辛いよな
購買でパンを買って、ソファーに戻って水戸と食べた。あんぱんに、カレーパンに、クリームパンに、たまごサンドイッチ。うち三つは水戸が食べた、一瞬で。俺はクリームパンを半分も食べてるうちに、食事の手が止まってしまった。それを水戸に見咎められ、というかぼーっと口を開き涎を垂らしてるのを見つけ、その残りの半分も渡した。水戸は一口で、ほとんど噛まずに飲み込んでいた。
「よく噛めよ、水戸」
「わ、う、す、すまぬなのじゃっ」
かたいな、水戸は。つくづく思った。見ていて、なんでこんな不出来な兄の妹がこんなよく出来た子なのかと不思議になる時がある。
腹、減ってたんだろうな。なのに今までこっちを気遣って、我慢して。
腹減るのを我慢するのってのは、辛いよな。
「…………」
なにか言うべきかどうか考えたが、言葉になるものじゃなかった。
そして観音開きの手術室の扉が、開かれた。
「…………っ!」
「あ、せんせ――」
「先生っ!」
出てきた頭の上から足の先まで真っ白な装束に身を包んだ医師に、俺は取り付く。それに医師は最初驚き眼を丸くして、
「……ご家族の方ですか?」
「ちょ、長男です! それで、母は……父は!?」
一拍の間を開け、
「――検査の結果は、問題ありませんでした。お二人とも、ご無事です。しばらくは安静にしていただきますが、命に別状はありません」
魂が、心臓から抜けるような感覚だった。
「そ、そう、ですか……」
振り返ると、水戸は呆けたようになっていた。たぶん、俺も同じような表情をしているのだろう。水戸がもう少し年取っていれば、現状を理解して、泣きもしていただろうか?
そして、丸一日が経った。両親と再会して、そこで水戸は泣き俺はなんとも言えず、ただ黙って俯いていた。それでただただ、水戸が色々喚いているのを聞いているだけで、一日が終わってしまった。
夕方。泣き疲れて眠ってしまった水戸を連れて、家に戻ることになった。
「――じゃあ、帰るわ。保健証と金も持ってこなきゃなんないしな」
夕陽が病室を赤く染める中、ベッドに並んで横になる両親を背に、俺は手を振った。もうあまり、二人とも心配はないようだった。父の腕の骨折にアバラのヒビと頭部の打撲は気にかかったが、あとは貧血のような症状が気を失っていた原因だったらしい。だったらあの長いICUでの治療はなんだったのか?
問題は、その傷跡だったらしい。
首筋に穿たれた、二つの穴。なにか獣に噛まれた危険性を考慮し、感染症や細菌の類を調べていたらしい。そりゃあ、徹底的に調べて欲しい。もし家族になにかあったら、俺も歯止めがきかないだろうから。
「おう、今史」
親父から、声をかけられた。こっちはドアに手をかけてるし、反対の腕では背中ですやすや眠る水戸を支えてるから、あえて振り返らなかった。
――本当に?
「なんだ、おや――父さん?」
「父さんたちのことは、心配するな。なあ母さん?」
「ええ、そうですとも」
ハハハ、とホホホ、と笑い合う幸せ夫婦。心配したのが損したと思わせるほど。
くっ、とつられてこちらも笑ってしまう。
「……ああ、心配しねぇよ。でもそっちも、あんま無茶すんなよ?」
「今史?」
今度は母の方が、声をかけてきた。なんなんだ、と思う。こっちはもう帰ろうとしてんだから、話は先にしておけよなと。
ガチャリ、とドアノブを回す。そして半分、ドアを開ける。
「なんだよ、母さん?」
「今史?」
振り返る。母さんは、そんなに喋ったりしてコミュニケーションをとるタイプの人間じゃない。少ない言葉で――というより表情や雰囲気や気で、こちらに想いを伝えてくるタイプの人間だ。
穏やかな、それは表情だった。そして諭すような、それは瞳だった。口元は緩やかに、結ばれている。
「…………ああ、わかってる」
それは問いかけだと、理解はしていた。そしてそれは自身に対する返答を期待してのものではなく、俺が俺に対して考えなければならないと押しつけがましくなく母親として優しく包みこむように促しているのだということも、わかっている。
いつまで子供扱いしてくれるんだか、この両親は。
足を、踏み出す。
別れの言葉は、なかった。もう振り返ることもせず、手をひらひらして去る。それに父も母も人のよさそうな笑顔で手を振って応えているのを感じた。




