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家族狂想曲その3

 それ以上は問いかけてくることはなく、二人並んで黙って家路を急いだ。俺ももう振りかえることはせず、前を見て歩く。意味はない。今の会話に。そして今の俺たちは、実にシンプルだ。居心地がいい。これぞ白柳今史の生き方だ、と胸を張れるほどに。

 だけど、なぜだろう。

 どこか、寂しいと感じている心があるのは?

「ただいま」

「おかえりなさいませ、兄じゃ」

 いつものようにすぐさま水戸が飛んできて、スリッパを出してくる。ヲイヲイ、お前普段いくらなんでもそこまでしてないだろう? これじゃいくらそんな言葉遣いと態度に慣れた俺でも居心地悪いわ。

「……いや、ちょっと待て水戸。お前なんだってスリッパ――」

 よく見ると。

 スリッパ、ひとつだけだし。

「あ、そうか。ほれ、宮藤使えよ。我が可愛い愛しの妹がお客さんのためにスリッパを出して――」

 スッ、と残像さえのこす速さでスリッパが、引かれた。

「…………」

『…………』

 それに俺、そして宮藤と水戸がそろって黙る。俺は呆然として、宮藤は憮然として、そして水戸は泰然として。

 なんだ、この緊張感?

「……お、おい水戸?」

「兄じゃ、このオナゴはなんでおじゃる?」

 忘れてた、というか失念してた。なにも解決はしていなかった。そういえば水戸はこの女のことを、認めても許しても理解しても誤解すらしていなかった。

 宮藤が――愉しげに、わらう。

「ワタシ、ニホンゴ、ワッカリマセーン」

「嘘なのじゃ! この前日本語話してたのじゃっ!」

「アレ、ワタシノ、イモウトデース」

「妹なのじゃっ!?」

 さすが9歳児、なんでも分け隔てなく信じ込む素晴らしく単純ごほんごほん純粋な心をお持ちでお兄ちゃん仕事が簡単で助かるわ。

「はー、外の国の人間は家族でよく顔が似てるのじゃ……」

 感心する水戸に俺は作り笑いを浮かべて、

「そ、そうなんだよ、妹なんだよ。だからお前がそんな風に怒る必要なんてな――」

「それでその姉上は、兄じゃになんの御用なのじゃ?」

 やっぱり解決していなかった。そういやこの説明じゃ、この本人のこと何にも話してないしな。むしろ俺が納得、うん。

「あー……その、」

 だんだん、めんどくさくなってきた。そういう合図を、横目で宮藤に送る。愉しげに兄妹のやり取りを眺めていた宮藤はそれに、?と頭を傾げる。俺はさらに瞬きして参った、を示す。宮藤はそんな俺の様子をしばらく見つめ、あぁ、といった感じにポン、と掌を叩き、

「妹ちゃん」

 なんつー呼び方だ。

「なんなのじゃ、外の人?」

 お互いさまだった。久しぶりに頭痛くなってきた。

「ボクとお兄ちゃんはね、恋人どうしなの」

「なんでやねん」

 まさに条件反射のようにスパーンっ、と手の甲によるツッコミが宮藤の二の腕に炸裂。そのあまりの鋭さに、自分で自分にビックリだった。

 ってなに言ってんだこのバッカ吸血鬼は。

「うーわ、今のすっごいすぴーどだったね。びっくりしたよ、どーしたの今史?」

「じゃねーよこのバッカきゅ……キューケッキ。なんで俺とお前が付き合ってることになってんだよ」

「だって、付き合ってくれるっていったじゃん? 夕暮れ時の、ロマンチックな教室で……」

「お前もうちょっと黙――」

「聞いたぞ今史」「聞きましたよ今史?」

 なんでこの家族はみんなして玄関に集まるのが好きなんだろうな。

「……で、なにを聞いたって?」

 もう開き直った人間は強い。多少のことに動じることはない。なんて言ったって、こっちはもう覚悟を決めたのだ。どうとでも言えばいい!

「……今史、恋人を作るのはいいといった」「でも、まさか外国の方とはね……」

 なんだか、空気がおかしかった。

「……は? な、何言ってんだよ親父、お袋?」

「キューケッキさん、だっけか? お嬢さん、今史のどこがよかったのかな?」

 親父お袋って呼んでも気にしない上になんつー質問してんだよおい!

「お、おやじ――」

「今史は、とーーーーーーーーっっっても、優しいんですっ」

 なななななななんつー幸せそうな顔でトンデモ発言してやがんだこいつ!?

「な、ななな、な……」

「あらー、わかるキューケッキちゃん?」「そうそう、今史は昔から根は優しいんだが照れ屋でな。こういうのを今どきなんていうんだったかな母さん?」「あらあら、どうでしょう? 水戸、覚えてない?」「え、わ、わしは……」

「……ツンデレ」

『え?』

 なんで俺のこと本人が思ってもいないような不名誉な呼称で呼ばれてかつその名称がわからなくて俺本人が答えてその上こんな黙られてトンデモない空気にさらされなくちゃいけないんだ?

 不条理だ。

「今史? ツンデレって、なに?」

「人生を生きる上で決して知る必要のない単語だ特にキューケッキにとっては」

 もはや誤魔化してるんだかなんだかよくわからない展開だった。

 もおおおおいいだろう。

「と、とにかく部屋にあがるから、ちょっと道開けてくれっ」

「キューケッキちゃん、クッキーはお好き? ちょうど今焼けたんだけど、一緒に食べない?」

「あ、ハァイ好きでっす、ぜひぜひっ」

「でっすってなんだよ、でっすって」

「キューケッキちゃん、武道に興味はないかな? 今なら無料特別キャンペーンでただで稽古をつけてあげるよ?」

「うわあ、ありがた迷惑だけどちょっと興味津津?」

「どっちだよ」

「きゅ、キューケッキ殿……一度腹を割ってお話し申し上げたいのですじゃが?」

「うーん…………おっけーっ」

「なんでやねん」

 一歩も前に進めなかった。

 覚悟のひとつも、どうしようもなかった。

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