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惨状惨劇

 なにがあった、とは聞けなかった。水戸はただの、9歳の、小学三年生の、子供だ。何も知らない子供だ。純粋な子供だ。そして倒れている二人の、子供だ。そんな子供に、なにが起きたかだなんて聞くことなんて、俺には出来ない。

 だからただ、近づいた。二人に。同時には出来ない。だからまず母に、寄り添った。

「……母さん?」

 反応は、ない。とくんとくんとくん、と心臓の音が聞こえる。落ち着け。言い聞かせる。とにかく、武道家らしく。

「か、母さん?」

「ん……」

 反応、あり。

 気がつけば掌には、じっとりと汗をかいていた。

「…………ふぅ」

 ゆっくりと顔をあげ、額の汗を拭い、今度は親父殿の方へ。なぜか身体が鉛のように重く、一歩一歩確かめるようにしか進めなかった。

 じれったいどころか、永遠に辿りつけないんじゃないかとすら感じられた。

「あ、兄じゃ……?」

 水戸の声に、正気に戻る。

「あ、ああ……だ、大丈夫だからな?」

 振り返り、笑顔を作る。大丈夫だ。なにが大丈夫かはわからないが、だけど大丈夫だ。絶対に。たぶん。きっと。

 改めて、親父の方を向く。

 一気に血の気が、引いた。

「あ……」

 親父は、血だらけだった。服もあちこち、裂けていた。全身、切り傷だらけだった。

 そして右腕が変な方向に、曲がっていた。

 骨折していた。

 これだけ見れば、わかる。

 親父は――

「……おお、今史か」

 眼を、開けた。

 どくんどくん、と心臓が高鳴っていた。

「親父……あの、俺」

「お前の彼女、なかなかにヤンチャな娘だな」

 親父と呼んでも、正拳突きが飛んでこなかった。

 なのにそんな血だらけの顔で、笑ってなんて欲しくなかった。

「……彼女じゃねーよ。それで、いったい、なにが――」

「今史」

 なんでそんな真剣に、俺の名前呼ぶんだよ。

 なんだか、すごい嫌な予感がするじゃないか。

「……なんだよ?」

「父さんのことは、気にするな」

 意味がわからない。

「どういう意味だよ、それって?」

「お前はお前が信じる道を、行けってことさ」

「それって――」

 ガク、と親父の頭の力が、抜けた。

 あとはもう、問答どころじゃなかった。

 真っ青になって泣き出した水戸で、俺で、バタバタと携帯で救急車を呼んで一緒に乗り込んで両親に声をかけて病院に着いて容体を聞いてそのままストレッチャーに載せられて手術室に入っていく親父とお袋の姿を、見送った。

 病院の廊下で、水戸と並んで両手を合わせて瞳を閉じて、必死に両親の無事を祈った。

「…………」

「……兄じゃあ」

 呼びかけられた。水戸に。それに10秒くらいかけて、顔を上げ、手を離し、ゆっくりとさらに数秒かけて、振り返った。

「…………どうした、水戸?」

「兄じゃ、その……なにも、食べないのかの?」

「ん? お腹空いたか、水戸?」

「だって、その、あの……」

 見上げる。それに俺も倣うと、そこには時計が掛けられていた。

 少し、驚いた。

 既に病院についてから、11時間近く経っていた。

「マジか……」

「兄じゃ、その……お腹、空かないのかの?」

「そうだな……水戸、食べてきな?」

 財布を、手渡した。その時振れた肌の温度に、少し救われた気になった。

「……あ、兄じゃは?」

「いや、俺はいいよ」

「だ、だったら……わしも、いいの――」

 ぐるる、とお腹の音がした。

「…………これは、その」

「食べてきな、水戸?」

「だ、だいじょうぶなのじゃ! だいじょうぶなのじゃっ!」

「いや、無理しても……」

「だいじょうぶっていったらだじょうぶなのじゃあ兄じゃのしれもの――――――――っ!!」

 ムキになっていた。立ち上がり、大声をあげていた。それを力なく見上げる。本来病院だということで咎めなければならないが。眠い、というのもある。

「……痴れ者、だな。俺は」

「兄じゃ……?」

 激昂した妹は、一気に心配するような瞳でこちらを覗き込む。それを見て、どうしたものかと俺は考える。というよりずっと考えていたことを、一時中断する。

「……そうだな。飯、食いに行くか?」

「お? お……おうなのじゃ! 食べに行くのじゃ!」

 飯を食う。

 ただそれだけの単語でこれだけ動揺してしまう自分に、いったいどうしたものかとやはり悩んでしまっていた。


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