推測の先へ
手掛かりが、まったくない。なんにもない。どこをどう探せばいいのか、まったくわからない。その上助けを求められる人物もいない。おまけに時間も無い。
あいつが無差別に人を襲い、血を吸いまくりだす前に、なにがなんでも探し出さなくちゃならないっていうのに。
「ハァ、ハァ、ハァ……くそっ!」
膝に両手をつき、肩で息をして、俺は再度悪態をついた。携帯を取り出す。既にあれから、2時間も経っている。どくん、どくん、と心臓が高鳴る。2時間もあれば、誰でもどうとでも出来るだろう。だとするなら最悪の予想はさらに斜め60度くらいに下方修正しなければならないことになる。息が乱れる。汗がしたたる。
無理だった。
焦る。
「ハァ、くっ、ハッ、っ……くそっ……なんでだ、宮藤……!」
とにかくなんでもいいから駆け出せばいいんだが、だがそれでこの広い街の中からたったひとりを探し出せるわけがないとわかりきっている理屈がそれを邪魔していた。そしてそれは直感もまた、そう告げていた。こんな闇雲なやり方じゃ、ダメだ。なにかしら、考えないと。
考えろ。
「ハッハッハ、ァ……ハァ、ハァ、ハァ……思い出せ」
考える。とにかく、なんでもいいから、あの女に繋がるなにかしらのきっかけでも手掛かりでも。なんでもいい。なんでもいいから、思い出そうとした。
――あの女は、どこにいる?
学校、違う、いる筈がないしもうあらかた探した。本当に? 確信はない、探し漏れがあるかもしれない。他には? 家。可能性はないわけじゃないが、しかし果たしているだろうか? あれだけのことを起こして、そしてあれだけ負い目に思っている女が?
だが現実問題として、限界まで消耗してボロボロになった――吸血鬼が、えり好みをしている余裕があるのか?
だがそうだとするならなぜ?
すぐ傍にいた無数の生徒及び教師を、襲わなかったのか?
ならば、未だ知性は残っていると見るべきなのか? わからない、嫌になる、どこまでいっても推測の域を得ない。こんなものを積み重ねていっても、結局はなんの確証も無い結論しか出はしない。無駄としか思えない。真っ当な、理屈で考えるとするなら。
だがとっくに、真っ当な理屈じゃ無理だということはわかりきっていた。
無理を通そうとするのだから、ならば問題は別の――直感に、頼ってみなければ。
というより、みるしかない。
「――宮藤、」
の立場だったなら、俺が?
じゃ、ダメだ。あの女と俺とじゃ、精神構造に大きな隔たりがある。なら逆に、今まで交わしてきた言葉や行動から、こういう時あの女ならどう行動するだろう? と考えるべきだろう。
あの女、なら。
宮藤、なら。
「宮藤なら……そう、宮藤なら、きっと――」
きっと、なんだ?
言葉でそれっぽくまとめようとしても、ダメだ。もっと深く、シンクロさせないと。そのためには理屈だとか俺というこだわりだとか、全部捨てないと。
宮藤――
なぜか。
ふと、公園という単語が浮かんだ。
「……公園?」
真っ当に考えれば、一個も意味がわからなかった。公園だなんて、一度も行ったことも無い。そこにいるという必然性は、ひとつも――
いや。
いま一瞬、本当に電気が走るような閃きが走った。これが、直感か。瑣末時のような現状や常識を越えて、答えに至る法か。
あの女は、一度だけ言っていた。
公園で、寝起きしていると。
駆け出す。携帯を見るが、時間は僅かに2分も経ってはいなかった。まるで時間が圧縮されたような錯覚にすら陥る。事ここに至って、常識に捕われていた自分の無意味さを悟った。
「最寄りの公園まで、どれくらいだ……?」
そも、俺はこの街の公園の場所すら知らなかった。まずは交番で聞きこむことから、始めようと思う。こういう時こそ、冷静に。ゴールが見えた時ひとは残り一合だと勘違いするが、実際は未だ五合だということを俺は知っている。理解しているかは、判断しかねるところだったが。
いま一度、言い聞かせる。
「……焦るな」
その途端、足がもつれてしまったが。
なんだか街の中が、白々しく見えた。なにもかもが虚構で、ハリボテで、少し押せば倒れて中身が晒されてしまいそうな。もちろんそんな感覚こそ錯覚で、実際吸血鬼なんて幻想種を求めて走っている自分の方がよほど誤った存在なのだろうが。
なぜそんな風に思っているのか、確信に近い理由のようなものに心当たりはあった。結局よくよく考えれば、あの女に引っ張られたのは俺の方だった。いやその言い方だと、語弊があるか。実際素養があったのは事実だ。追いついた、という言い方が一番近いのだろう。
追いついたぞ、宮藤。
だから、頼むから、早まってくれるなよ?
「ハァ! ハァ! ハァ! ――ハァっ!」
全力疾走四十分だった。こんな荒行、空手の修行でもない。まったく、本当に必死なんだなと自分に呆れてしまう。
だがおかげで、確認できた。身体の回復具合は、7割を越えた。なんとか闘えるくらいには持ってきたといっていいだろう。ダメージの方は、あらかた抜けたようだった。あの惨状だったから骨折なんかも危惧していたが、あちこち打撲だけで済んでいるようだった。
なんて考えてるうちに、公園の入口が見えてきた。公園だなんてある意味自分の一番縁遠いものだったから、おそらく幼少期を除けば初めてに近い感覚だった。さて、宮藤は果たしてここに――
そこで、気づいた。
公園の入口に、何者かがいた。
「…………」




