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空手

 生田は蹴りの勢いそのままに吹き飛び、左側の壁に激突した。衝撃に、家全体が揺らぐ。素人相手にこれだけの強さで蹴り込んだのは、初めてに近いことだった。自分でも、同時に恐怖や引け目に近い感覚も浮かんでいた。

 もちろん一緒に、愉悦ともいえる"感情"も浮かんでいたが。

「っ、く……あ、っ」

 生田は横向きに倒れて、頭を押さえた。その左手には、以前も見たリボルバー式の銀色の拳銃が握られていた。おそらくは反射的に、咄嗟に、その銃身で蹴りの直撃から頭部を守ったのだろう。敵ながらあっぱれともいえる反射神経というか対応能力だが、あまり大きな効果は望めなかったようだ。

 なにしろ足の力は、手の三倍だ。

 着地する。足元は、既に元の硬い床に戻っていた。生田が深手を負ったため、なにかしらの効果が切れたらしい。好都合だ。これでもう、足場も気にせず戦える。

 さて、どう出るか?

 左手を下げて、右手をアゴの傍に置き、やや腰を落として、構える。右手を回して、リズムを取る。

 生田は頭を抱えた状態で、だいたい10秒ほどかけてようやくショック状態から立ち直ったらしい。右手で頭を抱えながら、のらりくらりと立ち上がった。

「っ、ツぅ……ふう、あーびっくりしたなあもう」

「その銃を使うつもりなら、止めておいた方がいいぞ?」

 距離は1メートル、それは既に間合いだ。それならこちらは一秒とかけずに、突きでも蹴りでも打ちこむことが出来る。なにをどう間違っても、銃を構え、照準し、引き金をひくよりは、全然まったく速い。

 しかし生田はこちらのヤル気に対して失礼なほど飄々としていた。

「いやいやもう私としても、争う気はないよ。そうか、日本古来の武道、空手か……なるほど、近接戦闘においては無類の強さを発揮するね」

「へえ……よくわかるな」

「一応、魔法使いとして魔術、魔法系統のみを研究するだけではなく、古今東西の様々な呪術や武術も調べているよ。奇跡を求める以上、ただひとつの方法論だけではあまりに心許ないからね」

「……奇跡、ねぇ」

 少し、半信半疑になる。そういうものは、実践武道としての側面を重視している自分としては、信じきれない所があった。まあでも吸血鬼とかトンデモ生物が最初に出てて、加えて登校中に白昼夢に襲われたりいきなり部屋の床がぶよぶよになったりと、とっくに俺の中の常識は崩壊寸前だけどな。

「なんだい?」

「いや、なんでもない。とりあえず俺としても、これ以上の戦闘がないというのは望むところだ」

 構えを、解く。一応睨み、それに合わせて生田が拳銃を胸元に戻すのを見届けてから、水戸に振り返った。

 にっこり、笑う。怖い目にあっただろうから、大サービスだった。

 それに水戸は、泣きじゃくり胸に飛び込んで甘えて――くることなく、くりっ、と頭を傾げていた。

 確信を持って言える、その頭の上に疑問符が浮かんでいると。

「どうしたのじゃ、兄じゃ? なにかよいことでもあったのじゃ?」

「……いや、なんでもない」

 そういや9歳児だった。事態もよく呑み込めていないのだろう。だったらさっき呼んだのはナンデスカ?

 まあいい。未だ脳の痛みに頭を押さえる生田とそこから10メートルほど離れた部屋の中心から一歩も動けず目をパチクリさせている麗に振り返り、

「じゃあ、俺たちは行くぞ。もう金輪際、俺たちには関わるなよ? 言っとくけど、俺は――」

「やっほ」

 抱きつかれた。前触れなく。ふにょん、と。

 無い胸にうずもれるって表現も、なかなか情緒にあふれてると思う。

 って、

「てとあばべヴぼべばはかけことつたたた――――――――っ!」

「なにそれ、今史?」

「ゆ、ゆゆゆゆ幸人風に言うならも、ももも文字化けだだだだっていうかさ、さ、さっさっさっとどどかんかこのバカ吸血鬼っ!!」

「あ、うんっ」

 嬉しそうに、素直に離れる。それになんとかかんとか、呼吸を落ちつけようとする。武道家たるもの、婦女子に少しばかり抱きつかれからっていちいち心乱すものじゃない。

「あばははははははお前いきなりななななななにしにきやがってててんだ?」

「今史、なんて言ってんの?」

「う、うるせえっ! お前少し黙ってろ!」

「今史? やっぱり言ってることわかんないよ?」

「ちょ、ちょっと待て……っ」

 掌で、留める。自分の未熟を認めるのも大事なことだと思う。息を大きく吸い、

「――カァアアアアア、カッ!」

「をお!? 今史それなに?」


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