現状維持
端的な言い方で、嫌いじゃない。
だけど事は、それほど簡単とも思えなかったが。
「お前のことが憎いかといえば、否定し辛い」
我ながら、なんとも遠回しな言い方だと苦笑したくなった。
宮藤に変化は、見受けられなかった。
「だが嫌いかといえば、そうでもないんだな」
その瞳の奥が、初めて揺らいだ。
だがそれが単純な動揺や期待の類でもないと、理解した。
深いな、この女は。
「ボクが、嫌いじゃないって?」
「ああ。正直俺自身も気持ちの整理がついてないから、ひとつひとつ言うぞ? まず、親父とお袋を襲ったことに関しては、怒ってる。これは理屈じゃない。もし万が一があったらなんて考えると、そりゃもう今すぐ殴りかかりたいくらいだ。
だけどな、理屈ではお前の状況が、気持ちがわからなくもない。そりゃ苦しかったろうし、それだけ追い詰められれば見境だって余裕だってなくなってもしまうだろう。
だがそれでも、今まで犠牲になってきた人間の気持ちを無視するわけにもいかない。
だけど個人的に言えば、それでもこうして逃げ隠れせず俺の前に現れてるお前が、正直言って俺は結構好きだ」
全部言って、少しは気持ちが楽になった気はした。行き詰ってモヤモヤしてもう打つ手も無いなら、ぶちまけるのも必要なのかもしれないと思った。まあ時と場合にもよるだろうが。
「……………………へ? そ、それって?」
よくわかっていなかった。というか今までの別人のような雰囲気が一変して、元の頭空っぽなちょっと変わってるだけのふつうっぽい女子高生風の宮藤に戻っていた。
思わず俺は、笑っていた。
「くく……まあ簡単に言えば、俺個人としてはお前のことを腹立ってもいるが気に入ってもいるけど、みんなの気持ちを考えたらそんな簡単に許していいか判断つかないわけだが、仕方ない部分もあるかと納得もしてるってとこだ」
「ん? え? へ? あ……んん?」
これだけ言ってもわからないか? ――いや、わからないだろうな。言ってる俺でさえそう思う。よくわからないからこそ、これだけ俺は悶々としてるんだから。
だいたいが、ごちゃごちゃしすぎてる。
もっとシンプルに、考えるべきなの、だが――
「……つまり、だ。その……あれだ」
「……なに?」
「…………」
「今史?」
「…………現状維持だ」
口から出た言葉は、白黒ハッキリつけたい俺らしくもない言葉だった。
宮藤はくりっ、と頭を傾げていた。それをつい見てしまい、可愛らしいと感じてしまった自分もまたらしくないと――笑えた。
「くくくっ……とりあえず、様子見ってとこだ。今すぐ結論が出ない。だからお前への対応も、今までと変わらずだ」
「変わらず、って……」
「そのくりっと頭傾げるのやめい!」
なんとかメガネのツバを抑えて堪えていたが限界を迎えたのでバッと手を払い、ガシガシと頭をかいた。それにびくっ、としたように宮藤は後ろに引いた。怖がったとか驚いたというより、それはヒイたというのに近かった。それがまた屈辱で、笑えてきた。
「ど、どしたの今史?」
「い、いや、ちょっとな……とりあえずそういうわけだから、ホレ」
右腕の袖をまくって、前に差し出した。
宮藤はもはや訝しげな表情と眼差しで、こちらを見ていた。不可解さが限度を越えて、怪しささえそこに孕み始めていたのだろうか。
行動で納得できないのなら、言葉で説明するしかない。
「すえよ」
「寿衛代?」
誰だよその明治生まれの長生きひい婆ちゃんみたいなネーミングは。
「吸え、って言ってるんだ」
「すえ…………って?」
さすがに、勘づきだした。とたん、声が小さく、視線が探るようなものになる。まあ例えるなら泥棒に財布差し出すような行為だからな。相手が慎重になるのもわかる。警察のおとり捜査の網に飛び込むバカはいない。
と普通の感覚なら、そんなところだろうか。それがこの吸血鬼にまんま通用するかはわからないが。
――さて、どうこの警戒心を薄ませるか?
「だから……あれだ。俺としてはその、家族のことはおいておいても実際気持ちはわからなくもないと。それに昔のことを他人が色々言っててもしょうがないと俺は思うし、罪は本人が受ける、感じるべきものだと思う。実際お前は気に病んでるように俺には思う、演技だったらしょうがないが、そこまで言ってもそれこそしょうがないしな。だから今の俺に出来ることは、これ以上お前が罪を重ねたり苦しまないで済むように、血液を提供するぐらいのことだと」
「…………」
「そう、俺は思ったわけだが」
「…………」
「なんか言えよ」
黙りこくっていた。しかも今までと違い瞳の奥に感情の揺れも見せず、そして訝しがるような表情もなく、ただなんていうか――珍しい生き物でも見るような感じで。
失礼だな、それはこっちの台詞だった。
「……今史って、ホントに人間?」
「お前めっちゃくっちゃ言うな」
「いやだって……」




