混乱の探索
ハッキリ言って、とことん麗の思考はわけがわからなかった。間違いなくこの女はあの時、俺を殺そうとした。だからそれに関する物騒な文句でも吐き捨てていたのだと思っていた。まさか生きるべきだなんて言っていただなんて、思ってもみなかった。
不意の出来事に、人間はまともに反応することが出来ない。
俺は止まっている暇なんてないというのに、止まらざるを得なかった。
「……生きる、べきだと? 俺が? それはいったい……どういう、意味なんだ?」
額面通りに受け取る気にはまったくならない。それにしてはこの女の言動は、まったく破綻していたから。
俺が知りたいのは、意図だった。
「生きる、べき……なのよ、あんたは。首を、突っ込み過ぎなのよ。普通の人間のくせして、うちたちの世界に。常識もなにもわからないくせに、そんなんじゃ絶対に、助からないわ」
「――っへぇ……心配してくれてるのか、俺を?」
「図に乗らないで。ただ単に、迷惑だって言ってるの。あんたみたいな、一般人にうろちょろされると」
「ふぅむ……」
ただ、それだけの意味なのだろうか? それで生きるべき? どうも引っかかるが、所詮男女の差、と割り切ってもよいのか?
ただ残念ながら、これ以上考慮している暇が無かった。
「そうか、わかった。好意、ありがたく受け取っておこう。なんとか生き残れるように、努力する。じゃあな」
それだけ言葉を並べ、俺は再び背を向けて走り始めた。今度は麗も、なにも言わなかった。俺はキチンと意図を受け取れたのだろうか? 気がかりなのが、残念だった。俺は麗を、自分が思っていた以上に見くびっていたのだろうか?
最後に、生田の呟きが聞こえた。
「麗くん。彼は、わからないよ?」
どうもああいう連中の言葉は、日本語を越えているように感じられた。
階段から真っ当に降りるつもりなんてなかった。間違いなく騒ぎで大混乱だろうし、そんな建物から出てきたら事情聴取は免れないだろう。そんな暇はない。だから裏手の、非常階段を使った。無駄かもしれないがと場所を調べておいた成果が出た。そしてひとつ下の一年生の教室が集まる3階に、出た。
やはり、大混乱だった。
「……こいつは、」
生徒たちが大騒ぎして右往左往、大部分が下の階に向かおうとして階段で詰まっていた。それを教師たちが必死に収め宥めようようと、四苦八苦していた。なかには地震か? なにかが墜落したのか? と予測している人間もいた。とにもかくにも、阿鼻叫喚の地獄絵図といってよかった。
「…………」
そのなかに、必死に視線を彷徨わせる。いない、いない、いない、いない――いないいないいないいないいない、約4分ほどかけて、だいたいの確証を得る。確認して、下の階に向かう。この混乱の中非常階段だけガラガラに空いているという事実に、集団心理の落とし穴を見た気がした。
二階、二年生の教室が集まっている階。やはりここも大混乱だったが、今度はその中に飛び込んでいく。そして知り合いを探した、うまいこと間隙を縫って。とりあえず一通り学友の無事は確かめたが――ただ、ふたり。
もっとも大事な人間を見つけることは、叶わなかった。
「……くっそ」
一言だけ悪態をついて、一階の三年生の階の様子を確認してから、職員室なんかも横目で見て、そのまま昇降口に向かった。なんとか大渋滞の中で隙を見つけて、人を押しのけ逆に押しだされるように前に出て、自分の靴を引っ掴んで、そして今度は逆に裏門に向かってそこから外に、出た。ここまでは、予想通りだ。言い聞かせるように、思った。
とにかく、焦らないようにと気をつけた。
焦ってうまくいくことは、古今東西見回してもひとつもなかったから。
街に、出た。通りには、存外ひとの行き交いが多かった。昼食時、昼休みという単語が頭をよぎる。あまりの探索場所の多さと、そしてひとの多さに、一瞬眩暈を感じた。間に合わない、という単語が頭をよぎる。それを必死で、頭を振って掻き消した。
俺しかいないと、肝に銘じて。
「…………っ」
とにかく、駆け出した。なんでもいいとさえ思っていた。走りながら、それらしい影を探す。見つかるわけないと頭の片隅では理解していた。いっそ事件が起こってくれればいいとさえ思った。人海戦術という単語が浮かび、それを掻き消した。被害がどうしようもないところまで広がるぐらいだったら、ひとりふたりならいっそのことと。未だ考えに甘えが混じっていることを悟った。
くそっ、と思った。
「ハァ、ハァ……くそっ!」
アスファルトの道路を、蹴っ飛ばした。石粒ひとつ転がっていないことが、むしろ腹立たしく思えるくらいだった。なんにもない。




