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自喰行為

 言葉とは逆に、笑いが止まらなかった。なるほど、こいつは面白い。最初は扱いに困るところもあったが、慣れればなるほどこんな可愛いやつはいないのかもしれない。俺の周りは浮世離れしたやつばっかりだからな。

「だって……だって、馬鹿じゃない? あんだけ教えてあげたでしょうが? あんだけ目にしたでしょうが、あの化け物の恐ろしさ、醜悪さ……その上、な、なんのためにアレのとこに戻るっていうのよ?」

「簡単だ」

 だけどまぁ、今は振り返らない。そんな暇もない。あいつのことだ。どこぞであの時みたいに馬鹿みたいに子供みたいにっていうか子供丸出しでボロボロ泣いてるだろうから。たった一人くらいは、傍にいてやらないとな。

「俺の血を、吸わせてやればいいからな」

 壊れてしまうかも、知れないからな。

「…………あんた、正気?」

「……残念ながら、オレの見解も差異ないな。少年はいったいどういう神経をしてるんだ?」

 二人して問いかけられる。それに俺は肩をすくめるだけで応え、そのまま扉を押しあけた。

 じゃあな。もう会うことも無いかもしれないが、というかむしろ俺としてはそっちを願うよ。

 次会うことの意味を考えたら、そう願わずにはいられなかったから。


 なぜか。

 部屋を出たら、どしゃ降りの雨の中だった。

「…………」

 一秒に満たず空に視線を向け、即座に下ろして前に向け、走り出す。走りながら、状況を把握する。

 周囲の風景には、見おぼえがある。家から見て学校側とは反対の、公園を挟んでの繁華街に向けた道だった。確か町名は、路ヶみちがちょう。俺の家から、走って20分くらいの場所だったはずだ。

 まず、家に戻ろう。そしてあれからどうなったのか、家族に確認を取ろう。宮藤のアゴをカチ上げ、こめかみを打ち据え、アバラをへし折った末、宮藤は膝をつき、ほとんど行動不能状態に陥っていた。以前夜に会った時のことを思い出す。前蹴りの一閃で、宮藤は上半身をあげることも出来なくなっていた。その時のことを考えると、本当に悪いことをしたなと思う。

 去り際に、耳に――というより察した気配を、反芻する。なぜ行かせるんです? 興味があるからさ。その二つだけだったが、あとは脳内補完可能な領域だった。そんな勝手な。いやまぁいいじゃないか? どうせ我々には手に負えないんだ。

 なるほど、確かにあれは簡単に手に負えるレベルじゃない。だいたいが考えて、これはおそろしい事態だった。

 だってあの時、日は完全に墜ちていたんだから。

 それであの、戦闘力。見境ない、闘争心。

「…………」

 それが日が昇れば、ン十倍、場合によってはン百倍にも膨れ上がるという。

 しかも吸血鬼。最後には、血を――

「…………」

 いかん。こうして全身をずぶ濡れに雨に浸しているというのに、身体が火照ってきていた。まったくもって、よくない。武道家たる者、いついかなる時にも平常心でいなくては。

 そう、願ってはいるのだが。

「…………ハァ」

 修行不足を、痛感する。昨日の時のように叫び、のたうちまわり、地面を叩く気には、ならなかったが。

 代わりのように戒めるように、自分の顔を一発殴っておいた。頬の痛み、ぺろりと舐めとる。血が出るか出ないかのところで、皮が剥けただけのようだった。噛み、千切り、食べる。戒めだ。

 自喰行為というのも、どこか吸血に似た感じがある気がした。

「どうなっ――た、だいま」

 嵐のような空模様から、ドアを引いて第一声に事情を聞こうと思ったがそれは野暮だしなにより勝手に飛び出しておいて失礼だと思い直し、まずは挨拶を。

「……兄じゃ」

 絶望的ともいえる妹の口調に、事情は理解できなくても事態は察した。

「どうした、水戸?」

 動揺を増さないように、落ち着かせるように、静かな口調で問いかけた。嫌な予感なんて、そんな漫画のような展開はなかった。

 ただただマグマのようなクソ、という気持ちが湧きあがるのを抑えるのに必死だった。

 水戸は泣きそうな表情で、ヨタヨタと玄関に続く廊下を歩いてきた。

「兄じゃ……母さまが、父どのが……」

 気づいた時には、はしってた。

 目に映らない。横を過ぎていったはずの水戸も、居間の様子も、階段も。ただもう気がつけば、二階の自分の部屋のドアを叩きつけるように、開けていた。

 なぜか一瞬、そこに広がる光景が理解できなかった。

「――――」

 感情が、湧きあがらない。手足の一本も、指すら動かせない。ただただ目の前の光景を、凝視するしか出来なかった。

 父が、倒れていた。部屋の端で、右肩から寄りかかるようにして。

 母が、倒れていた。俺のベッドの上に横たわり、ただただ眠るように。

 だけどその両方の首筋から、赤い、なにか、紅いモノが――

「兄じゃあ……」

 どくん、と心臓が跳ねた。

 水戸が、後ろにいた。違った。縋っていた。俺の服の裾に。ガタガタと震えて。目に、涙を湛えて。

「水、戸……」

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