二度目の謝罪
「いや、別に笑ってないぞ?」
「笑ってるし!」
「ああ、そうか。これは笑ってると言うよりも、口が少し曲がってるんだな。はは」
「ていうかははって聞こえたしははって!」
「それは、あれだ。母親だ、母。ははは」
「ははは!?」
「そんな怒るなよ吸血鬼」
「ッ!!」
ラッシュの激しさが増す。こっちが左手を掴んでるから、間合いを外すことも出来ないのが少々辛い。だがまあなぜか手を離す気にはなれなかった。よくわからないから、理屈はいったん放棄する。
「ど……どうせボク、吸血鬼だしっ!」
鋭い一撃と、躊躇いがちの言葉が飛んできた。そのギャップに一瞬呆気にとられ――そのせいで反応が、一瞬遅れた。
目の前に、爪。躱しきれない。マズい。とにかくこれをどうにかしようと――左手の拳を、放った。
掌に、命中。やや押され靴が摩擦を起こしたが、なんとか威力を相殺。危ない、あと一歩で顔が吹き飛ぶところだった。
「ふー……っぶねえな」
「……なんで」
ぼそり、と宮藤が呟いた。
「なにがだ?」
だから、訊いた。
宮藤は、
「なんで、手……」
ああ、これか。
「行かせたく、なかったからな」
「……だって、契約できないって。ボク、吸血鬼だって」
「実際契約できないし、お前吸血鬼だろ?」
「そ、そうだけど……」
「なあ」
俺は右手で宮藤の左手首を掴み、左拳を右掌に押し付けたまま、宮藤の顔を覗き込んだ。それなりに、真剣に。組み手以外でこうして相手の顔を真剣に覗き込むなんてこと、今までなかった。
宮藤は俯き、視線をこちらに合わせることはなかった。仕方なく、俺は続ける。
「お前、怒ってんのか?」
訊いて、自分で自分の質問の馬鹿らしさに、呆れた。
途端キッ、とすごい勢いで睨まれる。
「お……怒っておこっれおこ、こ、ここ……ッ!」
「いやすまん、俺が悪かった」
失言だった。ここは素直に謝っておこうと思う。
すると宮藤は、目を丸くした。なにがきっかけになったのかはわからないが、しかしこの怒りが少しでも収まるならなんでもよかった。
「どうした、宮藤?」
「……今史が謝ったの、なんか久しぶりだね」
そういえば、そうかもしれなかった。宮藤に謝ったのは、そうだ、以前吸血鬼というか化け物呼ばわりして夜にボッコボコにした夜に、謝っていた。あの時は本当にというか本気で動揺して、普段とは違う言葉遣いでゴメンとか連呼してた気がするな。
恥かしい、消し去りたい過去だ。そういえばその時の負い目から、この女に協力する羽目になったんだったな。それが、借りだったか。
「そういえば、そうだな」
「あのときだったね。酷かった今史が、優しいなぁとか思ったの……」
「ひど……いやまあ、いい」
よくよく考えればよくまぁ初対面から目突きして蹴って、蹴って、蹴りまくったものだったな。まあ殺し合いとかいう言葉とか雰囲気がインパクト強かったが、俺の方が結構酷い奴なのかもしれなかった。言い分は色々あるが、ここでそれも女々しいから押忍の精神で耐える。
「なんか、それから少しづつっていうか基本酷かったけどたまに優しくて、なんだか……」
「いやちょっと待て」
「?」
そこは一応ツッコミを入れておいた。宮藤はよくわかってない様子だったが、しかしその普段ツンツンしててために優しいというかデレ――いや自嘲、じゃなく自重。くそっ、幸人の入れ知恵のせいでなんか俺、おかしくなってるな。
「なに、どーしたの今史?」
「いや、なんでもない……どうかしててな、最近の俺は。それで――」
咳払いをひとつして、
「行くなよ、宮藤」
宮藤は、なんていうかなんともいえないような顔をした。
困っているような、悩んでいるような、それに不安や期待やその他もろもろの感情が入り混じり、かつ、それを押さえこんでいるような。
「……どうして?」
「お前ひとりだと、危なっかしいんだよ」
とたん、不服そうな顔をした。というより単純に、頬を膨らませた。
「……どういう意味? ボクを野放しにしたら、みんなが危な――」
「最後まで聞けって」
久々だった。頭を、抱えた。こいつといると、いつもそうだった。今さらだが気づいたが、こいつはどうも被害妄想のけがあるようだった。まぁ、そういう生活を送ってきたなら仕方ないともいえるが。
しばらく言葉がなかったので頭を抱えていた手をどけて宮藤の顔を見ると、またなんともいえない表情をしていた。とりあえず、話を進めよう。
「……危なっかしいっていうのは、お前自身のことだ。なにかというとすぐに無理して、結局失敗して、んで逃げて」
ぴくん、と宮藤の眉が反応したが、とりあえず俺の言葉を最後まで聞く気はあるようだった。
「お前ともだち、一人もいないだろ?」
「……いるし」
「だれだよ?」
「……今は、どこにいるかわからないだけだし」
ちょっと待て?




