単刀直入
後ろの引き戸から、笑顔で片手をあげて入ってくる。その気軽な様子に、気負ったところは見受けられない。それはまあその、仕草だけを見れば、の話だが。
最初もそうだ。口調や表情だけ見れば、妙なところなんてなかった。普通の人間ならその内容に冗談を疑うだけだろう。
俺はそれを、頬杖をついた状態で黒板の方を見やったまま、迎えた。
「単刀直入に聞く。お前の話とあの男の話、俺はどちらを信じればいい?」
久しぶりに、俺らしい口上だと思った。無駄がない。聞きたいことを、それだけ訊いている。
宮藤は瞼を閉じて後ろ手に組んで、まるで踊るように舞うように、机の間をすり抜けてくる。
「ボクは、嘘を言ってないよ?」
「あの男は、嘘を言っているのか?」
「言ってないんじゃないかな? あの連中ほど言葉に力を認めている人種はいないから。無意味な嘘はつかないと思うよ」
「じゃあ――」
冷たい、凍えるような白けた空気が流れていた。
「お前が過去、3000もの人間を殺してるっていう話は、本当なのか?」
「ホントだよ」
気軽だった。一秒もあけてはいない。それぐらいあっさりと、その吸血鬼は大罪を認めた。
吸血鬼は、笑っていた。殺人鬼は、嗤っていた。楽しげに。愉しげに。そしてくるくると回るように、こちらに近づいてくる。
まるでダンスパートナーを求める令嬢のように。
「殺したよ? 人間を。三千人? 数えてないなー。でもいっぱい殺したことは確かだね。だから、なに?」
「…………」
「責めるの? ボクを? 吸血鬼だって? 化け物だって? やっぱり人間じゃないって? だって、悪いの? 殺しに来た人間を殺し返すのって、そんなに悪いの? ただボクが、殺されてればよかったの? それとも殺すまではしなくてよかったって? また傷を治して、前よりも酷くやられるかもしれないのに?」
「…………」
「それとも、子供の時に殺したひとたちのことかな? だってずっと生まれた時から人間は狩るものだって教わってきたんだよ? 人間にボクたちみたいな知能はないって。お父さんお母さんに見守られて、そんな練習だってさせられたんだよ。それを信じて、血を吸って、殺して、やっぱりボクが悪いのかな? ね、どうかな今史?」
「…………」
「ねぇ、なにか言ってよ今史? ボク、やっぱり、化け物? 人殺し? こんな奴と、もう口もききたくない?」
ずっと、なにも言わなかった。
殺した、ひとを、という宮藤の言い分を、最後まで聞いていた。途中で口を挟むなんて、野暮というものだろうと思ったから。
「ねぇ、ねぇ今史? ボク、ボク、もう――」
「なるほど」
出た言葉は、納得を意味する単語だった。意図してじゃない。こんな理解を越えた話、理屈でどうこううまく出来るもんじゃない。だから思いつくまま、話していこうと思った。
ただまぁ当然、この返答は宮藤には予想外のようだったが。
バカ口開いて、ポカンとしてた。
「…………へ?」
「お前の言い分は、わかった。なるほど、お前自身が人間に襲われてきたわけだ。そりゃ反撃もしたくなるってのが、人情ってもんだよな。だけどお前はなんで人間に襲われてたんだ?」
「え、と……?」
動揺。それが、見て取れた。登校時とは、逆の立ち位置になっていた。それが彼女の心情を、雄弁に物語っているといってよかった。
再びこちらは、沈黙する。急きたてる必要はない。これは彼女にとって、もっともデリケートな部分の話といっていい筈だ。それをさらけ出させ、さらに詳細を聞いているのだ。しばらく落ち着く時間も必要だろう。
「……むかし吸血鬼は、無作為に人間を狩っては、血を吸って生きていたの」
少しづつ語りだしたそれは、まるで昔話やおとぎ話のようだった。だからこちらもそれ相応の心もちで聞くことに決めた。
「吸血鬼っていうのは、元々人間だったものが変化して生まれた、突然変異なの。それも色んな説があって、病気だったとか、動物との交配の末生まれたとか、もしくは異星人だとかそういうとんでもないものまで様々。だからボクたちの基本的な肉体構造はきみたちとあんまり変わらないけど、でも日々生きるために血が必要で、その代わりのように爆発的な筋力と死に難い身体と永い命を手に入れた」
「まるでどこかで聞いたような口ぶりだな」
「おかーさんにそう聞いたー」
「意味、わかってるのか?」
「いちおうね」
なるほど、普段の印象から受けるほどのバカではないようだった。それを判断するための材料として、まずは実年齢を聞きたいところだったが実際とぼけているのか本当に年齢などに興味がないのか、その判断もまた難しいところだった。
「だからボクたちには、今史とかみたいな善悪の概念がなかった。今史は蚊を殺すのに、罪悪感を感じる?」
「ちょびっとな」
「え? 感じんの?」
ちょっと本気で驚いていた。確かに俺の周りで蚊を殺すのに躊躇している人間はあまり聞いたことがない。まぁ人は人だ。
「……でもまぁ、ボクが聞いた限りではあんまいないんだ、罪悪感を感じるひと」
「それが普通だな。俺のことはあんま気にしなくていいぞ」
「……それじゃあんま意味ない気がするけど。今さらだけど今史って、なんかすごいね?」
「そうか? ……まあ、そうかもな」




