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四日間の空白

 明るく笑って、宮藤は両手を広げた。全身びしょびしょのその姿は――なぜか儚げな会話と雰囲気と相まって、憐れに映った。

 意味は、察せた。

 突然変異だと、生田は言っていた。子供は親を選べないのと同様に、その各々の身体を選んで生まれてくるわけじゃない。

 そして――

「こんな……生まれてきて、ごめんなさいなボクだよ?」

 吸血鬼は望んで、吸血鬼として生まれてきたわけではない、か。

「…………」

 ふと、そんな憐れな彼女の姿を見ながら、自分を顧みてみた。

 拳を、握る。それを、見下ろす。濡れた雨粒が、潰れて、滲んだ。

 拳、か。

「……俺もな」

 気づいたら、喋っていた。口の方が、勝手に。視線も拳から、空に映していた。なぜか、少し笑えていた。

「俺もな、なんでこんな俺なんだって、思えるところがあってな。それがずっとずっと、嫌で嫌で嫌で仕方なかったんだ。というか、今でももうどうしようもなく嫌な部分なんだけどな。だけどまあ、それも仕方ないのかもなって……」

 ――思えてんのか?

 ――思えてないのか?

「――――」

 なにが言いたかったのか、結局わからなくなった。だからただ、空を見上げた。滝に打たれるという、昔の修験者の気持ちが少しわかる気がした。

 視界も聴覚も触覚も、なにもかも麻痺させた先に視えるモノも、あるのかもしれなかった。

「ふみっきー」

「なんだ?」

「契約、してくれる?」

「契約ってなんだ?」

「ボクと、一緒に生きてくれる?」

「――――」

「ふみっきー?」

「契約したら、どうなるんだ?」

「ふみっきーとボクは、ずっと一緒だよ。運命共同体だね。二度と離れないよ」

 どくん、どくん、と心臓が脈打った。どうしたものか、と二秒考えた。

 結論は、残念なぐらいあっさり出た。

「契約は、無理だな」

「なんで?」

「俺は、誰かと生きていくことは、無理な男だ」

 長い沈黙があった。おそらく今日こうして話してから、最長の。その間も俺は、視線を下げることはしなかった。

 ――出来なかったのか?

「そっか」

 こんな寂しそうな発音を聞いたのは、初めてのことだった。

 俺はそれに、

「無理だが……だが、血を吸いたくなったら、言いに来い。いつでも俺の血なら、くれてやる。だからもう、無差別に誰かを襲いたくなるまで我慢したりするなよ? いいな?」

「うん」

 ぽつりとした、呟き。

 それに誘われるように、俺は視線を前に下げた。

 いつの間にか目の前には、誰もいなくなっていた。

「宮藤……」

 俺はどこか名残惜しむように、呟いていた。

 嵐を呼ぶ女というか、嵐のような女だった。


 家に入った。水戸を起こして風呂に入れて、俺も入って着替えて、そのまま眠りについた。水戸が少し寒がったので、風邪薬を飲ませておいた。

 そのまま、四日が過ぎた。

 何の音沙汰も、なかった。

 ただただ日々が、過ぎていった。朝起きて、学校に通い、道場へ行き、家に帰って、そして眠る。そんな毎日だった。戻ってきた、当たり前の日常。それがそら寒くなるくらい、俺を不安にさせた。

 昼休みに、屋上に行った。ふみっきー最近付き合いわりぃよな、と幸人にぶつぶつ言われた。元々付き合い良かった覚えはないのだが――幸人が宮藤のことを話題に出したのは、あの嵐から二日目に一度だけだった。なんか最近えりりん見なくね?

 ただだか四日だけどな。

 それだけ頻繁に、出現してたってことだろうな。

 騒がしかったといえば、そうかもしれない。色々騒動を巻き起こしてくれた気もする。だけどいま思い返せば、それほど大したことも起こってないのか? という気もしていた。いやまあ両親が入院したのは大きなことだったが、それでも一日で無事退院。母親は輸血受けて終わりで、父親は左腕にキブスで全治二週間らしい。

 そういや家に突然来た時には、ビビったな。朝起きたら覗き込んでたり――ともうなんだか最近のことしか思い出せない。それだけ、色々あったということなのだろう。

 まあ、なによりのインパクトは――

 屋上で眠っていたら、いきなり襲われたことか。

「なあ、おい」

 呟き、俺は起き上がった。最初の日と、同じように。前後の記憶がない。どうやら気づかないうちに眠っていたらしい。いま、昼休み、だよな?

 陽射しがまぶしい、初夏の陽気。

 そいつは振り返ると、目の前で笑っていた。

「なにが、おい?」

「というか疑問符はなあ、につけるべきだろう。おい、はただの呼びかけだ」

「そうなの?」

 くりっ、と頭を傾げる。愉しげだ。この上なく。前みたいな作りものじみた不気味さが、欠片もない。感情がストレートに、こちらにぶつかってくる。

 それに、こちらがついていけきっていないというのは本音ではあったが。

「一応、人間社会ではな」

 だからこんな失言を、かましてしまうのだろう。

 明らかに、宮藤の表情が曇った。それに、少し胸が痛んだ。どうもよくない、よろしくない。どうもこの子に会うと俺は、ペースというかそういうものが狂ってしまうらしい。

 気を、取り直す。

「で、なんか用か?」

「うん。お別れ言いに来たよ」

 数瞬、俺はなにも言えなくなった。

「……そうか」

「うん、今まで楽しかったよ」

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