでいいと。

「ここも舐めるねー」

 答える間もなく、クディアは頬の血を舐めにかかる。ぺろぺろと、体温が伝わってくる。それは、冷たかった。まるで、ひとじゃないみたいに。

「あー、ホントおいしー。お兄ちゃん、いい血持ってるよねー。じゃあ首筋から、貰うね」

「それは悪いが、ご免被るな」

 答え、俺は一歩後ろに跳び退いた。おろ? とクディアは肩透かしを喰らったように、首を傾げる。

 片足で跳んで片足で着地するのは、なかなかに骨な作業だった。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「お前こそ、首筋ってどういう意味だ? そんなとこ噛まれたら、死ぬだろうが?」

「え? ダメなの?」

 あまり嬉しい事態じゃなかったが、これぞ俺の抱く吸血鬼のイメージに合致するものだった。というより本人から聞いた幼少期のそれとピタリとハマるものか。いずれにせよ、会話が成り立たない。

 なぜなら、

「だって、人間でしょ?」

 こういう類の生き物は、こちらを食料としか見てはいないから。

「なるほど……」

 もうその時点で、なにも言うべき言葉はなかった。残念だった。なにしろ向こうには、善悪の概念すらない。あちらは捕食者で、こちらは被食者とでもいうものだろうか。

 つまりこちら側に取っては。

 そちらは、問答のしようのない絶対悪となる。

「お前って……いったい、なんなんだ?」

 答えを期待しての言葉じゃない。ただ漠然と、疑問に思っただけだった。あまりにも不可解な部分が多過ぎる。理解出来たと思ったら、これだ。少しぐらい愚痴りたくもなるというものだった。

 だが、

「わたしは、吸血鬼」

 そんなことはわかってると思った。

 だが次の言葉は、それこそ俺の持ちうるあらゆる想定の範囲を、逸脱していた。


「この星の、あらゆる定理を破壊しに来た者」


 どう。

 どう、リアクションすればいいのか、捉えればいいのか、それですらまったくこれっぽっちも、わかりようすらなかった。

 だから、手放した。常識を、経験を、ありとあらゆる鎖を。

 その瞬間、目が覚めたようにすら感じられた。

「なら俺は、そんなお前の価値観を改革しに来た者、だな」

 構える、自然に。なにも、なにも意識していない。不思議だった。怖くない。というより、戦略や計算やあと先すら一ミリも考えられない。ただこの瞬間がすべてという、異常すら異常と感じられない異常な状態だった。

 クディアは愉しげに、頭を傾げていた。

「わたしを? お兄ちゃんが? 本気で? 無理でしょ? 人間だよ? わたしに、ただ捕食されるだけの存在でしょ? どうやって、そんなわたしを変えるっていうの?」

「そんなこと、やりゃあわかる」

 今なら口に出したことすべてが、なにもかも実現できそうな気さえする。

「因果性の逆転? にわとりが先かたまごが先かっていう。おもしろいね。だったらお兄ちゃんが、わたしに証明して見せてよ?」

 そこまできて、思い出した。この感覚が、以前読んだことがある症状だと。

 変性意識。

「ほら?」

 まったくノーモーションで振り上げられた右手で、視認できないカマイタチのようなものが巻き起こされた。それを俺は、感じて、横に躱した。その向こうにあった外灯の首が、切断された。

 一瞬だけ、クディアの指先から伸びたものを視界に捉えた。

 微かにだが、クディアは意外そうな顔をした。

「すごーい。見えたの?」

「見えないが、視えたのかもな?」

 自分でもわからないが。

 そして、前に出る。片足がほとんど死んでいるから、もう一方の足で引きずるような形になる。自然、スピードなど出ない。時速に換算したら通常歩行の半分以下の1,7キロぐらいだろうか。

「ふーん、えい」

 反対の手が突き出され、そして五指が握りこまれる。0,4秒後、体を反転。その場の空気のようなものが、圧縮されたのを感じる。理屈じゃなく。

 クディアは今度こそ、眉を歪めた。

「……にんげん?」

「当たり前だ」

 前進、距離はあと7メートル、結構あるな。あと何回こんなことを繰り返せばいいんだか。

「ほんとぅ?」

 嫌な予感に、右手を地面に着き、それを軸に体を跳ね上げ片手逆立ちというかブレイクダンスのような格好になる。

 同時周囲の地面がバクっ、と割れ、そこから四つの恐ろしく長い鎌のようなものが天に向けて突き出される。

 というかどう見てもそれは、巨大化した宮藤――クディアの、爪だった。見るとクディアは左手を背の方に回し、それを下に向けて、伸ばした爪を地面に突き刺していた。ここまで伸ばせて、しかも巨大化できるとは、もう言葉も無いな。

「っ……ぐゥ!」

 右肘を突っ張り、五指で地面を握り――肩から背筋に満身の力を込めて体を前方に投げて、蟻地獄のような空間から脱する。そのまま跳び込み前転の要領で、飛距離を稼ぐ。おかげでクディアまでは、あと4メートル。もう少ぅしで、間合いに入れる。

「……にんげん、だよね?」

「そうだって言ってるだろ?」

「じゃあなんで今の、避けれんの?」

「俺が聞きたいくらいだな」


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