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シルバーブレッド

 何事もなかったかのように、元に戻る。ダメージらしいダメージも、見受けられない。

 一言でいえば、デタラメだった。攻撃力、防御力両面から見ただけでも。あれなら細かい技術や気持ちの緩みなど、補って余りある。

「っ……!」

 麗はそれに、一歩前に出ようとした。なにかしらの実力行使に及ぼうとしたのか。しかしその行為は、肩に手を乗せた生田によって止められた。

 麗が、振り返る。俺も視線をそちらに、向ける。

 生田は、笑っていた。

 笑って銃口を、宮藤に向けていた。

「素晴らしいな、怪物姫」

 同じく笑みを、宮藤は返す。

「怪物だなんて、心外だなー。ボクはただの、どこにでもいるふつーの吸血鬼だよ?」

「吸血鬼だなんておとぎ話の生き物、普通はいないんだよ。その辺の見識の違いは、やはりなかなか埋められないものかねぇ?」

「ボクにとってはこれがふつーだからね? ただ単に、ふつーのひとが脆すぎるんじゃないかな?」

「その辺りの評価は昔から学者さまたちの間で、長い間研究がなされてきたさ。見解は様々だが、まあ結論的には手と知を用いたのがいまの繁栄を築いたとか」

「手と、血?」

「面白いな、えりりんは」

 苦笑を漏らし、生田は撃った。なんの躊躇いも、そして前触れもなく。至極当たり前に、まるで軽く朝のあいさつでもするように。だからそれが発砲だという名の加害行為だと理解するまで、コンマ一秒未満の時間を要してしまった。

 弾丸は、発射された。もちろんそれは視認できる速度ではない。突きや蹴りの何十へたすれば何百倍にも及ぶ速度。

 だけどなぜか。

 その時の俺には、その軌跡を追うことが出来た。

「――――」

 まるで時が、スローモーションにでもなってしまったかのような錯覚。螺旋運動を巻き起こしながら、宮藤へと迫る鉛の塊。宮藤は、避けなかった。そこに計算や、もしくは自身の再生能力に圧倒的な自信があったのかは、定かではない。

 その狙いは、胸元。

 心臓。

 不意に、シルバーブレッドという単語が、脳裏をよぎった。

 ――魔を滅せしめる、銀の弾丸。

 着弾。なんの音もさせず、それは宮藤の胸元に沈み込んでいった。

「いったいなー」

 宮藤の表情に、変化は見られない。痛みすら、感じていないということなのだろうか。

 心臓すら、急所となり得ない。

 怪物。

「――その驕りが、貴様ら人外の急所だ」

 ニタリ、と生田が笑った。というよりは、口元を歪めた。それは時折り見せる、おそらくは生田の本性丸出しに。

【flamm rouge】

 とつぜん。


 宮藤の身体が、炎に捲かれた。


「へ……きゃっ」

 それに初めて宮藤が、動揺を見せる。必死の様子で手足を振り乱し火を消そう試みるが、勢いはまったく衰えない。それに身体の皮が剥け、肉が焼ける――厭な臭いが、辺りに充満し始める。

「っ、く、あ……あつ、い……」

 宮藤は力なく、ヨタヨタと千鳥足で生田に近寄る。それを生田は笑みを浮かべて、悠々と眺める。

「火加減が、甘いか?」

 パチン、と指を鳴らした。それにボワッ、とさらに炎が、舞い上がる。

「ッ、あ……ああ……!」

 それに宮藤は、膝をつく。それを楽しげに、宮藤は見下ろしていた。

「人間を、舐めるなよ?」

 ゾク、と背筋を何かが駆け昇っていった。炎に呑み込まれる吸血鬼と、それを断罪するかのように見下ろす銀の拳銃を手にした人間。

 まるで。

 それは、魔女狩りの再現のように思えた。

「……先生、あの、その」

 いつの間にか平常に戻っていた麗の力ない呟きを、生田は黙殺した。その迫力に麗は明らかに動揺しながら、

「あの……や、やり過ぎ、では……な、ないでしょうか?」

「なにがだ?」

 言葉に、圧力があった。

「い、いえ、あの……わ、我々の任務は、あくまで吸血鬼の捕獲、では……?」

「そうだったな」

 口ではそう言ったが、生田に炎を消すつもりはまったくないようだった。やはり普通の炎ではないのだろう、先ほどの弾丸がなにかしらのきっかけになっているのは、間違いなかった。

 宮藤は、いつの間にか動かなくなっていた。うつ伏せ、ただただ焼かれている。信じられないくらい、それは現実から遠く離れた光景だった。眩暈がしてくる。ここが学校の屋上だということが、どうしても信じられなかった。

 そして。

 なぜか一度も、宮藤の名を呼ぶ気になれなかったことも。

「――死んだか?」

 生田の問いかけ。

「――――」

 宮藤は、動かない。

「せ、先生……」

 麗の心配そうな声。

「死んだか――吸血鬼?」

 生田の、再度の問いかけ。酷薄な笑みは、見る者の心を冷たい手で鷲掴みにするようだった。

 そして、宮藤は立ち上がった。

「え――――」

 麗はその光景が、信じられないようだった。目を丸くして、ただ呆然とその姿を見上げていた。

 宮藤は未だ、猛々しい炎に捲かれていた。もはや着ているものも――そして細菌などから身体を守る皮も焼け落ち、肉がジュウジュウと焼け続けていた。

 炎に捲かれ、その表情は見えない。

 ただまるでゾンビのように、手足を放って前かがみに立っていた。

 ゾンビ、か。

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