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悪魔の再来

「まあ、そういうこともあるかもな。特にお前なら。で、なんだ? 今日はいつにもまして楽しそうだが、なんかあったのか?」

「あーそーなんだよ親友聞いてくれよー!」

 なんとなしに繋げた言葉が、思わぬクリーンヒットを生んだらしい。嬉しくない誤算だったが、振った以上は拾ってやろうと、

「あぁ、ホントにあったのか……で、なんだ? なにを聞いて欲しいんだ?」

「ああ、そう、今日さ、オレ、会っちゃったんだよねー! あれこそ天上の天使っていうかさ、野ばらに咲く一輪の花っていうかさ、ぶっちゃけ超絶美少女っていうかさ!」

「だんだん形容詞のグレードが落ちてきてんな……で、なんだ? 結局美人が、どうしたんだ?」

「そう、オレ、会っちゃったんだよね! いつものように遅刻してきて、ふらふら~、と歩いてたら、校門の近くで――」


「こんばんわ、ミスター空手家」


 全身がざわざわ、と波打った。

 もう二度と聞くことはないだろうと確信していた、その声、響き。いやそれはたぶん本心ではないだろう。もう二度と聞きたくはないと、早くも記憶を封印しにかかっていただけだ。ああ、そんなことはどうでもいい。それよりなにより、この状況をどうすべきかが何より大事なことだ。

 視線を、声がした方に向ける。階段に差しかかった廊下の終わり、その遥か上方。三階へと続く踊り場に、それはいた。

 嘘みたいな、それは可愛らしい笑顔だった。あまり女性に縁のない自分ですら、それは見惚れてしまうほど。

 まさに魔性といっていい類の。

「え? なに、ミスター空手家って? どゆこと? てゆーかあの子じゃん、オレが校門で見たのって! おーいっ、なになにふみっきーときみって知り合い?」

 その魔性にやられた男がひとり、無警戒に女生徒に近付いていった。正体も知らず。

 それに女生徒はあら? と疑問符を浮かべ、

「だれ、きみ?」

「え、ぼくっすか? ぼく、赤貝幸人っていーます! お嬢さん、どこの誰っすか? この辺じゃ見ませんよね、でもここの制服着てますね、転校生っすか? ならぼくが案内役を是非とも買って出たいんですけど、どうっすか? 今ならお安くしといてお得なんすけど?」

 いつもの調子大爆発だった。ぜんぜん相手の返事なんて気にもかけず自分の都合をまくし立てる。しかも話に聞いていた相手だけに、気持ちの入れようも格段だった。

 それに女生徒は、んー? と頭を傾げ、

「え、安いの? っていうか、お金取るの?」

「へ? いやーまさか、冗談っすよ冗談。ただ今がチャンスっていうか、是非オレにお任せをっていうか、そんな感じのことを伝えたかっただけですよォ、どっすか?」

「チャンスなの?」

「そう、チャンスっすよォ。ぜひぜひオレに、どうっすか?」

「うん、じゃあきみにもお願いしよっかな?」

「へ、なにをっすか?」

「ボクと、殺し合いしてくんない?」

 ズバッ、と幸人のシャツが引き裂かれ、鮮血が、階段に飛び散った。

 静寂が、夕暮れ時の学校に訪れた。まるで時が止まったように、錯覚した。これが現実の光景だとは、信じられなかった。まるで異次元に、飛ばされたような感覚だった。

「――――ってッぶねーッ!!」

 そんな幻想的な雰囲気を、無粋な男の無粋な叫びが打ち砕いた。まったくもって、もったいない。

「お前には情緒ってもんがわかんないのか?」

「ってそんなん言ってる場合じゃねーってふみっきー! ほれ、これ、脇腹! 掠めてるって、貫手ぬきてかすめてるって!!」

 見ると、女生徒の真っ直ぐに伸ばした四本の指の爪が、幸人がいうように脇腹の傍を貫通していた。いやこの場合貫通はおかしいか実際貫通していたら今頃こいつは物言わぬ屍だろうし。

「にしても、よく避けたもんだよなお前」

「ホントだよなんだよこの子怖いよ恐ろしいよおっかないよだけど可愛いよなんだよこの二律背反お兄さんなんか昇天していっちゃいけない場所に飛び出ちゃいそうだよっ!!」

「まぁ落ち着けって。今のお前とんでもなくアレな人物になってるし」

「……ていうか避けるんだ、いまの」

 この発言は女生徒、というか吸血鬼だったっけか。

 どっちでもいいか。

 幸人はそれにバッと距離を取り憤慨したように腕を組み、

「ホンっトそうだよオレじゃなきゃ死んでるよだいたいなんだよその殺し合いしてくんないとかわけわかんねーしっていうか男女はそもそも愛し合うもんだしどぅーゆーあんだすたーん?」

「そのまくし立て文章やめろ、聞きづらいから」

 フォローを入れて、俺は二人に向かって歩み出した。階段をゆっくり上がると、幸人の血が垂れてる場所があったから、念入りに踏みつけておいた。意味はない。

「……いまふみっきー、ひとの血痕踏みにじらなかって?」

「言葉は正しくな、そしてたぶん気のせいだ」

「そうなの?」

「あ、あのー……?」

 女生徒がこちらのやり取りに、挙手で自己主張してきた。なんだか最初の異様さも得体の知れなさもすっかり鳴りをひそめていた。幸人にかかると吸血鬼ですらこれだからな。

 俺は二人が立つ踊り場まで歩いてから、

「なんだ?」

「いやなんだっていうか、この子ってなにもの?」

「え、ぼくっすか?」

 話題がこちらに移ったと思って油断して皮がめくれた脇腹をふーふーしてた幸人がぽけっとこっちを向くから、

「ああ、お前だ。話したかったんだろう、この子と?」

「え、いやあ……そりゃ顔はかわえーけど、暴力的なのはちょっと……」

「ん? キライになっちゃった?」

「ぜんっぜんまさかっすよ!」

 くりっ、と傾げた頭に幸人は1秒かからず陥落した。いやまったくもってわかりやすくてどうだかだが、どうでもいいか。

「で、なんの話っすか? オレっすか、オレの話題なんすか?」

「そだね、きみの話だね。きみ、なにもの?」

「オレ? オレは話せて面白くて特に女の子に優しいじぇんとるめ~ん、赤貝幸人――」

「なんでボクの爪、躱せたの?」

 微妙な沈黙が流れた。軽く返そうとした幸人に対して、女生徒は真っ直ぐに疑問を投げかけてきたからだ。

 幸人はこういうことに慣れてない。一方的に喋るのが得意で、基本相手は呆れてそのペースになるからだ。

 思って見ていると、幸人がこっちを見てきた。ヘルプ、と表情が物語っていた。それをぷい、と視線を外す。

 そんな義理はない。

 ひきょうもの~……と消え入りそうな呟きが聞こえた気がするが、たぶん気のせいだろう。


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