遠い日の帰り道
水戸を背におぶって、深夜の道路を歩いた。今夜の月は、満月だった。美しい。月を美しいと感じるだなんて、今までの俺だったら無かったなと思う。そんなに情緒に富む方じゃない。どちらかというと俺は自分のことで、精一杯な方だ。
こんな風に思うようになったのは、間違いなくあの人騒がせなバカ吸血鬼のせいだと思う。会ったら、一言も二言も文句をいってやろうと思う。まったく、こんなとんでもないことに人を巻き込みやがってと。
だから出て来いと願った。
あの時みたいに、空気を読まない感じで。
「――――」
静かだった。なんだか、胸が締め付けられるくらいな感じで。あれが現れて以来、気をゆるんだ頃にいつも現れて、こっちの生活を狂乱のるつぼに叩き落してくれたっていうのに、こっちが出てきて欲しい時は現れないなんて、あいつらしいと思う。
どうしてくれるっていうんだ、この気持ち。
突然現れて、放っぽるなんて、ひどいな。
「なあ、水戸?」
なんとなく、背中ですやすや眠る9歳児の妹に、声をかけてしまった。
もちろん、返事はない。
なんだか、切なくなったのはなぜだろうか?
「なあ、水戸?」
返事がないのに、なぜ俺は呼びかけを続けているのだろうか?
「静かな、夜だよな? なんか声もしなくて、湿気も低くて、寂しくなるな、なんか。なんでだろうな? 兄ちゃん、わかんねえわ。水戸、わかんねえかな?」
9歳児に問いかける高校二年生なんて、かつていただろうか?
武道家も、なにもないな。自己嫌悪に陥りそうだった。だけどなぜか言葉は、止まることはなかった。
「なんか、こんなの久しぶりだよな? 前もあったよな、水戸を背負って家に帰ったこと。いつだったっけな? あの時は水戸体重なんかないんじゃないかってくらい軽かったけど、大きくなったよな。そういやその時、父さんも母さんもいなかったっけ? なんか、思い出してきたな。そういや銭湯とか、温泉とか? そんなのに家族で浸かった帰りだったっけな?
なんか、懐かしいな」
少しづつ、自身の精神状態を理解しつつあった。だけどそれを拒否していた理由も、同時にわかりかけて、正直叫び出したい気持ちになりかけていた。
背中に水戸がいないと、危なかったかもしれない。そういう意味では、俺はいま水戸に助けられてると思った。
気がつけば、あと300メートルくらい。もう、家に着く。やっぱり、もうアレには会うことはないんだろう。そう思って、残りの歩数を消化した。
その矢先だった。
表札がつけられた門柱。
そこに、宮藤が片膝を曲げて背を預けていた。
「――――」
気配を、感じなかった。つまり気配を消せたということだ。それは今までの宮藤とは、別物だということを示していた。武とは別の心得があるということだろうか。魔法といい、まったく厄介な代物だった。
パラパラと、雨が降り始めていた。
「…………おかえり、今史」
俯き加減に、声がかけられた。どこか、照れてるように。その声に、普段と違う様子は感じられない。
いや、違う。
「元気ないな、お前」
いつものような騒がしさだけが、欠けていた。
それだけで、どこか別人のような雰囲気を醸し出していた。
「そっかな? 別にいつもどーりだよ、ボクは」
力ない笑みを浮かべ、寄りかかっていた門柱から離れる。そして改めて身体ごと、こちらを向く。
顔は、俯いたまま。
視線は、絡ませず。
「元気?」
「あんまり元気じゃないな」
「なんで?」
「色々あってな。まったく、武道家として生きるっていうのは難しいよ」
「そか」
空々しい会話だった。逆に言えばそれが、いまの二人の距離なのかも――関係なのかも、しれなかった。
俺は、黙った。先に喋るより、相手のことを引きだす方が俺のスタイルだった。それは戦闘においても同じだった。自分から畳みかけるのは、あまり好きじゃない。
「……あのさ、」
五秒くらい経ってからだった。宮藤が、喋ったのは。
「なんだ?」
「その……あのさ、」
「なんだ?」
そしてまた、宮藤は黙った。なにかじれったそうにしているが、俺は構わない。在り方を変えず、ただ待った。
やはり五秒くらいだっただろうか。
「今史、その……」
「なんだ?」
「……水戸ちゃん、寝てるね?」
「そうだな」
「ど、どこか行ってきたの?」
「ああ、病院にな」
いちいちいちいち静まり返るな、この女は。
こんなめんどくさい女だったか、こいつって。
「…………そ、そっか。病院、行ってたんだ」
「そうだな」
「な、なら……誰か、その……」
「もうよくないか?」




