小海麗
意味がわかるようでわからないやり取りだった。変声機を使ってるわけじゃないけど、肉声じゃなかった? じゃあなんだ?
まあそんなことは、瑣末事か。
「なるほど、そりゃあ気を遣ってもらってわりぃな。で、話は戻るが、さっき俺はなんて言われたんだったけかな?」
「なんでそんなこと、考えンの?」
一文一句変えず同じ文章が飛んできた。
それに今度は、キチンと答えてやることにする。
「あいつも、色々考えて、悩んだり想ったりしてんだから、単なる化け物とは違うだろ? だからそいつのそういう気持ちとか無視して一方的なやり方は、俺はあんま納得できないな」
「殺されてるのに?」
試すような、愉悦に浸るような口調と表情に、こっらまで楽しくなる。
「そうだな」
「血を吸われてるのに? ほとんど餌扱いされてるのに?」
「そうだな」
「気にもならないの? 頭弱いんじゃない?」
「まぁ、頭は鍛えられないからな」
「なんで笑ってるの? 頭おかしいの?」
ニヤニヤ笑いが止められなかった。まだまだ俺は修行不足らしい。不測の事態に対する心構えが、まだ甘い。
口元を押さえ、
「くく……いや、悪い。別に変な意味があるわけじゃない。ただ、正論だと思ってな。お前の言ってることが」
「お前って呼ぶな」
いや実に気難しい。これだから女性の扱いは、難しい。
「じゃあ名前、なんていうん……そういや麗って、お前のことか?」
「魔法使いは自分の名前をそう易々と明かすことは――」
「小海麗くん。以前も紹介させてもらった、私の不出来な弟子だよ。今までの数々の無礼、弟子に代わって私が謝罪させてもらうよ」
いきなりカットインしてきた生田に麗は慌てて振り返り、
「先生っ!」
「落ち着きたまえ麗くん。彼はこちら側の人間ではないのだよ?」
「それでも、ですっ! だいたいこんな野蛮な人種に自分の名前が知られること自体が――」
「そういう言い方はよろしくないよ、麗くん。普段からきみのそういう言い回しは敵を作りやすいから、直すようにと言っているだろう?」
「でも先生っ!」
「落ち着け」
静かだが、しかし今までと毛色の違う言葉に、麗は黙る。俺はそんな二人を見て、
「……っへぇ。なかなか躾が行き届いてるな」
「そんなんではないよ。というかきみ、わかって言ってるね?」
「まあ少しは俺にも遊ばせてくれよ」
にやりと笑う。なんだかこの短いやり取りで、気が合うおっさんだなという気持ちが芽生え始めていた。
のだが、
「それできみは、我々に協力する気はあるのかい?」
「あんたらが、あの子の扱いを考える気があるならな」
残念ながら、緊張感としか呼べないものが辺りに漂い始めた。
出来れば俺としても、話し合いで済めばと考えていたのだが――
「具体的には、どうして欲しいんだい?」
「あの子の言い分を聞いてやってくれ。そのあと、話し合いを持ってやってくれ。ただの化け物だと、吸血鬼だと、呼ばないでやってくれないか?」
「ふぅむ、んんむ……?」
「ふざけるな」
そこに割って入るのは、当然のように三角帽子の魔女っ子まがい。
窓枠から下りて、こちらによちよち近付いてくる。
「吸血鬼に人権を認めろだと? なにを血迷い事をほざいている。そんな甘っちょろい考え方で、今までどれほどの人間が犠牲に――」
「兄じゃ?」
気づていなかったわけじゃない。だからこそ、挑発して、前に出て、気を引きつけていた。そのまま去ってくれるのが一番よかったが、どうもそうはならなかったようだ。こいつがダイニングからここまで、ひとりでやってきてしまった経緯が脳裏に浮かぶようだった。あら、いま変な声聞こえなかった? お父さんちょっと見てきて――わしが行くのじゃ! 俺の部屋に起こしに来たりと、なにかしら用事がある時いつもくるのは水戸ひとりだ。
さあ、どうするか?
「兄じゃ、その……このお二方は、いったい?」
「いや、気にすんな水戸。なんでもないから、一階に降りてな?」
「で、でも……」
「おお、可愛い子だね。妹さんかね?」
やはりそうは簡単にはいかせてくれないか。生田は背中に隠した水戸に、一歩近づいてきた。それに俺は、相対するような形になる。
「ああ、俺の自慢の可愛い妹だ。人見知りでな、挨拶はいいから下にさげさせてくれるか?」
「あ、兄じゃ……?」
「いいから、心配すんな? ま、そういうわけで――」
「いいわけないでしょ?」
初めての女らしい言葉づかいは、余裕というか残酷な響きを持って紡がれていた。
ちらり、と二人の立ち位置を見る。真ん中で最初と変わらぬ笑みを湛えるのが生田で、こちらに向けてフードは被らぬまま俯き加減に歩いてくる超がつくほどの低身長が、
「うちたちのこと、聞かれたのよ? 残念だけど、ただで返すわけにはいかないわ」
「――どういうつもりだ?」




