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ゾンビ

「せ、せんせい……」

「熱いかい? えりりん」

「…………」

 一言も、口にしない。

 もはやその風貌は、ひとにすら見えなかった。

 生田が、尋ねる。

「もう、喋れないか?」

 一瞬だった。

 宮藤の口が――三日月状に、割れた。


 同時にその姿が、生田に殺到した。


「ッ!」

 その突き出された五指を、生田は咄嗟に銃把で止めた。しかし勢いは止められずそのまま靴底を滑らせながら壁際まで追い詰められ――衝突。さらには銃そのものを握りつぶす勢いで、ギリギリと力が込められる。それを両手で必死に抑えながら生田は、

「っ、く……どうした、吸血鬼?」

 宮藤は、答えない。

 火に捲かれたまま、口だけ三日月に割り、その爪を突き出す。それに押され、後頭部が壁にぶつかり、銃と爪との間で生田は首を絞められる格好になる。

「はっ……」

 息を漏らし、なお生田は笑っていた。

「っ……!」

 麗は焦りの表情を浮かべ、右手を地面に着けた。とたん宮藤の足元が、崩れた。それに一瞬宮藤は足を持って行かれかけたが、瞬間的に反対の足で床を蹴り、宙に舞い、そして給湯機の上に着地した。ざっとみてその場跳びで5メートル近く跳躍したことになる。

「――――」

 こちらを、見下ろす。その瞳もまた、炎で煌々と燃え盛っていた。それはまるで、炎の化身でも見る心地だった。

 率直に言って、ぞくぞくした。

「先生、大丈夫ですか!?」

 麗が壁際の生田の傍に駆け寄り、手を差し出す。生田はその場に腰をついていた。息も絶え絶えに、喉元に手をやっている。

 だがしかしその瞳は、こちらを見下ろす宮藤を愉しげに見上げていた。

「かはッ、く……くくく、すごいもんだな、吸血鬼。炎に捲かれてなお、死なんとはな」

 パチン、と自由な方の手で指を、鳴らした。

 とたん、宮藤を覆っていた炎が糸を引くように消えていった。

 絶句した。

「――――」

 宮藤の身体は、真っ黒な炭のようになっていた。まるで原形を留めていない。ボロボロと、あちこち崩れ落ちている。

 そのなかでただ、瞳だけが無感情にこちらを見つめていた。

 いきなり、なんの前触れなく。

 宮藤が自身の胸元に、右手の爪を差し入れた。そしてぐじぐじと、かき回している。

「ひっ……!」

 麗がその光景に気づき、息を呑み引き攣った表情を浮かべる。宮藤はこちらにはまったく頓着せず、なにかを見つけたようにソレをつまみ、躊躇なく放った。それが目の前に転がってくる。

 銀色の、それは弾丸だった。

 じっと宮藤は、こちら見ていた。そこになんの気配も、纏わず。そこに人間味の欠片も、漂わせず。

「…………」

「ぐ、くく……どうした、吸血鬼? 言葉も――」


 死ね


 怨嗟を塗り固めて作ったような言葉のあと、宮藤は右腕を振り上げていた。なんの真似かはわからない。ただそこになんの意味があるのかは、わかる。

 そこに込められていたのは、ただただ純粋なまでの、殺意だったから。

「ぐ……お、おおおおおお!」

 それに俺は唯一自由になる上半身を屈めて、両腕を地面につけ、掴み、目いっぱい握力をフル稼働して、そこから腕、肩、背筋に満身の力を込めて――下半身を沼から引き、揚げた。

「っ、く……っ!」

 勢い余ってゴロゴロと、無様に転がる。それを前周り受け身の要領で流し、そのまま跳ね起き給湯機に向かって、駆け出す。

 全力で。

 全力じゃないと、届かないと。

 背中に声が、かけられる。

「な……あ、あんたなにやってんのよ!? し、死ぬ気? 死ぬ気なの? ほ、ホントにあんたなに考えて――」

 申し訳ないが返事をしている余裕は、なかった。心の中で謝罪する。この死線を乗り越えられたら、またたっぷり充分にこっちが満足いくまで相手してやるからな。

 と思っていたのだが、声はひとつではなかった。

「……少年、」

 さっさと言え、用事があるなら。

「……真正面からぶつかって、勝機はあるのか?」

 ある。

 と俺は"思うことにした"。なぜか絶体絶命としか言えない状況下において、心は晴れ晴れとしていた。そういえば最近雨が続いていたから、こんなに晴れたのも久しぶりの事だったから、そのせいもあるのかもしれない。

 なんてな。

「なあ……宮藤?」

 給湯機まで、あと三歩。俺は顔を、上げた。

 残念ながら、そこで宮藤の右腕は、振り下ろされた。


 現実が、砕けた。


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